Calling 




『お兄ちゃん』
『あのね、隣のロブがね、あたしのリボンをとったの』
「泣かないでサラ。お兄ちゃんが取り返してやるよ」






『お兄ちゃん』
『お兄ちゃん』
「どうしたサラ、またロバートの奴か。泣くんじゃないよ、お兄ちゃんが懲らしめてやるから」
『無理だよ、お兄ちゃん。だってロブはもう三年生なんだもん』
「大丈夫、お兄ちゃんは強いから。それにもっともっと強くなって、お兄ちゃんがサラを守ってやる」






『もう、ジャッキー! また朝帰りなの?』
「大目に見てくれよサラ。カレッジの打ち上げだったんだから」
『何が打ち上げよ、ただの合コンのくせに』
『ま、私も今日は踊りに行くんだけど』
「おい、遅くなるのか」
『うん』
『大丈夫、誰かさんと違って朝帰りなんてしないから』
「Telしろよ、車で迎えに行くから」
『やーね、大丈夫よ』
「危ないだろうが」
『何言ってるの。そこらへんのナンパに負ける私だと思ってるの?』
『私のジークンドーの腕知ってるでしょ』
「馬鹿、そういうのが一番危ないんだ。生兵法はケガのもとだ」
『私のジークンドーのどこが生兵法よ!!』
「とにかくTelしろ、いいなサラ」
『・・・わかったわよ』
『もう、ジャッキーは心配性すぎるわ!』






『すごいわジャッキー! おめでとう!!』
「まだまだ一勝さ。これからだ」
『素直に喜んだら? これでレーサーとしての第一歩じゃない』
「まあな。・・・・・・何を笑ってるんだ?」
『ジャッキーがレースに打ち込んでいる内に、ジークンドーの腕を追い抜いちゃうから』
「まだまだお前には負けないよ」









『ジャッキー』
「どうしたサラ。最近顔色が悪いぞ」
『・・・うん。何だか最近、誰かにつけられてるみたいで気持ち悪いの』
「またロバートの奴か? あいつも懲りない男だな」
『違うわよ。ロブなら、先週きっぱりふってやったわ。そうじゃなくて・・・何だか変なの』
「・・・・・・オレがいるよサラ。オレが守ってやる」
『ジャッキー兄さん・・・・・・』












『雪・・・・・・!』
「本当だ。綺麗なもんだな」
『・・・・・・ねえ、ジャッキー。もしも、よ? もしも私がいなくなったら、探してくれる?』
『助けに来てくれる?』
「!? サラお前っ」
『もしもの話だってば!』
「当たり前だろ?」
『絶対に?』
「絶対だ。お前がどこにいても、オレが探しだして助けてやる。・・・・・・どうした?」
『ううん。ただ、分からないけど・・・不安なの』
『ジャッキー』
『・・・ジャッキー兄さん』
「・・・・・・・・・・。なあサラ、お前も今度の遠征についてこないか」
『・・・ううん、ダメ。どうしてもこっちで仕上げなくちゃいけない論文があるの』
「そっか・・・。終わったら、来いよ。な? 第5戦くらいには間に合うんじゃないか?」
『・・・うん。そうするわ、ジャッキー』
「それから、何かあったらすぐ連絡するんだぞ。時差なんて気にするな。レースがあるからって遠慮するなよサラ」
『うん。わかってるわジャッキー兄さん』
『ありがと・・・・・・兄さん』











 


