琥珀



とくん、とくん。
胸の奥でしだいに高くなっていくこの鼓動。
顔をあわせるたびにいつも同じ表情−かお−をみているみたいで、その澄まし顔を崩してやりたくて、あいつを驚かせることを実行してしまう。
けど澄まし顔さえみるのが嬉しい。
たまに微笑んでくれるときもあって、その瞬間を逃したくないと願っている。
いろんなあいつを見たい。
どんな顔で起きるの?どんなときに落ち込むの?
どうしていつも・・・笑ってくれないの・・・?
お前が笑うその顔をみるのが、とても嬉しいのに。


「あれでも台輔は、丸くなられたんですよ」
慶国首都、尭天。その街の曲がりくねった道の向こうに並び立つ柳の木立。
その中でも河沿いに生えているしだれ柳の根元に、慶国の王である陽子が寝そべっている。
お忍びで金波宮を抜け出してきたわけだが、景麒の使令である班渠は共に連れてきている。
以前に一人きりで街に下りていたことを知っていらい、景麒と浩瀚に必ず誰かは付けるようにと、強く諫められたことがあるからだ。

『御身をどう思われているのですか』
『どうって・・・剣は冗祐が憑いていてくれるから、誰かにからまれても平気だ』
『そういうことではないのです。御身はご自身であられると同時に、慶国の王ということを理解なさっておられますか』
『分かっている』
『・・・分かっているならば、次からは私の使令を必ずお付けください』

「まあ、丸くなったのは私もわかるよ。あいつも私の扱い方をわかってきたようだしね」
にやりと、毒を含んだ笑みを向ける。
「台輔も主上とご一緒になられてから、だいぶたちますからな」
がばっと寝そべっていた身体を起こし、班渠をにらみつける。
「・・・お前、前から思っていたけど性格悪いよな・・・」
にらみつけながらも、その瞳はどこか嬉しげにみえて、そんな主が班渠は好きでもある。
金波宮を抜け出すときに、主をその背なにのせ雲海をかけおりるときに、主の深い紅色の髪がばさっと空に映えるのだ。
蒼穹を見据え、行き先を凛と告げるその深い翠の瞳。
はじめて蓬莱に迎えにでたときは、こんな小娘・・・と思ったがこの主は成長し、荒れ果てたこの国とともに、確固とした意志をもって成長へ導いてきた。
あとどのくらい、この主の王朝がつづくのか使令である班渠には分からないが、今のところ台輔の調子もよさそうだし、当分はこのままの生活でもいいと考えている。

琥珀色の空気が、陽子達を包みはじめる。
けれど、しだれ柳に守られた一人と一匹はそのことさえもきづかず、昼の柔らかい空気を枕に寄り添いあって眠り続けた。

陽子の夢では景麒が微笑んでいる。