春の日に・・・


「ふふ」
 陽子は自然と笑みを漏らしていた。
(あのふかふか感がたまらないのだな。どうしてだろうか、時々どうしようもなく楽俊が恋しくなる)
『どうしてこんな目にあわなきゃならないの、どうすれば抜け出せるの、どうして!」
 いきなり見知らぬ世界に放り出され、それまで持ったことのないどうしようもない孤独、恐怖の中、何を信じればいいのか、自分自身さえも信じられないでいた。
 そんな時、あのまんまの楽俊が陽子の存在を信じてくれた。
 彼にしてみれば、何の意識もなかったのかもしれない。
 けれど、楽俊の存在が陽子を救ったのは確かである。
(あいつはどうしようもなくお人好しだからな)
 やはり、陽子は笑みを漏らした。
 我が強い人間のほうが生きやすい騙しあいの世の中は、どこの世界も一緒である。
 楽俊のような者にとっては生きにくい世の中のはずである。あの性格である、騙されたり、傷つけられたりしただろう。けれど楽俊の優しさは変わらない。
 荒んだ世の中を恨み、曲がってしまうのではなく、ばかみたいに真っすぐな瞳をもつのは難しい。本当の強さとは、どんな時でも恐れず真っすぐな瞳をもてる事ではないだろうか。
「楽俊に会いに行くかな、あいつの腹枕は気持ちいいからな」
「主上、何か?」
 景麒がなにやら怖い顔で見つめている。
「いや」
 こいつももう少し愛想よくできないのかな。
 陽子はため息をついた。
「主上、一人で街へ降りるのはやめて頂きたいのですが」
「私は、自国の本当の姿を知りたいだけだ。自国の民の生活を知らずしてどうして国王と言えよう」
 景麒は陽子からそっと視線をそらした。そしてためらいがちに口を開いた。
「楽俊殿に会いに行かれるのですか」
(聞こえていたのではないか)
 陽子は、あふれ出る笑みを殺すことをできずに言った。
「景麒、おまえのことも頼りにしてるよ」
「主上、私は何もそのようなことは!」
 景麒もあわてふためく姿を見て陽子は思った。
 私を信ずる人たちがいる。
 まだまだ、みんなの信用に応えているとは思わないが、少しでもましな王になれるよう努力しよう。
 景麒を信じよう。
 自分を信じてみよう。
「景麒、私はその顔の方が好きだぞ」
「主上!」
(ふふ、困ってる困ってる。今、自分のそばにキリンがいるのか。やっぱり、なんだか不思議だな。やっぱり、親友のネズミさんに会いに行こう。そして、腹枕でもしてもろうかな)



                                   

 <了>