星に願いを。 
          君は何を願うの?        
君は何を思うの…?
 
 
 
空に、大きな白い入道雲が掛っていた。
 
「夏だなァ・・」
 
あかねは、少し落ち込んだ様子で、果てしない青々とした空を見上げていた。
電信柱の電線も、高層ビルの高いコンクリートが邪魔のしない
ただ、透き通った空をあかねは見上げていた。

あかねの気持ちに今、じれったい気持ちが邪魔している。
如何しても自分で解決しないといけない、と確信していた。
 
「なぁにやってんだろ〜も〜・・・」

あかねは、藤姫や女房の人たちに気づかれない様に小さく溜息をついた。

「神子様・・?」
 
間もなくして、しゃんしゃんという音が青々しい空に響いた。
後ろから藤の香を乗せて、藤姫があかねの顔を覗いた。

「藤姫ちゃん!えっ私ッ!?元気だよっ!!」

あかねは、体を起こし、乱れていた桃色の御髪を急いで直した。
藤姫は、目をパチクリ開けて、口元を少し緩めた。

「神子様・・・?私、何も言ってませんわ。」

くすくすと手で口元を押さえ、とても素直でかわいらしい姫だな〜
とあかねはつくずく思った。
そして、呟く様にして、あかねは言った。

「私も・・素直に慣れたらね・・いいのに・・。」

「はい?なんでしょう?」

あかねは自分では少し落ち込んだ笑みで、小さく首を横に振った。

「んん。何でも無いよ・・」

ほんとに・・・素直になりたい・・
ほんとに・・・早くこんな気持ち・・捨てたいよ・・。

まだ、果てしない空は何一つ動作は無かった。

「あら、神子様、友雅殿が・・。」

「え?・・あっうん。わかった」

季節外れの桜の花のような御髪をあかねは風にそよがせ、
紫苑色の水干の袖を翻した。
 
 

●○●○●○●○●○●○●○●○

「ったく・・・」

イノリは口を尖がらせ、片手に桶を持ち、もう一つの手で頭を摩りながら、
水辺の方へと歩いていく。

「師匠も少しは手加減してくれよ・・」

イノリは、ブツブツ文句を言い水を汲み、元来た道へと歩いていった。
ついさっき、イノリは師匠から気持ちが浮ついている
と言われ拳骨を食らったのだった。
原因は、自分でも分かっている。
だから、無性に自分自身に腹が立つ。

 
 

『ばかっ!何でそんなこと言うのよっ・・・!』




『・・・・俺は、今はお前が大事なんだっ!』


 


