| Answer is approaching Y |

| 鬼面潰しのチームが壊滅し、重傷だったアキラも退院した。 鬼面のメンバーたちに、日常が戻っていた。 祥と高村が溜まり場で悶着を起こしたり、それをアキラや遊佐や伊沢が見ていたり。 全ては、以前通りに見えた。 ただ、一つを除いて。 「アキラ」 伊沢の声に、アキラは足を止めずにふいと彼の前を横切る。 「――遊佐」 「あん?」 遊佐が、ちらりと伊沢を見てからアキラを見る。 伊沢の声は低く、大きいとは言えない。けれど、あの距離でアキラが名を呼ばれたのに気づかないわけがない。しかしアキラは、完全に聞こえなかったふりをしているようだった。 「どうした?」 遊佐の問いは深いものだったが、アキラは表面的なものにしか受け取らなかった。 「もう帰るだろ?」 「ん。そのつもりだが?」 「途中まで後ろに乗せていってくれないか」 アキラは目を負傷してから、バイクに乗っていない。 帰る時間が一緒の仲間がいれば、道が別れる途中まで乗せてもらっていた。 今までだと、それは――彼の場合はアキラの家の前までだったが――伊沢の役だったのだが。 アキラは退院してから、伊沢の車で帰ろうとしたことはなかった。 「伊沢に送ってもらったら?」 「・・・・・・じゃあ、いい」 アキラはクルリと踵を返し、他の帰ろうとしているメンバーの方に行こうとする。 アキラを乗せるのを、嫌がるメンバーはいなかった。 そのアキラの袖を、遊佐がくいと掴む。 「嘘嘘。ついでだから乗ってけよ」 言いながら、遊佐は出口に向かう。 その後をアキラが続いた。 二人が出て行ってから、高村が伊沢を見る。 「何? 喧嘩でもしたのかよ」 「いや・・・・・」 伊沢の答えは短く、それ以上続けようとしなかったので、高村は肩をすくめるしかなかった。 「で?」 アキラの家の近くまで来て、空き地のそばに遊佐はバイクを止めた。 人の気配もなく、静かだった。 バイクから降りたアキラを見ながら、遊佐はタバコに火をつけた。 「で?」 もう一度、遊佐が繰り返す。 意味がわからず、アキラは首をかしげた。 「なに?」 「・・・・・・・・・」 遊佐はタバコの煙を一度吐いてから、アキラを見た。 「どうして避けてる?」 「・・・・・何のことか分からない」 「・・・・傷ついてるぜ?」 「伊沢は、そんなことで――」 「誰もダンナだなんて言ってないぜ」 アキラは言葉に詰まる。 しっかり自分でバラしてしまって、唇を噛んだ。 「・・・・・・伊沢が悪いわけじゃないんだ・・・・」 「・・・・・・・・・・」 遊佐は聞いているのかいないのか、昇っていく煙を見上げている。 「俺が、ダメなんだ。伊沢がそばにいると――ダメなんだ」 ふーん、と遊佐は気のない相槌を打ってくる。 それが、反対にアキラの口を自然に開かせた。 「俺、ずっと、強くなりたいと思ってた。昔より、強くなったって思ってた。でも、違った」 アキラは、目を伏せると自分の腕をきゅっと掴んだ。 「伊沢がいると、俺は、弱くなる。伊沢がそばにいたら、俺は――どんどん弱くなりそうで」 怖い。 アキラは、そう小さく呟く。 そして顔を上げ、遊佐がいつのまにか真っ直ぐに自分を見ていることに気づいてひるんだ。 「な・・・何?」 「・・・・いや」 遊佐がアキラから視線を外す。 吹かしていたタバコをもみ消してから、遊佐はアキラに近づいた。 「それじゃあ、ダメなのか?」 「え?」 「頼ることは悪いことじゃないだろ?」 「俺はッ」 アキラは叫んでから、それに気づいて声をおとした。 「俺は――強くなりたいんだ。誰かに、頼ったり、守られたりしたくない」 「そう思っているなら、誰がそばにいようと関係ないはずだろ?」 言いながら、遊佐にはもう分かっていた。 伊沢に庇護されるのが怖いというのは、彼女の奥底に伊沢に頼りたい願望があるからだ。 その感情に引きづられたくなくて、その感情が大きくなるのを無意識に怖がっている。 「伊沢だけはダメなんだ」 アキラはそう首を振った。 他の誰もそうは思わないのに、伊沢だけは嫌だった。 鬼面潰しで襲われた時に思い知ったのだ。以前は伊沢がいなくても平気だったはずなのに、今は伊沢がいなければ怖くなる。不安になる。 これ以上彼のそばにいれば、もっと弱くなってしまいそうだった。 アキラは、少し笑った。 「ごめん、遊佐。変なこと言って」 そして、遊佐を見る。 「じゃあ、送ってくれてありがとな」 またな。 そう笑ってから、アキラは家の方へ走って行った。 遊佐はバイクに軽くもたれた。 ・・・アキラ。 お前は、分かっているのか? 「伊沢だけはダメ・・・・か」 それは、伊沢が好きだと言っているのと、同じことなんだぜ? 遊佐はアキラの背を見送りながら、そう小さく呟いた。 |
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