「宴の理由」 |
その日、金波宮の一室ではささやかな宴が開かれていた。 陽子が延王尚隆と結ばれたのを知った、祥瓊と鈴が3人だけでお祝いをしようと言い出したのである。 勘の鋭い祥瓊が陽子の気持ちに気づいて以来、鈴と2人で何かと相談に乗ってきたことを考えれば、二人が我がことのように喜んだのは言うまでもない。 そんな2人が、「大げさな…」と渋る陽子を押し切って、3人で盛り上がろうと考えたのは当然と言えば当然であった。それに、いつもは男の子っぽい陽子が、一体どういう風に延とのいきさつを話すのか、からかってみたくもあったのである。 「まずは乾杯よね」 祥瓊は3人の杯を満たしながら言った。 「私は酒はいい。あんまり強くないし」 「あら、何言ってるのよ。お祝いよ、お祝い」 断ろうとする陽子に、鈴が強引に杯を持たせる。 「「乾杯!」」 「・・・・・」 陽子は渋々、祥瓊と鈴はうきうきといった感じで杯を軽く持ち上げる。 「それで」 一気に飲み干した祥瓊が満面の笑みをたたえて聞いた。 「どんな感じで告白したの?」 「それは・・・・えぇと・・・」 いきなりの核心に迫る質問に、陽子は真っ赤になり言葉が出ない。 そんな陽子を見てかわいいと思った鈴だが、いつまでたっても陽子が答えないのに業を煮やして別の質問をした。 「じゃあ、いつから? やっぱりこの前、延王がいらしたとき?」 「いや、その前にいらした時だ」 思わず、といった感じの答えであった。 「何ですって、陽子ったらあんなに相談に乗ってあげたのに、そんなに長い間隠してたなんて。こうなったら今日はとことん話してもらうわよ!!」 「まぁまぁ、祥瓊落ち着いて。長い間っていっても、延王は4日に1度はいらしてるのよ」 「分かってるけど、鈴は聞きたくないの?」 「え? そりゃもちろん聞きたいわ」 「でしょう。さぁ陽子、さっきの質問にまだ答えてもらってないわ。どういう風に告白したの?」 「疲れた・・・」 陽子はため息をつきながら、牀榻(しょうとう)ではなく榻(ながいす)にどっさりと体を横たえた。 あれから延々2時間余り、2人の執拗な質問攻めにあったのである。最後のほうには、完全に酔っ払いと化した2人を、明日も早いからと説得して、宴をお開きにしたのがつい先程。 かなり飲まされたこともあって、体が火照って暑かったのだが、窓を開けに行く気も起きないほど疲れていた。 そのままうとうとしかけていた陽子の頬に、涼しい夜風があたったのは、それからしばらくした後だった。 「気持ちいい」 「そんなところで寝ていると風邪をひくぞ」 「!」 がばっと体を起こし、部屋の中を見まわすと、露台に続く扉を開けて延王尚隆が立っていた。 「延王。こんな時間にどうなさったんですか?」 「いや、急に陽子に会いたくなってな」 延は陽子の驚きを楽しむように、ゆっくりと榻の方へと歩み寄った。 「珍しいな。お前がそんなに酔っているなんて。景麒が飲ませたとも思えんし、おおかた、あの2人にでも無理やり飲まされたんだろう」 そう続ける間にも、陽子のとなりに並んで座り、肩に手を回してしまう辺りは流石というべきであろう。 陽子のほうはといえば、あまりに自然な動きに拒むこともできず――まぁ、拒む気が起きたかどうかは別だが――ただうつむくばかりだった。 「陽子に渡したいものがあるんだが、左手をだしてくれないか?」 「左手ですか?」 「あぁ」 さあ、早くとばかりに差し出された手に、陽子は左手を重ねた。思った以上に温かく大きな手にドキッとしてしまう。 どうするのだろう、いぶかしむ陽子の薬指に、延は懐から取り出した指輪をはめた。 「延王!?」 驚く陽子に延は真面目な表情で言った。 「倭では婚姻の証に指輪を交換するのだろう? 俺たちは正式には結婚できんし、常に一緒にいることもできないが、俺の真剣な気持ちを知っておいて欲しくてな・・・。愛している、陽子」 「延王・・・」 「返事をくれ。陽子」 「私も・・・」 「私も?」 嬉しそうに延が先を促す。 「私も愛しています」 それ以上は言葉にならなかった。翠の瞳には涙があふれてとまらなかった。 結婚指輪に憧れたことがないといったら嘘になる。だが、王になると、こちらの人間になると決心した時に、あきらめたはずのものである。 陽子が嬉しくないわけがなかったし、それ以上に驚いてもいた。 延はそんな陽子をそっと抱き寄せると、指で涙をやさしくぬぐって、目じりにくちづけた。 「え、延王。それにしてもどうして指輪のことをご存知だったんですが?」 慌てた陽子は両手を延の胸につっぱねて、苦し紛れの質問をした。こういうことにまだ慣れていないといったほうがいいかもしれない。 「なに、うちには好奇心旺盛な餓鬼がいるからな」 案の定、余裕でかわした延は再び陽子を引き寄せようとしたが、陽子の問いのが早かった。 「それでは、私もお返しをしなければなりませんね」 「なーに、俺が勝手に贈っただけなんだからな、気にしなくていいぞ」 「でも、延麒からお聞きになったでしょう? 交換するんですよ」 「そう言われてもなあ、指輪ってガラでもないし」 「何か欲しいものはないんですか?」 「ん? 欲しいのは陽子だが・・・待て」 「延王」と陽子は真っ赤な顔をして、延を叩こうとした。 「そうだな、じゃあこういうのはどうだ?」 「何です?」 「俺のことを名前で呼んでくれ。音でも訓でもどちらでもかまわん」 「でも」 「でもも何もあるか。俺たちは恋人同士なのだぞ。号なんぞで呼び合ってたら堅苦しくてかなわん」 それにもう俺はとっくに陽子と呼んでいるしな。うん、それがいい。と一人納得している延には到底かないそうにない。 ついに、陽子は意を決して呼んだ。 「わかりました・・・。尚隆」 したり顔の延が陽子を抱きしめてくちづけたのはいうまでもない。 翌朝、寝坊した陽子を起こしにきた祥瓊と鈴は、着替えを手伝いながら指輪に気がついた。 「あら、陽子が指輪をしてるなんて珍しいわねぇ。昨日はそんなのしてたっけ?」 見覚えある? と鈴に聞くが、鈴も首を振った。 途端に陽子の顔が赤くなる。 「今日も宴を開く必要がありそうね、鈴」 「ええ」 「・・・・・・・」 今日も1日が始まる。 |
<了>