『・・何時まで・・・私が大事なの・・?今はって何時までの事なの?』



『それは・・』



『きらいっ・・きらいきらい、きらいっ!!イノリ君なんて大っ嫌いっ!!』








「イノリ・・泣いてるの・・・?」


水の張った桶を持ったまま、イノリは家の前で立ちすくんでいた。


「あ?あぁ・・泣いてねえよ・・綺羅」

『心配したじゃないっ!何で私に内緒で、あの人の所に行ったの?』

『オレはっ!あいつが大切なんだっ!
何であかねはそんなに怒るんだっ?!』

『怒ってないよっ、ただ、私はっ私は・・・
イノリくんの誕生日を祝ってあげたかっただけなのにっ
来れないなら・・・来たく無いなら・・・連絡くれれば良いのに・・・』

『じゃぁっ、困っているやつをほっとけって言うのか?!
遅くなってまでも、オレは来たじゃないかっ
お前は鬼の味方もするし・・・信用できなくなるじゃねぇかっ!!』


綺羅・・と言う少女はイノリより二つ年上でセリと仲の良い友達だ。
その綺羅は、イノリの赤々しい髪を撫でた。
白く、細い手は空に舞う、蝶の様だった。


「似てんだ・・・あいつとお前は。」


「あいつって・・・神子様の事?
あんな清らかで神々しい人と私を比べたら罰が下るよっ!」


でもよ・・とイノリは言葉を続かせた。


「あかねもこの世界に来る前は普通の女の子だったのによ、ここに来て、
神子様とか偉い人とか言われたら・・気が気じゃねぇよな。」


ちょこんと、綺羅はイノリの足元に座り、ふうと溜息をした。


「ごめんねぇ・・私があの子の前で
イノリにベタベタしたからあの子
・・傷ついたね・・」


『イノリ、早く行こう?ほらぁっ、もうっ幼い時と変らないんだからぁっ』

『綺羅っ腕にぶら下がるなっ・・・ったく、仕方ねぇな。おい、あかね、すまんっ
ちょっと用事済ませてくるっ先に屋敷にでも帰っとけ。』 

『あっ・・・イノリくん・・・』

この間の事を綺羅は思い出した。
綺羅は顔を伏せてた。
まるで、イノリに自分の顔を見られたくないかのように。


「違う・・・俺は、綺羅の事が好きだ・・それと同じくらいにあかねも好きなんだ・・」

イノリはきゅっと唇と噛んだ。
 
『イノリくん、早く帰ってきてね。明日は、イノリくんの…へへっ秘密v
だから、早く帰ってきてね。』

『おう、出来るだけ早く帰ってくるぜ。じゃぁな。』


『イノリ!ちょっと手伝ってくれる?松尾大社まで、この大荷物を持っていかないと行けないのよ…お願い、イノリだけなのよ、手があいているの。』

『ん〜あかねとの約束もあるけど、許してくれるか、
良いぜッ!綺羅、手伝ってやるよ。』

綺羅は、顔を伏せたまま、呟く様にイノリに言った。
 
「・・じゃぁ、聞くけど・・あんたさ、私の時とあの子の時と
胸の高鳴り・・違うでしょ・・?」

「・・あ・・あぁ、何かちげーけど同じぐらい好きなのは代りねぇ・・」
 

                  馬鹿だねこの子はと言い、綺羅は溜息をついた。
そして、ふいに綺羅は視線を上にやった。
すると、夕焼けを後に真っ直ぐと立っているイノリの姿が見えた。
堂々としていて、この京を護る八葉だと納得できるほどに。
赤い目と、綺羅の目が重なった時、綺羅は金縛りにあったように動かない。
じっと見つめる瞳が何故か綺羅には痛くて堪らなかった。
赤くて綺麗な瞳で・・。


「あんたの心の中に聞いてごらんよ、セリと私と、なんか想い似てるでしょ?
それに比べて、あの子への気持ちは・・・・・」

綺羅は、何故か急にイノリとの視線を外し、下を向いた。
 

「・・・ちがうでしょ・・?」
 
 

「な・・なんで、綺羅は判るんだ?すっげぇなぁ・・」

イノリは目を見開き、自分と目を合わせない綺羅を見つめた。

(その瞳で・・・赤い綺麗な瞳で私を・・・見つめないで・・)

「おーなんか、気持ちが楽に成ったような気がする、
あいつに謝って、誤解を解きに行くか。
・・・あ、綺羅が嫌いになったんじゃねぇぞ。」

わかってるよ、と綺羅は手をパタパタ振りながら言った。

「早くお行き。喧嘩は、早めに仲直りするのがいいよ・・。」

「おうっ!綺羅、世話になったなっ!!」
 
 
 

赤色の髪
赤色の瞳
赤色の情熱
 
 
 

どれも・・私の好きなあんただよ、
と綺羅は背を向けて走って行くイノリの姿を見ながら小さく小さく呟いた。
誰にも聞こえないぐらいの声で。
誰にも届かない心の声で。

 
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 

――――――ドタドタドタ・・・・・
 
外は夕日がもうすぐで完全に沈む所だった。

 

「おいっ!藤姫っあかねに逢わせてくれ!!」

                息を切らしたイノリは藤姫の居る部屋を女房に聞き、
元気の良い足音でずかずかと藤姫の部屋に入って来た。

「まぁ、イノリ殿。神子様は先ほど友雅殿と北山へお出かけに成られましたわ。」

なんでよりによって・・・・友雅かよ・・。
イノリは、はぁっと溜息をして口を開いた。

「藤姫っ!いいか!これからは俺以外の男をあかねに近づけるなよ!」

イノリはそう言うと、あかねの居る北山へと走り去っていった。
藤姫は大きな瞳をよりいっそうに、大きく開いて、コロコロと笑った。

「わたくしは、絶対に神子様には男一人、近づけません事よ。
もちろん、貴方様も例外じゃないですわ。」

そう言うと藤姫は心の中で、まだ出ていない星に願った。
神子様がイノリ殿と上手くいきますように、と。

▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

「ちっくしょう!あかね何処に行きやがった!?」

イノリは足がガクガクに成るまで走り、探しつづけた。

「おや?イノリではないか、ここで何もしているのかな」

今一番に聞くとムカツク声が背後から聞こえてきた。
それと同時に一番聞きたい声が聞こえてきた。

「あ・・い、イノリ君・・・」

でも、その声は何処かイノリを遠ざけてみているような感じだった。
それが今一番・・・・心に重く圧し掛かった。

「あかね、帰るぞ。」

イノリは無理やりあかねの手を引いて連れて行こうとした。

「え・・?あっ・・ちょっ・・!」

――――――パシッ

北山に痛々しい音が聞こえた。
それと同時に、イノリの手が赤く腫れた。
友雅に扇子で叩かれたのだ。

「っ・・!」

「イノリ、女性には優しく接するものだ。
それが出来ない君ならば、あかね殿には近づく意味が無い。
ましても傷つける男だったとは。」

イノリは少し、顔を俯いた。
反論出来ないからだ。
あかねは、イノリを労わる様に見るし、友雅はあかねにべったりしているし、
イノリにはこの二人の行動が全て気に食わなかった。
なんで、あかねは俺を労わる様に見るんだ?
なんで、あかねは友雅と居るんだ?
あかねは、友雅がいいのか?
次々と心が狭くなっていくのがイノリ自身わかっている。
 
