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| 「・・・・・・見ててイライラするんだよな」 ぼそり、と遊佐が言った。 静かに、タバコの煙が空に昇っていく。 深夜に近いが、ネオンの光が白い煙を浮かび上がらせていた。 「なあ?」 「・・・・・・・・」 バイクにもたれた遊佐の前を通りすぎようとしていた、伊沢の足が止まる。 風が、二人の間を通っていく。 冬の夜の風は、身を切るほど冷たかった。 「どういう意味だ?」 「まんまその意味だけど?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 小さく息をつくと、伊沢は遊佐に向き直った。 「俺を焚きつけるのは、やめろと言わなかったか」 「避けられてるんだろ」 「・・・・・・・・・・・・・」 「ピンチの時はチャンスの時ってね」 「そういう言い方はやめろ」 「ふ・・・・ん」 遊佐はタバコをもみ消した。 不器用な男。 遊佐は目の前の男を、正面から見た。 見返してくる瞳。 その気性と同じく、どこまでも真っ直ぐな。 もう少しズルく・・・・いや、賢く立ち回れないものか。 時々、苛つく。 もちろん、それが伊沢なのだと分かっているのだが。そして、この男のこいう所を、高村が愛したのだということも。 アキラが・・・・・おそらく知らず求めているのだろうことも。 「きっと変わる、今なら。お前が、あいつを抱きしめて・・・」 愛していると言えば。 きっと何かが変わるだろう。 遊佐が真面目に言っているのを感じて、伊沢もきつい眼差しを緩めた。 しかし、伊沢の答えは、遊佐をさらに苛立たせるものだった。 「俺は、アキラを惑わせるつもりはない」 「・・・・テメエ」 遊佐の目が険しくなった。 「違うだろ!? あいつに、幸せをやりたいと思わないのか」 今なら、きっとできる。 そう、遊佐は感じている。 伊沢が特別だと思い出したアキラなら。今なら、伊沢が手を伸ばせば、彼女を解き放てる。 しかし、伊沢は淡々と言った。 「・・・・アキラは、自分が不幸だとは思っていないだろう」 「何言って・・・・ッ」 今のアキラが幸せではないと、この男こそが感じているのではないのか。 遊佐は苛立った。 「どう見たって、今が幸せなわけないだろッ」 「――お前は?」 静かな声が、遊佐の激情を遮った。 伊沢の目が、真っ直ぐに遊佐を見ている。 「遊佐、お前は不幸なのか? 天野を愛して、不幸だったのか」 「・・・・ッ」 遊佐は言葉を失う。 罪への後悔はある。しかし、瑞希を求めたことの後悔はあるだろうか。 遊佐は拳を握り締めた。 もしももう一度やりなおせたら。時間が、戻ったら。 そう考えたことがないわけではない。 しかし、それでも。 ――結局、自分は瑞希に惹かれたに違いない。瑞希に恋したに違いなかった。 遊佐の恋は、他から見れば不幸なのだろう。 幸せでは、ない。 そう、遊佐は自分を思う。 けれど。それは、不幸か。 そう自問する。 ――不幸じゃない。 辛さも痛みも、狂おしい激情も・・・・・きっとそこに熱さも悦びも含まれているから。 遊佐は、息をついた。 伊沢を、見る。 「――幸せも不幸も、本人にしか分からないってか・・・? だが、辛いだろうよ」 「その辛さは、想いの証拠だ」 胸の痛みは、誰かを想っている証。 伊沢は目をそらした。そらす瞬間、その瞳が痛みに歪んでいた。 遊佐は、それに気づかなかったふりをして横を向いた。 アキラのことを言っているのか、それとも伊沢自身のことを言っているのか。それともそのどちらともなのか、遊佐には分からなかった。 分かるのはただ、アキラが心を痛める姿が、伊沢をより苦しませるのだろう事実だ。 ・・・・それでも、お前はそう言うんだな。 遊佐は、言葉に出さずに呟いた。 言葉にしたのは、違うものだった。 「・・・・ま、勝手にすればいいさ・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 伊沢は、遊佐の前を無言で通り過ぎて行った。 車に乗り込む彼の背中を、遊佐の視線が追う。 遊佐は、小さく苦笑した。 瑞希への恋心は誰にも負けていないつもりだった。 だが、アキラを愛する想いは、この男に敵わないのかもしれない。 そう、遊佐は思った。 伊沢は、アキラの家のそばに車を止めた。 辺りは静まり返っている。 伊沢は、ゆっくりと車を降りると、アキラの家を見上げた。 全ての家人が眠っているのを示すように、外灯以外に光はない。 2階のアキラの部屋も、明かりが消えていた。 「・・・・・・・・・・・」 幸せになるように。 お前が、幸せになるように。 じっと、伊沢はアキラの眠っているだろう部屋を見上げる。 お前の幸せは、お前だけが与えられる。 お前が、周りに惑わされず、自分のために自分の幸せを見つけられることを、祈っている。 それが、どれだけ痛みを伴うものでも。 「・・・・・・・・・・・」 外気の冷たさに、伊沢のはく息は白い。 伊沢は目を閉じた。 お前が選んだ幸せなら。 それでお前が幸せなら。 ・・・・・アキラ。 ――きっと、俺も幸せだ。 |
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