紅唇 |
「延王・・・。」 華奢な身体付きをした少女が身じろぎすると、さらり、と紅い髪が動きに合わせて後を追う。 彼女の身体をすっぽりと覆う形で抱き込んでいるのは、偉丈夫、と言うに相応しい青年。 少女の呼びかけには答えず、艶やかな緋色の髪の感触を楽しむように、長い指に搦め捕る。 「あの、延王・・・。」 尚も呼び掛ける少女に一つ苦笑をして、くい、と顎を掴みあげた。 困惑したような翠の目が見つめ返してくる。 「少し、黙っていろ。」 そう言って薄紅色の少女の唇に己の唇を重ねる。 優しく触れるだけの口づけ。 何度かそれを繰り返しながら、徐々に貪るようなそれへと移行する。 びくり、と腕の中の少女が身を固くする。 名残惜しそうに唇を離すと、少女の身体から、ふ、と力が抜けるのが分かった。 素直な反応にくつくつと青年が声をたてる。 「接吻は、嫌いか?」 「え?」 驚いたように陽子が顔を上げる。 「そんなことは、」 「隠すな。陽子を見ていれば分かる。お前はいちいち反応が素直だからな。」 「ち、違う、嫌いとか、そんなんじゃなくて、」 慌てたように陽子が訂正する。 「苦手なんです。」 陽子の言葉に延王が片眉を上げた。 「苦手、にもいろいろあるが。」 言葉が足りない、と思ったのか、陽子は焦って尚も続ける。 「苦手、というのも少し違って、・・・いや、どちらかといえば、苦手のような気がするけど。多分、慣れてないからだと思うんです・・・・って、延王、私をからかって遊んでますね・・・・。」 たまらず吹き出した延王を、少し怒ったように睨めつける。 「・・・・すまん。あんまり陽子の反応が新鮮、いや、可愛くてな。」 その言葉に、みるみる陽子の顔が赤くなる。 その様子を面白そうに眺めていた延王が、ふと気付いたように陽子の顔を覗き込む。 「お前、蓬莱で好いた男は居なかったのか?」 「は・・・? ええ、居ませんでした、けど・・・?」 「一人もか?」 「はい。」 何でそんなことを聞くのだろう、と不思議そうに少女が見上げる。 一方、妙に延王は嬉しそうだったりする。 訳が分からない。 まあ、そうだろうなあ、とは思っていたが。 自分が惚れた女の、初めての男、というのは矢張り気分がいい。 「なに、そのうち慣れる。」 俺が一から教えてやるから、とは口に出しては言わない。 「そうかな?」 妙に神妙な顔で陽子が尋ねる。 「本当にそうかなあ・・・。延王と居るだけでこんなにどきどきするのに。・・・・・きっと慣れるなんて出来ない。」 長い睫毛を伏せながらそう告げる。 妙に色気があって一瞬延王は呆けた。 「参ったな・・・・。お前、今のが凄い口説き文句だって分かっているか?」 苦笑する延王を、訝しげに陽子が見返す。 その所作さえもいとおしい。 この、腕の中の少女に出会ったことで、自分の中で何かが変わった。 否、見付けた、と言うべきか。 この少女にこんなにも捕らわれている。 少し前では考えられないことだ。 思わず苦笑する。 だが、こういうのも悪くない。 「 ? どうか、しましたか?」 「いや、何でもない。」 延王が優しく笑う。 早い秋の夜の 夕陰の帳が静かに垂れ込みはじめていた。 |
END