「Sexual harassment」


クリスがパーシヴァルを避けだして、ほぼ丸一週間がたっていた。

恋人となってからも、喧嘩らしい喧嘩をしたことがない二人だったのだが。――というか、まずパーシヴァルが彼女を怒らせるようなことはしない。

さらに、もしも彼女のご機嫌を損ねても、器用なパーシヴァルはすぐにそれをとくことができた。

だから今までは、そんなに長くすれ違うことのなかった二人だった。

パーシヴァルは、事務的に騎士たちに指示をする彼女を眺めた。

(七日、か……)

 だが、今回にかぎっては、パーシヴァルの方から折れたくはなかった。

 そもそもことの発端は、ナッシュの存在である。

六騎士仲間なら、まだ許せる。

 クリスを愛するが故に、決して手を出せないのが分かっている。

 しかし、あの男だけは駄目だ。

 そう、パーシヴァルの勘は告げていた。

 危険すぎる。

 それなのに、クリスは一度は旅をした気安さからか、ナッシュの前でひどく無防備で。

 本来ならパーシヴァルと二人だけの時にしか見せない柔らかな微笑みを、あの男の前で見せたりして。

 七日前も、歓談する二人を見つけてしまった。

 何をしていた、というわけではもちろんない。

 けれど。

 無性に腹が立ったのだ。

 馴れ馴れしいあの男にも。そして、それを許す彼女にも。

 彼女のそばのあの位置に立っていいのは自分だけで。彼女の髪に触れるのを許されるのも自分だけで。彼女のあの微笑みを受けるのも自分だけのはずで。

 醜い嫉妬。

 それは、パーシヴァルにもよく分かっている。

 自分ともあろうものが、格好の悪いことだということも。

 それでも、平静ではいられなかったのだ。

 だから、その夜、零してしまった。

 『貴女はナッシュの前で、無防備すぎる』と。

 それに応えて、『妻帯者だぞ?』とさも平然と返されて。

 それが危険なのだと、そこが無防備すぎるのだと、言ってしまって。

 ナッシュのそれが真実とは限らないし、それにもしそうだとして、男は決まった相手以外でも手を出せるのだと。

 そう言ってしまった。

(俺としたことが、言い過ぎた、か……)

 パーシヴァルは、内心ため息をつく。

 その時のクリスの顔は、思い出したくもなかった。









「風呂場にて」

「…………薄いな」

「何が」

 パーシヴァルは、同じ湯に浸かっているボルスを見た。

 といっても、ここは本拠地の風呂場ではない。

しかし、野営中でも、ゴロウはできるだけ完璧に風呂を作ろうとする。

今日は野営地に決めた場所から少し離れたところに、天然の湯がわき出る川をどうやってか見つけて来て、知らない間に石で露天風呂を作ってしまっていた。

しかも、その周りを板で丁寧に囲ってあるだけでなく、地面の上にも板を並べてある。

そこはもう立派な風呂場だった。

そのゴロウだが、自分の自信作に入らぬままに、本拠地から呼ばれてすでに帰ってしまっている。

今回のメンバーはパーシヴァルとボルス、そしてクリスとエステラ、ワタリだった。

ワタリは自ら進んで何かしない男だったが、雇い主のクリスの依頼は真面目に受ける。その彼は、今は野営地で

火の番をしているはずだった。

彼のことだ、全員が戻るまでは持ち場を離れない。

そういうわけで、この露天風呂に浸かっているのは残りのメンバーだけだった。

「だから、何が薄いんだ?」

「……板……」

「……………」

 男風呂と、女風呂を遮る板。それは、パーシヴァルたちが蹴破れそうなほどだった。

「…………お前……まさか、よからぬことを……」

「バ、馬鹿な! そんなわけないだろう!」

「では、何だ」

「これでは、声が丸聞こえだ」

「しかたないだろ。だいたい、外で風呂場を作るのに何故男湯と女湯を作らなければならないかの方が俺には分からないな。交代で入ればいいことだ」

「それは、言えるな」

 うん、とボルスは頷く。だが続けて言った。

「だが、ゴロウ殿は風呂場を作ることに命をかけているからなあ……」

「まあな……」

 会話がとぎれ。

 まあ、気持ちはいいが。

 そう二人がちょうどいい湯加減にそう思った時。

『気持ちよさそうだわ』

 板壁の向こうから声が聞こえてきた。エステラの声だ。

 それに続いて聞こえてきた声に、パーシヴァルとボルスは無言で目を見合わせる。

『そうだな』

 当たり前ながら、クリスだった。

 お互い風呂に入っているのは分かっているので、声が互いに聞こえても構わないといえば構わないのだが。

それでも、なぜか気恥ずかしく。

 どうしてもボルスとパーシヴァルは無言になってしまう。
 だがそうなると、ますます彼女たちの会話は筒抜けで。

 パーシヴァルたちが一言も話していないせいで、もしかすると会話が丸聞こえになるのに気づいていない彼女たちの言葉を、盗み聞きするような格好になってしまうかもしれなかった。

 ボルスとパーシヴァルは再び目を見合わせ。

(「出るか」)

(「そうだな」)

 口元だけで会話して、そっと風呂から出ようとする。

 しかし。

『ちょ、ちょっと!』

 焦ったようなクリスの声に、思わず身体が止まる。

『じっとしていなさいな、クリス』

『エステラ!』

『だから、私が貴女の力をもっと強力にしてあげるから』

『また、私をだまそうとしているのだろう』

『今度は本当よ? ある種の相手なら、すぐ屈服させられるわ』

『そう……なのか……?』

『そうそう。だから、ね。まず、こうして石鹸を泡立てるでしょ?』

『……なぜ石鹸の泡が関係あるのだ……?』

『そして、こう』

『きゃあ!』

 上がった悲鳴に、ボルスとパーシヴァルはバッと湯から上がろうとするが。

『……あッ……』

 続けて上がった、聞いたこともないクリスの甘い悲鳴に、思わず固まる。