開かれた扉 \



 熱気が、顔を打ったようにエルリアは感じた。
 辺りは静まり返り、全ての目が彼女に向かっていた。
 怯えそうになる心を、鋭く叱咤する。
 エルリアはキッと周りの兵たちを見渡した。
 仲間の前での、ティリエルの姿を思い起こす。
 胸を張り。顔を上げ。
 瞳に意志をこめ。ゆっくりと、しかし強さを失わずに話す。
「それでも、解放軍の一員か!」
 真紅の髪が、風に揺れている。瞳も炎の赤。
 ランスロットとウォーレンもまた、言葉を無くしていた。
 ティリエルではない。彼女ほどの目もくらむばかりのカリスマはない。しかし、ティリエルに会ったことがない人間たちにとっては、充分すぎる存在感が彼女にはあった。
 エルリア。
 野の花のように、奥ゆかしいけれど可憐な娘。ランスロットの知る娘はそうであったはずだった。
 しかし今、興奮していたはずの集団を圧倒する娘は、炎の烈しさと強さを発していた。
 集団の中から、声が漏れる。
「・・・・・星の勇者・・・・?」
「だが・・・・死んだはずでは・・・・」
 疑惑、ためらい。
 それらが大きくなる前に、エルリアは声を上げた。
「星に選ばれた勇者、ティリエル・ロアークは死んだ!」
 やはり、と再び集団の心に絶望が拡がるより早く、エルリアは再び口を開いた。
「星の運命は受け継がれた!」
 神様。
 心で叫びながら、エルリアは腕を上げた。
「我は、ティリエルの姉、エルリア・ロアーク」
 神様、神様。
「血によって移った、新たな星の勇者だ!」
 神様。
 ――お許し下さい・・・・・・ッ
 一瞬の静寂。
 そして。
 歓喜の声が上がった。熱狂が、熱い風となってエルリアの髪を揺らす。
 ・・・・もう、後戻りはできない。
「リーダー!」
「星の勇者ッ」
「神に選ばれし勇者よ、我らに勝利を!!」
 歓喜の叫びの外で、ランスロットはウォーレンを見た。
「ウォーレン殿」
 小さなその声は、周りには聞こえない。
 ランスロットはウォーレンに耳打ちする。
「・・・・・彼女は星の勇者なのですか」
「・・・・・嫌」
 ウォーレンは、ふう、と重いため息をついた。
「天にも地にも、運命の勇者はただ一人。ティリエル殿だけ・・・・。しかし、我らにとって救いの勇者には違いない」
 エルリアがいなければ、戦いの前に滅びは決まっていた。
「それが、たとえ。神が定めた勇者ではなくとも・・・・・」
「我々は・・・・・・・・」
 解放軍として、歩くことができるだろう。エルリアのおかげで。
 しかし。
 ランスロットは、唇を噛んだ。
 ウォーレンは「星の告げた勇者なしに、真の勝利は得られない」と予言していた。
「我々は、真の勝利を得られるのでしょうか」
「無理ですな」
 ウォーレンは、はっきりと言う。しかし、彼は表情を緩めた。
「しかし、我々は何が真の勝利かも、知らぬ・・・・・。行くしかないのでしょう」
「そうですね」
 ランスロットは、凛と立つエルリアを見た。
「戦う道は開けた。我々の目指すものは、変わらないのだから」
 我らに勝利を。この地に平和を・・・・。
 興奮が収まってきた集団の中で、一人の兵がエルリアに声を上げた。
「リーダー! これからどうするのですか!?」
「今すぐ出撃を!!」
「リーダー!」
 ――いかん!
 ランスロットとウォーレンは顔色を失くした。
 エルリアは堂々とよくやってくれた。しかし、彼女は戦いに関しては完全に素人だった。
 作戦の内容も全く知らない。
 この場で戸惑えば兵を不安がらせるだろうし、間違ったことを言えばもっと困った事態になる。
 しかし、エルリアは動じなかった。
 ――少なくとも、ランスロットの目には彼女は平然としているように見えた。
「静まれ」
 エルリアの声が、響く。
 怒鳴るわけではないのに、彼女の声はよく通った。
「ランスロット!」
 エルリアは、集団の外にいたランスロットに目をやった。
 ランスロットは一歩前に出る。
「はい」
「――皆に説明を」
「・・・・! はい」
 ランスロットは、さっと人をかきわけ、エルリアの横に並んだ。そして、作戦を仲間たちに説明しだす。
 そのランスロットの横で、エルリアはゆったりと自らの腕を組んで聞いていた。
 ・・・・・・聡明な方だ。
 そう、ウォーレンは思った。
 誰も、新しいリーダーの能力を不審に思った者はいなかった。
 ――屋敷の中の扉の前で、呆然と立ち尽くしているラレス以外には。





 戦いは明朝。
 そう決まり、解放軍の仲間はそれぞれ散っていった。
 ランスロットはエルリアを部屋に送り、扉を閉めてから彼女に向かい合った。
「ありがとう、エルリア」
 ティリエルを彷彿とさせる彼女の堂々とした態度、リーダーとしての言動の見事さに、彼も感動していた。
 それほどに、エルリアの振る舞いは完璧だった。
「我々が起てるのは、君のおかげだ」
 その言葉に、エルリアはゆっくりと頭を振った。
「これからもよろしくお願いしますね」
 そう微笑む。
 本当は、まだ胸の奥は震えていた。緊張と、恐怖で。
 強くなるのよ。
 そう、エルリアは自分に言い聞かせる。
 強く、強くなるの。
「・・・・・・・・・・・」
 エルリアは、暗い窓に目をやった。
 そうでなければ、ティリエルの夢を叶えられない。そうでなければ、自分の罪を償えない。
 心も、身体も、強く・・・・・・。
 窓に映る娘の顔に、ランスロットは胸をつかれた。
 それはまぎれもなく、ランスロットが知る「エルリア」で。
 彼女の演技が完璧すぎて、ランスロットさえ錯覚してしまったのだ。エルリアがティリエルのようだと。
 目の前の娘は、変わらず、夜の風の音にさえ震えるようなか細い娘だった。
 わたしは・・・・・何を見ていたんだ・・・・・・!
 これから先、この娘にとってあまりに過酷になるだろうことに、ランスロットの胸は痛んだ。
 
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