in rain 後編




 歓声とは別のざわめきに、アキラははっとそちらの方を見た。
 誰かが、フクロにされていた。
「・・・・どうしたんだ?」
 近寄ると、1番近くにいた仲間に声をかける。
 男は、あーあ、と息をつきながらそれに答えた。
「ったく、あいつ今まで何見てきたんだか」
「え?」
「女だよ」
 アキラの心臓が跳ね上がった。
 顔色を失ったアキラに気づかず、男は続ける。
「いいとこ見せようと思ったんだか、あいつ、ここに自分の女よんでたんだ」
「・・・そ、れで」
「女のほうは、帰したみたいだが・・・・。ほんと、入ったばかりの新参じゃあるまいし、ここで女連れてきたらどーなるか分かってるクセにな」
「・・・・・・・・」
 アキラも、もう嫌というほど知っていた。
 厳しすぎるほどの、党の掟。絶対的な女人禁制。
 制裁を目にするのは初めてではないのに、それでもやはり胸の奥にゾッとする何かを感じずにはいられなかった。
 もしも、自分が女だとバレたら。
 アキラは、キュっと唇を噛んだ。
 ――震えるな。
「・・・・・・・・・」
 怯えないと、強くなると、決めたのではなかったのか。
 怯えるな!
 そう、自分を叱咤する。
 それでも、制裁を受けてボロボロになっている男から目を離すことはできなかった。
 ふい、と闇色の大きな背中に視線を遮られる。
 伊沢の背中に、アキラは目を上げる。
 ――幹部の、特攻服。
 高村さんのそばにいる、人間が着るモノ。
 この目の前の人のように、彼のそばに、彼を守る位置に行くために。
 アキラは、目を伏せると、ギュッと拳を握り締めた。
 ――強くなれ。
 こんなことで、怯えないほど。決して、後ろを振り向かないほど。何も迷わないほど。
 強く、強く、もっと。
 強く。
 アキラはそう、何度も自分の心に繰り返していた。






「・・・・・・ん?」
 高村が、少し先で起こった騒ぎに気づく。
 伊沢も、鋭く目を細めた。
「・・・・・・・・・・」
「何があったんだ?」
 高村のその問いに、そばに来たケンタが答えた。
「あれっスか。なんか、女呼び出してたヤツがいたみたいで」
「あっそ」
 さして興味があるふうもなく、高村は肩をすくめる。
 伊沢はすっと動いた。
「!」
 その騒ぎのそばに立つ、アキラをみとめる。
 アキラの青い顔は、月明かりのせいだけではない。
 小さく震える彼女に、伊沢は気づいた。
 怯えて・・・・
 伊沢は、ギュッと拳を握り締めた。
 ――怯えて、いないわけがない。
 女人禁制の鬼面党に、性を隠して入ってきて。今までごく普通の少女だった彼女の周りには一人もいなかっただろう人種の、男にばかり囲まれて。
 誰一人味方も持たずに、党にいる四六時中気を張り詰めて。
 ――晶。
「・・・・・やめろ」
 それでどうなるわけでもないのを、十分分かりながら、伊沢はアキラの視線を遮る位置に立った。
 殴られ、ボロボロになった男を見下ろす。
「もういい」
「・・・・ウス」
 男に制裁を加えていた者たちは、副党首の言葉に渋々拳を収めた。
 ぽつり、と雨が降り出した。
 誰もが、無意識に空を仰ぐ。
「・・・・・高村」
 伊沢は、高村を振り返った。
「今日はもうここで解散したほうがいい」
「んだな」
 つまらなそうに、高村は自分の腕を組んだ。
「んじゃ、まー、祝勝会は後日っつーことで」
 そう高村が言っている間にも、雨はその勢いを増していく。
 高村は、軽く腕を突き上げた。
「―――散開!!」
 派手なクラクションやエンジンを吹かす音が、それに応える。
 それぞれが各々のバイクに、怪我をした者は仲間に縋って、散っていく。
 高村は、バイクを伊沢につけた。
「で、お前はどうする?」
「俺はそのまま帰る」
「そか」
 これから飲みにいくのだろう高村は、笑った。
「んじゃ、またな」
「ああ」
 排気音を轟かせて、高村はバイクを走らせて行った。
 伊沢は息をついた。
 雨足はかなり激しくなっている。
 伊沢は雨の中を立ちつくしているアキラを見た。
「・・・・・・・・・」
 まだ周りに党のメンバーが残っている。ここで、伊沢がアキラに声をかけるのは不自然だった。
 それにいつまでもここに残っているわけにはいかない。
 それは、周りを不審がらせるだけだった。
 伊沢は、しかたなく、自分のGTRへと向かう。
「―――っ」
 濡れそぼるアキラを通り過ぎた時、立ち止まらずにいることを意志の力で抑えなければならなかった。
 彼女を振り返らずに、足を進める。
 伊沢はGTRに乗り込み、ハンドルに手をかけた。フロントガラスの向こうに、まだアキラは立ち尽くしている。
 ハンドルに載せた拳が、かすかに震えていた。
 今。
 このままアキラに駆け寄って、抱きしめてしまえたら、どれほどいいだろう。
 雨からも、恐れからも、痛みからも、この腕で彼女を守れたならば。
 抱きしめて、大丈夫だと、お前に言えたなら。
 雨は降りつづける。
 アキラにとってまだ高村の位置が遠いように、伊沢にとってもアキラの立つ位置はあまりにも遠かった。
 どれほど心では守りたくとも。
 伊沢の脳裏で、雨の中泣いていた晶の姿がアキラとだぶる。
 今も、お前は泣いているのだろうか。
「・・・・・・・・・・・」
 アキラ・・・・。
 ただ、雨は降り続いていた。
 伊沢はGTRを、発進させた。
 雨に濡れる、アキラを残したまま。

 

END