Sekai de ichiban・・・・・



Only I am your viewpoint anytime.
I permit all that you do.
It is inevitable.

I be because I am sweet to you most most in the world.




「眠れないのか?」
 焚き火の音だけが聞こえる静かな夜の空気に、そうやはり静かな兄の声が響いた。
 里穂子ははっとして身を起こす。
 それにあわせるように、隣でむくりと橙次が起き上がった。
「・・・ん?」
「・・・・お兄ちゃん・・・・」
 里穂子は驚いたように兄を見ていたが、ふっと表情を緩ませた。
 周りを見てみると、焚き火の向こうに寝ている風助とヒロユキ、そして藍眺も起きた気配はなかった。
 それをたしかめてから、里穂子は橙次に近寄った。
 いつもは女心に鈍くて抜けてるように見えるのに、こんなふうにちゃんと気づいてくれる兄が、里穂子は嬉しかった。
 自分に肩を寄せる、久しぶりに「甘えてくる」妹に、橙次は優しい目を向ける。
「どうした?」
「あのさ」
 そう言って、里穂子は橙次の腕にこつんと頭をよせた。
 橙次は苦笑する。
 久しぶりだな、と思った。
 妹がこんなふうに甘えてくるのは、数年ぶりかもしれなかった。
 優しくしてほしいと、甘えさせて欲しいと、慰めてほしいと、妹の全身が言っている。
 橙次はそっと里穂子の肩に腕をまわした。
 可愛いヤツだと思ってしまうのは、自分が相当兄馬鹿だからかもしれない。
 けれど真実、嬉しくもあり、愛しくもあるのだからしかたがない。
「・・・お兄ちゃん、今日、どう思った?」
「ん?」
 今日? と橙次は首をかしげる。
 里穂子はすっと身体を離すと、橙次の前に顔を寄せた。
「今日さ、初めてメキラとか言う人に会ったじゃない」
「――ああ・・・・。あの女か」
 橙次の脳裏に、帝国軍のメキラの姿が鮮明に蘇る。
 キツイ眼差し。炎のように鮮やかな瞳と髪。美貌。そして、その身のこなし。
「あれは・・・・・かなり、強い」
 すうっと橙次の目が忍空六番隊隊長のころの目に戻っていた。
 酔っていてさえあれだ。
 考えたくもないが、もしかすると今の自分たちでは1対1では敵わないかもしれない。
 それほどの、強さ。
「じゃ、なくて」
 その里穂子の声に、橙次は我に返る。
「え?」
「もちろん、それもあるけど。・・・・ねー、お兄ちゃん。私って美人よね! ナイスボディーだし」
「・・・・・・・・・」
 答えに困ることを聞く。
 そう言うわりに、一度も色仕掛けが成功したことがないのは、橙次はだまっておくことにした。
 自信満々で、呆れるくらい前向きで、明るくて。それが、妹のいい(?)所。
「俺の妹だからな」
 直球な答えは言えず、橙次はそう言う。
 上目で、里穂子は橙次を見た。
「・・・・結構、あのメキラとかいうヒトも美人だったよね」
「んー」
「私とあのヒトと、どっちが綺麗?」
「えーと」
「どっち!?」
「メキラ、かなあ」
 正直な橙次だった。
 しかしそれは里穂子も思っていたらしく、普段のように「ひっどーい」とはわめかない。
 変わらない様子で、続ける。
「じゃあ、どっちが美人?」
「・・・メキラかな」
「どっちがいい女?」
「・・・・・メキラだろうな」
「・・・・・どっちが、可愛い?」
「そりゃ、俺にはお前が」
「――そうじゃ、なくて! その・・・・藍眺さんは・・・・
 小さく言ってから、里穂子は、あはは、と不自然なほど明るく笑って見せた。
「ま、まあ、私も十分、美人で可愛くていい女だとは思うけど!」
「・・・・・馬鹿だな」
 その声は、だが、優しい。
 橙次は、少し目を落とした妹の頭をそっと撫でた。
 里穂子のことならば、誰よりもよく分かっている。
 両親を亡くしてから、自分が、守ってきた。幼いときから、見ていた。たった一人の妹。
 彼女の底抜けの明るさも強さも、溢れる自信も。しかし、そんな見た目とは裏腹な、ときおり現れるもう一人の彼女も。
 弱さも不安も。
 ずっと見守ってきたから。
「里穂子は里穂子だろ?」
 そう言えば、藍眺のヤツ、メキラにちょっかいだされてたな、と思う。
 橙次は、ちらりと焚き火の向こうで眠っている藍眺を見た。横向きで寝ているので、こちらからは背中しか見えない。
 里穂子は、すっと橙次に寄りかかった。
「・・・・うん」
「・・・・・・・・」
 橙次は、小さな子供にするように、その髪を梳いてやる。