「あかねが・・・決めてくれ。」
 
「え・・・?」
 
イノリは今にもあかねを傷つけるような事をいいそうな口を押さえつけた。
 
「あかねが、好きなほうを選んでくれ。俺か、友雅か。
俺はどっちでもかまわねぇ。あかねが幸せならそれで良いんだ。」 

「え・・・ちょッと?イノリくん・・・?何言ってるの・・?」
 
友雅はすっ手をあかねの口元の所に出した。
その手の後ろで、あかねは大きな曇りの無い瞳で
イノリをじっと見つめた。

「オレは綺羅じゃなくてあかね・・・お前を選んだ。あかねはどっちなんだ?
友雅か?オレか?今度はお前が選んでくれ。」

「あのね、イノリく・・」
 
友雅はすっ手をあかねの口元の所に出した。
その手の後ろで、あかねは心配そうに友雅とイノリを見つめた。
「イノリ、面白いこと言うね。
では、あかね殿が私を選んだら、君は私達二人を祝福してくれるね?」

イノリは少し言葉に詰まったがキッと友雅を睨みつけ、大声で言った。

「いいぜっ!あかねが幸せに成るんだったら、祝ってやらぁっ!!!」

「イノリくんっっ!!!!!!!!!」

あかねはイノリより声を張り上げて、イノリの声を押した。
大声を出しすぎたのか、少しはぁはぁっと息が荒くなっている。

「聞いて。私は何で友雅さんとイノリくんを選ばなきゃ成らないの?
私はっ!・・・私は・・・私は・・・貴方とずっと傍に居たい・・よ。でも・・・」

「でも・・・?」

イノリは息を呑んだ。
あかねが何て言うのか、あかねが自分に対してどんな言葉をかけるのか、
胸が高鳴った。

「貴方が何を考えているか、まだ判らない。」

「オレは・・・」

イノリは少し顔を背け、顔を椿色に染めた。
そして、大声で照れくさそうに早口で言った。

「お前を幸せにしたいに決まってるだろっ!
ずっとだっ!!今も明日もっ!!ずっとだっ!!」

「良かったでは有りませんか、あかね殿?」

表し抜けた声が北山を響かせた。
 
「はいっやっと、聞けましたvこれも全て、友雅さんのお陰です。」
あかねは両手を合わせてにっこりと笑った。

「いや、あかね殿とイノリの気持ちが通じ合えたのでは?
おっと、戯れが過ぎた様だ。失礼するよ、あかね殿、イノリ。」

友雅は余裕の笑みを浮かべながら、北山を後にした。
イノリは、相変わらず、ぽか〜んとして、口を開けたままで、
あかねは、顔を赤く染めて、笑っていた。

「あ・・あのね?イノリくんの本音を聞きたくて
・・・その・・・友雅さんに協力してもらったの・・・」

あかねは、おずおずとイノリの袖を掴んだ。
イノリは謀られた・・・と呟いて、あかねを赤い瞳で見つめた。

「ん、オレ・・・あかねを傷つけた事、悔やんでいた。ごめんな。素直じゃなくて。」

あかねは、小さく首を横に振って、瞳に涙を溜めた。

「うんん、イノリくんは悪くないっ。イノリくんの事を聞いていない私が悪いの。
私こそ、素直じゃなくてごめんね・・・、嫌いなんて嘘だからね?」

イノリはあかねの華奢な体を自分に引き寄せた。
ごめん、ごめんとイノリは呟いて、好きだからねとあかねは呟いた。
そして、北山の地面に二人は寝そべった。
・・・というよりも、倒れた様だった。
そして、星空が広がる北山に二つの小さな寝息がたっていた。
 
 
 
二人とも、お互いに悔やんで、
素直になりたいと願って、願って・・・願って・・・。
静かに願って・・・。
星に届いたから、今、また二人でいられる・・・
そんな時間が今ここに流れている。
何時までも、傍に居られますように。
何時までも、好きな人の声が聞こえますように。
何時までも・・・・。
そんな願いを星に願っている二人には、
ここのとこ寝る時間を制限されていたのだ。
 
今はお眠り。
また、二人の時間が流れるから。

イノリはあかねを護る様にして、
あかねは、イノリを愛する様にして、
小さく寝息をたてながら、眠った。
 
 
 
 



二人の時間は流れ――――。




イノリは十九


あかねは二十に成りました。

「じゃぁ、オレ仕事に行ってくるから、留守番頼むな。」

「うん、でも今日は、藤姫の所に行くね。
友雅さん達が来ているみたいだから、顔を見せに行くね。」

「ちょぉっと待ったっ!!!!!オ、オレも行くッ!!!」



二人の家に、二人の愛に、二人の時間――――それだけあれば十分。


二人の幸せはまだ続いている。
二人の願いはまだ・・・続いているのだろうか?


それは・・・


だよ 。
「「秘密   」」
だぜ 。



――――これを読んでくれた、皆様に幸せが訪れます様に、ずっと。



 
 

《END》