永久の輝き


     
あの頃と変わらない輝きを放ち続ける星たち。

変わってしまったのは、自分。

髪は黒から鮮やかな紅に、目はこげ茶から翡翠へ。

そして、何よりも中身が・・・・・。

昨日と同じ今日、今日と同じ明日。

いつまでも変わることのない退屈な、安穏とした日々が続くと思っていたあの頃。

断ち切ったのは、金色の獣。

一人放り出された異境の地。死客に追われ死にかけたこともあった。

妖魔を斬るたびに、戦うたびに、それに慣れてしまう自分が恐ろしかった。

人が信じられず、自分の命を助けてくれた者にまでも疑惑の目をむける自分が情けなかった。

あれから随分、色々なことを学んだ。

大切な友もできた。自分を支えてくれる者たちとも出会えた。一時期は、恨んでも恨み足らないほど恨んでいたあの金色の獣も、私のかけがえのない半身として、私を支えてくれている。

適当に友達付き合いをして、誰からも嫌われることがないよう適当に話を合わせ、他人の顔色を気にしながら過ごしていた頃とは明らかに違う自分。

あの頃とは違う、今の自分を嫌いではない。

こちらに来たばかりの頃のように「何がなんでも帰るんだ」という気持ちはなくなった。

なぜなら、私の居場所は初めからあちらにはなかったのだから。しかし、心残りはある。深く付き合わなかったクラスメートたちは、私がいなくなってもさして気にはしないだろう。だが、両親にはせめて別れを告げたかった。

私が鞘を殺してしまってから刀の力が暴走し明確な幻を見ることはできなくなったが、時折あちらの世界を断片的に見せることがある。

母校の校舎、授業風景、家の庭、そして両親。

もう、二度と会うことのない人たち。

あのまま、あちらに居たら自分は今のように変わっていただろうか・・・・・いや、たぶん、変われはしなかっただろう。

あの頃は、夢もはっきりとした目標もなかった。ただ、漠然と日々が過ぎていく。

今は、違う。やり遂げたい目標がある。夢がある。

「・・・・陽子?」
かさかさと落葉を踏みしめて近づき声をかけてきた者に陽子は、夜空を見上げたまま返事を返した。
「何をしているの?」
「秋桜(コスモス)を見に来たんだが、星があんまり綺麗だったから・・・・・」
「秋桜?・・・ああ、前に延台輔が蓬莢のお土産にってくれた種ね」
「うん。あまり世話はできなかったけど綺麗に咲いてくれた」
見上げていた夜空から秋桜に目をおとし、咲いている秋桜の一つにそっと触れる。
「これも陽子が、がんばっているおかげね」
「ふふ、そうかな。私なんかよりも鈴たちの方が、がんばっていると思うのだが・・・」
お互いひとしきり穏やかに笑いあうと、陽子が不意に真面目な表情で鈴に問うた。
「鈴。・・・・・・鈴は、あちらに帰りたいと思うことはないか?」
問われた鈴は、びっくりした表情でしばらく陽子を見つめると、やがてゆっくり首を横に振った。
「こちらに来たばかりの頃は思ってたわ。つらいことも、悲しいこともあったけど今は、十分幸せだから・・・。それに、もし帰れたとしても私の居場所は、もうあちらにはないわ」
「・・・・・・そうか・・・」
「陽子は?」
伏せていた目を覗き込むように、少し首を傾げながら鈴は陽子に同じ質問を返した。
「私?・・・・・そうだな、『帰りたくない』と、言うと嘘になるな」
陽子は、今まで触れていた秋桜から手を離し、再び夜空を見上げた。
「私も、即位するまではずっと『何がなんでも帰りたい』と思っていた。王になる自信なんてなかった。でも、楽俊に『どっちを選んでいいかわからないときは、自分がやるべきほうを選んでおく。そういうときはどっちを選んでも後悔する。同じ後悔するなら軽いほうがいい』って言われて決心がついたんだ。それからは、『帰りたい』なんて思っている暇はなかった」
陽子は、鈴を振りかえり微笑する。
「いろいろ捨ててこなければならなかったけど、おかげで私はこちらでかけがえのないものを手にすることができた。 だから、・・・・・う〜ん、『帰りたい』と言うよりはただ『懐かしい』の方が近いかな」
月明かりに照らされ穏やかな光をたたえる翡翠の瞳を見詰め返しながら、王という重い責任を負うためにどれだけ苦悩し、捨てなければならなかったものをどれだけ悲しんだか・・・・。自分は陽子に仕え始めてまだ間もないが、陽子の気持ちは容易に知ることができた。
「陽子、今は幸せ?」
「な、何だいきなり?」
「いいから答えて。今は幸せ?」
「・・・・・・・・・・・・・」
鈴の突然の質問に陽子はとまどい、照れを隠すようにあらぬ方向に目を背ける。
「ねえ。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「もう、答えてくれてもいいのに〜。」
腰に手をあててふくれる。
「・・・・・・・・・・ あーーーーーーーー!陽子!!」
「な、今度は何だ」
「陽子、いつからここにいるの?」
「・・・・え?いつからって・・・・」
とまどう陽子の手をつかまえ、その手の冷たさに眉をしかめる。
「・・・やっぱり。冷えきってるじゃないの!随分前からここにいたんでしょう。いくら神籍に入って死なないからって、風邪をひかないってわけじゃないのよ!」
溜息を吐きながら陽子の手を自分の両の手で包み込んで温める。
「さあ、早く部屋へ帰って。すぐに体が温まるものを用意するから」
ぐいぐいと手を引っ張る鈴に陽子は苦笑しながら、自分のことを心から思ってくれている者たちがいることに幸せを感じながらその場を後にした。

懐かしいものたちと引き換えに自分は、かけがえのないものを手に入れた。

時の流れに取り残されたここ、金波宮で永久といってもいいほどの時をあの者たちとならば、自分は道を違えることなく進んでいけるだろう。

誕生したばかりの星のようにこの国は動き始めたばかりだが、いつかは天上で輝く星たちのように永久の輝きを・・・・・

私が大切に思っている者たちが幸せに笑っていられるように。