ばれんたいん・きす |
冷たい風が吹く。 2月ももう半ばなのに、寒くて耳が痛い。 「なにやってんだ・・・あいつ・・・!」 腕時計は、もう6時を指している。 こんな日だから、暖かそうに手をつないで歩いている奴等ばかりが俺の目の前を通り過ぎる。 「・・・・・ちっ。」 ばかみてぇ。・・・なんで待ってんだ俺は。 なんて考えてると、あいつが走ってやってきた。 「ご・・・ごめん・・・おくれて・・・!」 かなり走ってきたらしくものすごく苦しそうだが、この寒い中1時間も待たせたのだから、 優しい言葉なんてかけてやらない。 「遅ぇよ、バカ。」 「ごめん・・・!だって今日バレンタインデーだからお客さんいっぱいで・・・、 なかなか終わんなかったんだもん・・・!!」 「なら携帯に連絡ぐらいしろよ!電話とかメールとかあるだろ。」 「・・・・・・あ!ほんとだ・・・。」 ・・・こんなところで兄貴ゆずりのボケかますなよ。 「あのね!・・・それで、今日3時までで終わる予定だったから、帰ってチョコクッキー作って わたそうと思ってたんだけど、お店込んでて帰してもらえなかったから、これ。」 ・・・と、チョコレート菓子を俺に差し出した。 「今そこのコンビニで買ってきたの。今度絶対クッキー作ってわたすから、今はこれで許してもらえない・・・?」 なんだそりゃ・・・。 俺は里穂子に、わかり過ぎるぐらい不満な顔をしてやった。 里穂子は俺の顔をじっと見て、肩を落とした。 「そんなに怒んないでよ藍眺さ〜ん・・・。ほんっとにごめん。なんでもするから許して?ねv」 「・・・・・・じゃあ、キスしろ。」 「・・・・・へ?」 里穂子は声を裏返してそう言った後、固まった。 そして、一気に赤面した。 「な何言うのよ急に!?」 「なんでもするっつったろ。」 「・・・・・目つぶってて!」 しばらく下を向いたままだった里穂子が、小さな声で言った。 言われるままにすると、俺の服をくっと引っ張ったあと、背伸びをする気配がした。 あったかい。 けど、俺の服をつかんだ手は、すっかり固まってしまっている。 いつもは飛びついてくるのに、こういうことになるとひっこんで、驚くほど受身になる。 はっきりいって、チョコレートとかプレゼントなんてのは、職場の同僚からだって、誰からだってもらえる。 そういうものじゃない。・・・そういう感覚じゃなくて、 おまえからしかうけとれないもの。 おれにだけしか、わたせないもの。 里穂子をぐっと抱き寄せて、その頭に手をまわす。 こんな街の真ん中で、こんないっぱいの人の中でも、 意外とそれに溶け込んで、誰ひとり気にかけようとしない。 ゆっくり手を離して目を合わせると、里穂子は赤い顔ではああーっと息をついて、脱力した。 それを見て、思わず笑う。 今日の事はこれで許してやったが、チョコクッキーはもちろんいただく。 こいつの作るクッキーは特別に上手いわけではないが、 こいつからのものは、やっぱり少し違うから。 が、これから一ヶ月後のことを考えると・・・・・・・、 とっさに身震いが起こったのは、この寒さのせいだろうか・・・・・・・・・? **END** |