| 西遊記 |
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| 悟空は風を頬に受けていた。 この空のように、どこまでも続く自由。自由、だ。 心の底から湧きあがった歓喜は、しかし、今はない。 「・・・・・・・・・・」 三蔵の後姿が脳裏から離れなかった。 胸の辺りがもやもやとして、すっきりしない。それがどうしてかも分からず、悟空は無意識に如意棒をクルリと弄んでいた。 ――苛々する。 「――チッ」 舌打ちし、悟空は乗っていた雲を方向転換させた。 三蔵と別れてずいぶんと遠くまで来ていたが、悟空にかかればあっと言う間の距離でしかない。 せまってきた夜闇に、悟空の身体が微かな炎気に光っている。 悟空は少しして、三蔵を見つけた。 (――あいつ、まだあんなトコをウロウロしてやがるのか) 悟空にしてみれば、自分と別れた所から目と鼻の先だ。 人間というのは、こんなにも歩みに時間がかかるのか、と悟空は思い知らされる。 悟空は少し離れた所で、すたりと地面に立った。 顔を合わせるつもりはなかった。 ただ、ほんの少し気になったから、様子を見に来ただけ。 それだけだ、と自分に言い訳する。 火をおこした側で、膝を抱えていた三蔵の姿が蘇る。 (心細そうにしやがって) 彼に見せるためにそうしていたわけではないのを知りながら、なぜか悟空は苛々とする。 悟空は三蔵がいた場所へと、そっと近寄って行った。木陰を縫って、闇に焚き火の炎が見えてくる。 もちろんそんな炎がなくとも、悟空の目は闇を通り越して周りの姿が鮮明に見えていた。 悟空の、足が止まる。 不快な感覚が、悟空の首筋辺りにする。 (――邪、か) 悟空には欠片の恐怖もない。けれど、鬱陶しい不快さはあった。 その邪が、三蔵を包んでいた。 彼女は身を硬くしてガタガタと震えている。 (何、やってんだアイツはッ) 悟空は憮然としたまま、茂みをかき分けて三蔵の方に姿を現した。 「・・・・おい」 「!」 びくり、と三蔵は顔を上げる。 悟空は目を見開いた。 今にも泣きそうな顔。誰かに助けを請う目。 (――やら、れたッ!!) 何が「やられた」なのかは分からない。 だが、悟空はそう反射的に思った。 三蔵は、ハッと我に返った。はじめて、そこに悟空がいることを理解する。 「ごく、う」 「チッ」 悟空は不機嫌なまま、彼女にずんずん近寄った。 彼の纏う炎気を嫌ってか、邪はさっと散った。 三蔵は半ば呆然と悟空を見上げる。 「・・・・悟空、どうして・・・ここに?」 「――うるせえ」 悟空はついと視線を外す。 彼のなぜか酷く不機嫌な様子に、三蔵は自身が悪いわけでもないのに目を伏せた。 「ご、ごめん・・・・っ」 「謝るな」 「ごめ、あ、ごめん・・・・あ、えっと――」 「・・・・・・・・」 悟空はふーっと深い息をつくと、三蔵の隣にどかりと座った。 「あ・・・悟空?」 「――しょーがねえ」 「え?」 事を決めれば、悟空は悩むほうではない。 普段の彼にすっかり戻って、ニカッと三蔵に笑った。 「――途中まで、一緒に行ってやるよ」 「え! ええ!?」 「最後まで行くって約束は出来ねーけどな。とりあえず、しばらくは一緒に行ってやる」 それでいいならな、と言い置く太陽のような少年に、三蔵はパッと顔を輝かせた。 「もちろん! もちろん、嬉しい! ありがとう!」 「やっぱ、赤ん坊みたいにヨワッチイの放っとくのは、後味わりいからなあ」 うんうん、と悟空は頷く。 その自分の言葉に、自分の納得のいく答えを見つけたようだった。 (赤ん坊・・・・か) 悟空の目から見て、そんなにも弱いのかと三蔵は思った。 自分はこんなことで、天竺まで行くことができるのか、と思う。 そして三蔵は、悟空との会話を思い出した。 『悟空にしてもらって・・・・。だから。ごめん・・・』 『あん? 何言ってんだ、お前。お前は弱っちいんだから、それが当然だろ』 『で・・・でも・・・・・』 『じゃあ、強くなるこった』 (・・・・・・・・・) 「ねえ、悟空」 「あん?」 「私、強くなりたい」 「お前が、かあ?」 「うん。自分で、自分の身が守れるように」 三蔵の目は真剣だった。 悟空は、ふむ、と思う。 三蔵がせめて人並みに戦えれば、自分はさっさと離れることができるはずだ。 「んー。よし。俺が道中稽古つけてやる」 「ありがとう、悟空!」 三蔵は、悟空ににこっと笑う。 天竺は遠く果てしなく、三蔵と悟空の旅は始まったばかりだった。 |