だいじょうぶの笑顔



 『おまえはもっと強くならなきゃな。いつかたくさんつらい思いをした時に、負けないで泣かずにいられるように・・・。』



「・・・・・・お兄ちゃんっ!!」


 突然目が覚めて、里穂子は飛び起きる。

 目の前がくもっている。

 夢の中でも、泣いていた。

 そこには、誰もいなかった。            

     
                 


 部屋を飛び出て、とっさに隣の部屋のドアをバタンと開ける。


「・・・わっ!!」


 急に開いたドアに驚いて、藍眺が言う。


「な・・・、何だおまえか・・・!おどかすんじゃねえよ!!」


 風助は大きなドアの音にびくともせず、それに負けないくらいのいびきをかいている。        

 ・・・・そっか。ひとりじゃなかった。


「・・・ごめん。」


「なんか用かよ。」


 そうだった。何度も何度も墜落してくれるヒンデンブルグ号に嫌気がさして、

 橙次とヒンデンをおいてとりあえずふもとの村に向かったはいいのだが、

 風助のとんでもない方向音痴に付き合わされ、この村にたどり着いたのは4時間ほど前だ。

 もう遅い時間だったから、宿を借りて部屋に入り、それぞれ眠りについたのだった。

       
 どうしてあんな夢を見たんだろう。お兄ちゃんがいる時は、あんな辛い夢見ないのに。

       
「なんだあ?用がねえならさっさと部屋戻って寝ろよ。時間までまだもう少しあるだろ。…ったくおどかしやがって…!」


 眠そうに言ったその言葉を無視して、里穂子は藍眺のベッドに飛び乗り、起き上がった藍眺の前にちょこんと座った。


「な・・・、なんだよ。」


「んふふ〜。・・・・・添い寝してあーげるぅっ!!!」


 と言いながら、藍眺に飛びついた。


「はぁぁ!!?ふざけんな!!放れろこのドブス!!!」


「あはー!藍眺さんったら照れちゃってかぁわいいーvvv」

       
「アホか!いい加減に・・・しろ!!」


 藍眺はくっついてくる里穂子を必死で突き放した。

 抱きつくことをいつものように拒否された里穂子は、そのままベッドに仰向けにぱたんと倒れた。

 
「・・・どうしたんだよ。」


 部屋に入ってきたときから少し様子が変だと感じていた藍眺は、溜息をついてから里穂子に尋ねた。


「なにが?」


 倒れたまんましらばっくれる里穂子の顔を、真上から覗いて見る。


「泣いてたのか?」


 里穂子は藍眺から目をそらしただけで、何も言わない。

 藍眺は里穂子を起こしてやった。

 すると、里穂子がいつもの調子で言った。


「お兄ちゃん、今頃どうしてるかな。」


 ・・・・・やっぱり。

 そう思って、藍眺はぶっきらぼうに答えた。


「さあな。こんな時間だからやっぱ寝てんじゃねえのか?」


「そっか。」と窓の外を見る里穂子をじっと見つめ、藍眺は言った。


「おまえ・・・、橙次がいねえとだめなんだな。」


「・・・・・・!!」


 必死で何か言おうとするが、喉がつかえて言葉にならない。

 ・・・・・図星。

 確かに、お兄ちゃんがいなきゃ寂しくてどうしようもない。

 強くなんてなれない。

 お兄ちゃんがいなきゃ・・・。

 急に、幼なかった頃の記憶がよみがえる。




  
『痛いよぉ・・・、お兄ちゃぁん!』

『転んだくらいで何泣いてんだ。・・・ほら、何処にも傷なんてないだろ?』

『でも痛いの!おひざが、まっかっか・・・。』

『しょうがねえなぁ。おまえはもっと強くならなきゃなぁ、里穂子。』

『どおしてぇ?』

『いつか、たくさん辛い思いをした時に、負けないで泣かずにいられるようにさ。』





 いつのまにか、里穂子の目にまた涙があふれる。

 不器用な強さ。不器用な涙。

 でも、強くて純粋な涙。

    
 藍眺はその涙がもうこぼれないように、里穂子を抱きよせた。

       
「・・・・・・なあ。別に無理しねぇでいいんじゃねえのか?」

              
「・・・・・・・。」


「少なくとも帝国軍をぶっ潰すまでは俺も風助も橙次もいるんだしよ。」


 だいじょうぶ。


「もしそれまでにどうしようもなくなっちまったらよ・・・・、」

        
 俺が守ってやるから。



       

 空がだんだん明るくなってくる。

 たとえその夜の不安が消えていなくとも、朝は来る。

 そしてまた、その不安と向き合うことになる。

 だけど、朝になれば、意外とその不安が消えていることもある。

 もし、その夜の不安がなかなか消えてくれなくてどうしようもなくなった時は、

 そんな朝を待ってみても、罰は当たらない。
       
 そこにその不安を消し去る手助けをしてくれる人がいれば、なおさら。




「さてと。風助起こさなくちゃ。」       


 藍眺の胸に顔をうずめていた里穂子が顔を上げて、笑った。
              
 泣き止むまでもう少しこのままでいてやろうと思っていた藍眺は不意をつかれた。
               
 里穂子の涙は、もうすっかり止まっていた。



   
「もうだいじょうぶ。」

 そう言っているかのような、強い笑顔。

 寂しくなったら、言えばいい。

 今は決して、ひとりじゃない。


「・・・よし、行くか!」




        

 朝が来た。

 もうすっかり明るくなった空を見に、里穂子は勢いよく窓を開けた。 



     

                                                                       
 

END

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