『牝常以静勝牡』
〜その4〜

   


陽子が次に目覚めたのは、見慣れた自分の臥室、牀榻の寝台の上だった。
「陽子。」
心配そうな尚隆の顔が直ぐ側に有る。
「尚隆・・・。」

あんなに会いたかった恋人がそこにいる。
思わず手を伸ばすと、直ぐにその手を尚隆の暖かい大きな手がしっかりと包む。

「良かったぜえ。もう少し尚隆達が行くのが遅かったら、やばかったよな。」
六太の声がする。
「主上。」
その声に顔を向けると、
景麒、浩瀚、桓タイ、松伯達陽子の側近がすべてそこにいるようだ。

「皆・・・。」
心配を掛けたな。
そう言いたくて、皆に微笑む。

「とにかく、主上がなんとかご無事で良かったですな。」
松伯のおっとりとした笑顔が染みる。
「しかし、あの発祥は許し難い。主上の温情で先の事件の際、命だけは許されたものを、
逆恨みしおって・・・。」
桓タイが耐え兼ねたように憤る。

「主上、ご気分は?」
景麒が尚隆と結ばれている手に気が付かないふりをして声を掛ける。
「うん・・・。だいぶ良い。頭痛がかなり治まった。」
「あれはかなり酷い薬だぞ。俺でも辛い。」
尚隆が陽子の手を強く握り返しながら言う。

「確かに。瘍者に言わせると、あれは、妖魔狩りに使うモノだそうで・・・。
そんなモノを主上に使うなど!その上、主上をほとんど眠らせなかったなど、言語道断です!」
浩瀚が嘆く。

妖魔狩り・・・私は妖魔並みか・・・。
陽子が密かに苦笑を浮かべたのを尚隆と景麒が見逃さなかった。

青い顔で少しやつれた陽子が広い寝台で頼りなげに見える。
その姿に、尚隆も景麒も思わず胸を突かれる。

「さあ、もう少し陽子を休ませた方がいいんじゃねぇの?」
六太が皆を促す。
「おい、尚隆、お前も・・。」
まだ陽子と手を繋いでいる尚隆に向かって急かす。

その手を名残惜しそうに握り、尚隆はまだ陽子の顔から目を離せない。
「尚隆・・。もう少しここに居てください。」
陽子が離れそうになる尚隆の手を再び掴み懇願する。
「ああ。判った。もう少し居よう。」
即座にそう答えると、安心したように太く笑む。

そして、六太達に
「と言うことだ。邪魔者は早く出て行け。」
と揶揄するように笑って言う。

「へえへえ。お邪魔様。じゃ、行こうぜ。」
六太は松伯達と笑いながら出て行く。

最後になった景麒が振り向きながら、
「主上、何か有りましたらお呼びください。あ、それと・・・これからは、
いついかなる時にも、使令を必ずお付けします。」
そういうと静かに出ていった。

「これからは監視付きか・・・。」
尚隆が軽く顔をしかめて言う。
「済みません。私の不注意であんな事になった為に・・。」
陽子ががっかりしたように謝る。

「まあ、かまわんさ。お前が危ない目に会うよりはマシだ。
俺は見物人などどうでもいい。陽子の事だけで頭が一杯だからな。」
真剣な眼差しだが、微笑みながら陽子を見詰める。
「本当に?でも、私が居なくても、直ぐに他にいい人を見つけるんでしょう?」
陽子は自嘲気味に囁く。
「莫迦。そんな筈あるか。お前が攫われた間、俺も死ぬかと思ったんだぞ。
お前が俺にとってどれだけの存在か思い知らされた。」
「尚隆・・・・。」
愛する男の言葉で、陽子の心は溢れる。

「あの発祥とやらが言ったそうだな、お前が俺との色恋に溺れている・・だと・・・?」
「あ・・はい。誰にでも判るみたいですね。」
思い出して又心が暗くなる。
「それは反対だな。お前ではなく、俺が・・お前に溺れているんだ。」
尚隆のいたずらっぽい言い方に陽子は再び笑みを取り戻す。

「でも・・・確かに私は女王に相応しくないのかも知れません。」
少し悲しそうな顔で陽子が言う。
「何を言っている。相応しくない者を天が選ぶか!お前が登極してから、
慶は安泰ではないか。それこそ、お前が王に相応しいということだ。」
「だからこそ、皆がお前を案じ、お前を助け出そうと協力したのだろう?」

陽子はあの時自分を助けに来てくれた兵士達のすべての目に安堵の気持ちが
有ったことを思い出した。
「お前は・・・。まさしく慶の女王なのだ。」
陽子はその言葉に勇気づけられる。

その陽子の顔を見詰めていた尚隆は
「陽子、お前は、この慶国にとって本当に無くてはならない存在だ。だが・・・。」
一旦言葉を切る。
「俺にとってお前は、この命掛けたよりも、何倍も大切な存在なんだ。」

そういうと、尚隆は陽子の唇に自分の唇をゆっくりと重ねた。
陽子は初めての、恋人の心からの告白に身も心も満たされていた。

この人に、こんなに愛されている・・・。
それが何にも増して陽子の心に響いた。


その頃、
景麒は陽子の無事に安堵しながらも、

これからは決して主上から目を離してはいけない・・。
たとえ、延王や主上のお邪魔になるようでも。
主上は慶に・・・いや、自分にとって如何に大切であるかが判ったのだから・・・。

そう自分に言い聞かせていた。
          
(終)