foreboding










 寄せては引く、静かな波のように。
 時おり現れる、記憶の中の少女。
 それはいつも、あの時の雨の中の泣き顔で。

 笑顔が見てみたいと、思ったこともあったけれど―――。

「――沢」
「・・・・・・・・・」
「伊沢!」
 高村の声に、はっと伊沢は我に返った。
「――なんだ?」
「珍しいな、お前がボーっとしてるなんてよ」
 本当は話し掛けて応えないまで、この表情を読ませない親友が心ここにあらずなのに気が付きはしなかったのだが。
 伊沢のほうも、不覚とでも思ったのか少し視線を外した。
「で? 何だ?」
「いや。今日、また新しいヤツが入ってくるって話だ」
「そうか」
 鬼面党もずいぶんと大きなチームになっていた。
 あの少女と出会った時は、まだ結成して間もなく兵隊も少なく、縄張り争いの抗争も絶え間なかった。
 もう、あれから1年たつのか。
 そう、伊沢は思うとは無しに思った。
 記憶の向こうの少女の姿が、また静かに蘇る。
 傘をさして、泣いていた。雨に立っていた、少女。
 それは伊沢にとって、決して鮮烈な記憶ではなかった。それを思い出すとき、本当に小さな、あるかないか分からないほどの、心の揺れはあったけれど。
 それは、ないも同然のかすかなモノでしかない。
 忘れられないわけでも、頭から離れないわけでもなかった。
 普段は、全く、思い出しもしない少女。
 けれど、時折、わけもなく伊沢の脳裏に蘇る。
 まるで寄せては引く、静かな波のように、彼女のあの時の姿が浮かんで、消える。
「人数入るのはいいんだけどよ」
 高村は、大きく息をついた。
「雑魚ばっか増えてもなあ・・・・・」
「・・・・そうだな」
「今度のヤツは、ちっとは使えるといいんだが」
「そうだな」
 話す伊沢の胸から、蘇ったのと同じように静かに、少女の姿は消えていく。
 思い出す回数は、初めから多くはなかったが、それでも以前よりさらに減っていた。
 伊沢の中に残る彼女の姿は、そのままゆっくり溶けて消えてしまう、そんな種類のものだった。
 何もなければ、このまま、静かに記憶の底に沈んでいく。
 そのはずだった。
 ガチャ、とビーターバンの扉が音をたててひらく。
 鬼面党のメンバーに連れられて、一人の少年が入ってくる。
「なんか、ヤワそーなヤツだな」
 高村の小さい呟きが耳に入って、伊沢はその少年に目を向けた。
「!?」
 伊沢は、思わず立ち上がりかける。その伊沢を、高村が怪訝に振り返った。
「伊沢?」
「・・・・・・・いや」
 何でもない。
 そう続けて、伊沢は椅子に腰をかけなおす。高村の向こうに立つ、端正な面差しの少年を伊沢はまともに直視できなかった。
「矢野アキラといいます。よろしくお願いします」
 緊張に上ずった声が、伊沢の耳に届く。
 蘇る。
 雨の中の少女。泣いていた、その顔。その声。その、仕草。
 穏やかだったはずの、消えていくはずの記憶の断片が、鮮烈に。
「・・・・・・・・・・・・」
「まあ、目は悪かないな」
 決意に満ちた瞳を、高村はそう評した。
 ――晶・・・・・!
 なぜ、来た。
 そう、伊沢は叫びたかった。
 ここはお前が来るような所ではないはずだ、と。
 重なる面影。鮮烈に蘇る記憶の断片。
 それはもう、静かな波のように穏やかなものではなく。
 伊沢は、アキラから目をそらした。
 伊沢の中で、何かが、変わろうとしていた。
 何かが、始まっていた。
 

END