「でも、私、戦えないし
 里穂子の脳裏に、鮮やかな技を繰り出すメキラの姿が浮かんだ。
 忍空の隊長だった兄たちと同じくらい、もしかするとそれ以上に、強かった。
 美しくて、強くて、見事で。
 彼女のような女が、きっと兄たちには似合う。
 ――藍眺さんにも。
「・・・私、・・・・足手まとい・・・お荷物になっちゃてるし
「ばっか」
 橙次は、笑った。
「風助に言ったら怒るぞ。『友達だろ』ってな。『友達を重荷だと思うヤツなんていないぞ』ってさ。藍眺だって怒るぜ。きっと、こうだ」
 橙次は、藍眺の声音をまねてみせた。
「『バカヤロー! テメー一人ぐらいが足手まといになるほど、俺の忍空はよわっちくねーんだよ』・・・ってな?」
「あは!」
 兄のものまねに、里穂子は吹き出してしまう。
 くすくすと笑いが止まらない里穂子は、ずるずると橙次の胸を滑り落ちてしまう。
 橙次の膝を枕に、里穂子は橙次の顔を仰いだ。
「重い?」
「なわけないだろ」
 橙次は、昔よくやったように里穂子の頭をくしゃりと撫ぜた。
「妹が重い兄貴なんていねーよ」
「・・・・お兄ちゃん」
「ん?」
「お兄ちゃん」
 嬉しげな、愛情に満ちた声。
「お兄ちゃん」
 大好き。
 さすがにそれを言うには、子供ではなくなりすぎて。里穂子はただ、嬉しそうに笑った。
 それでも。
 その言葉はたしかに橙次には聞こえた。
 橙次が頭を撫でていてやると、それが気持ちいいのか、里穂子の目はゆっくりと閉じられる。
 しばらくして、規則正しい寝息が彼女の唇から漏れ出した。
 橙次の顔が笑みに緩む。
 大切な、大切な。
「――この世で1番大切なブスってか」
 ぼそり、とかけられた声に、橙次は藍眺を見た。
 藍眺は背を向けたままだ。
 もちろん藍眺が起きていたことに気づいていた橙次は、驚く様子もなく笑う。
「ブスって言うなよ」
「テメーが言ったんだろうが。里に残してきた妹のことを、昔」
「そうだったっけ?」
「そーだよ。ったくシスコンやろーめ」
 橙次は肩をすくめる。
「しょーがねーだろ。可愛いモンは可愛いんだからよ。お前も、娘持てば分かるって」
「テメーのは娘じゃねーだろーが」
「俺の場合は特別なの。俺が育てたようなモンなんだからよ。お前もはやく身固めたら? なんなら里穂子でもどーだ。ホントはやりたくないが、どうしてもって頭下げるなら考えてやるぜ?」
「ふっ!」
 振り返って身を起こしかけ、藍眺は橙次がしっと指を立てるのを見て声のトーンをおとした。
「――ふざけてんじゃねえ」
 藍眺は里穂子が眠りから覚めないのに、ほっと息をついて、続けた。
「んなブスこっちから願い下げだぜっ」
「ふーん」
 橙次はにやにやと笑っている。
 藍眺はチッと舌打ちした。
 橙次はわざとらしく、藍眺に言う。
「そうかー。藍眺君はメキラみたいなのがいいのかなあ」
「なんでメキラがここに出てくるんだよっ」
 藍眺は不機嫌さを隠さずに横になると、橙次に背を向けた。
 だいたい、里穂子も里穂子だ、と思う。
 どうして俺がメキラなんて気にすると思うのか。
「だって、いい女なんだしー」
「テメーと一緒にすんな。第一、いい女かどうかなんて見てねえんだよっ」
 藍眺は橙次を振り向かずに言う。
 ふん、と目を閉じた。
「だいたい、そいつの能天気パワーがうるさくて、他の女なんて見てる余裕あっか・・・・!」
 余計なことまで言った、と思った時には遅い。
「・・・・・・・・・・」
「ふーん」
「・・・・・・・・・・・・・」
 見なくても、橙次がにやついているのが、気配でわかる。
 そしてその通りだった。
「そうかあ」
「・・・・・・・・・・・・・・・俺は寝てんだよっ」
「ふーん。じゃあ、今のは寝言かあ。そーかあ」
 ・・・・くっそ。いつか殺す!
 藍眺はそう胸の中で呟いた。
 橙次はしばらく藍眺をいじめていたが、藍眺が「寝ている」のを続けるのに根負けして、ふっと笑って息をついた。
 優しい目は、自分の膝で眠る妹に向けられる。
 世界で一番大切な妹。
 お前にとって世界で一番大切なものが、俺でなくなるのは、そう遠い日じゃないみたいだな。
 そう思うと、少し寂しかった。
 それでも。
 里穂子が幸せなら、自分も幸せだと、橙次は思う。
 世界で1番、俺はお前に甘いからな。
 橙次から漏れたのは、そんな優しい苦笑。
 後は静かな夜が、彼らを包んでいた。
 

END

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