 雪・・・・・・。
 ジャッキーはぼんやりと、ベッドの上に落ちてくる雪に手を伸ばした。
「おいおい。大丈夫かジャッキー」
 ウルフが言いながら、ジャッキーのベッドの脇の窓を閉める。
「こんな日に窓を開けて寝たら、いくらお前さんでも風邪ひくぜ」
「・・・・・・そうだな」
『雪・・・・・・!』
 耳の奥に残る声。
 ・・・・・・サラ。
「また、サラのことか」
「・・・・・・・・・しかたないだろ」
 ジャッキーは大きく息をつくと、ベッドから身を起こした。
 剣呑な目つきで、ウルフを睨む。
「それより、こんな真夜中に何の用だ」
「とんだあいさつだな〜。俺が来なけりゃ凍死してたかもしれないぜ」
「そんな間抜けなことになるか。お前が来た時には起きてた」
「それに、ホテルはもっといいとこ泊まれよ。金はあるんだろ」
 ウルフは勝手にくつろぎながら、文句を言う。
 ジャッキーはウルフがさっき閉めた窓に手を伸ばし、ほんの少しだけ開いてから、くしゃりと髪をかき上げた。
「・・・・・・うるさいな」
「それにしても何でお前、いつもホテルで窓開けてるんだ?」
 大開きとまではいかないが、とにかくかすかでも絶対に窓を開ける。
 ジャッキーのこの奇妙な癖に、ウルフはいつも首をかしげていた。
「不用心じゃねーか」
「オレが?」
 ジャッキーは上着をはおりながら、ウルフに微かに唇の端を上げて見せる。
 ウルフは大仰に肩をすくめた。
 たしかに自分にしてもジャッキーにしても、よほどの相手以外はまともに対する必要もない。その辺りのこそ泥や強盗では相手にならなかった。
「・・・・・・窓を閉めてたら、聞こえないだろ」
 ぽつりとつぶやくジャッキーの言葉に、ウルフは聞き返す。
「何だって?」
「・・・・・・どうでもいいだろ、そんなこと」
「サラか」
「―ちゃんと聞こえてるんじゃないか」
 ジャッキーは言って、窓辺に立った。
 暗い空を、白い雪がはらはらと舞い落ちている。
 すき間から吹く頬にあたる風は、痺れそうなほど冷たかった。
「あいつが、もしかして外にいたら。窓を閉めてたら、呼ばれても聞こえないだろ」
「・・・・・・ほんとに大事なんだなぁ」
「お前もだろ」
 ジャッキーはウルフを少し見て笑った。
 事故から生還した後、自分が意識を失っている間にサラが行方不明になったことをジャッキーは退院後に聞いた。
 ブライアント家の情報網がぶつかった先。ある組織の影。それ以上はブライアント家の力でさえ追えなかった。
 だがサラは何らかの理由でそこに拉致されたに違いなかった。
 妹を探す途中で、やはり友人を探していたウルフと出会った。
 ウルフの友もまた、その組織の闇に呑まれていたのだ。
 それから二人は、必然的に互いの情報を交わすようになった。
 時には共に行動もした。
 求める者は違っても、追うものは同じだったからだ。
 ウルフは笑う。
「そりゃ、俺も心配さ。その気持ちならお前にだって負けない・・・・・・と思うんだが、やっぱり違うな〜」
「?」
「妹が、そんなに大切かい」
「サラは特別だ」
 家は裕福だったが、そのかわり両親はいつも忙しかった。肉親の愛情を一番欲しい幼い時、お互いだけしかいなかったのだ。
 サラは幼いとき、いつも自分を追ってきて。自分のマネをしてジークンドーをやりはじめた時も、いつ怪我をしないかとハラハラしたものだった。
 サラにとってそれからもずっと自分が保護者がわりだった。そしてサラの笑顔が自分にとって与えられる最上のもの。
 ずっと、ずっと、大切に守ってきた。
「・・・・・・オレを呼んだに違いないんだ。奴等に捕まった時、きっとオレを呼んだ。それなのにオレは、そんなことも知らずに・・・・・・!」
「・・・・・・それはしかたないだろ?」
 ウルフは慰めるようにゆっくりと言う。
「その時はお前だって生死の境をさまよってたんだ」
「だめだ」
 許せないんだ。
 ジャッキーはギリ、と唇を噛んだ。
 サラをさらった奴等も、そして自分自身が。
 サラがさらわれた時のことを思うと、そこに居合わせたわけではないのに吐き気がするほどに、怒りで胸の奥がカッと熱くなる。
 なぜいてやらなかった。
 レースがあったからといっても、サラはたしかに不安がっていたのに。
 あいつがオレを呼んだだろう時に、どうして助けてやれる場所にいなかったのか!
「ジャッキー・・・」
「・・・・・・」
 ジャッキーは感情を抑えるように、震える息を吐く。
 ジャッキーは窓の外に目を向けたまま、小さく言った。
「・・・たまらない。あいつが今どうしているだろうと思うと。・・・・・・寒さに震えているんじゃないか、恐ろしい想いをしていないか・・・・・・」
 オレに助けを求めているんじゃないか、と・・・・・・。
 それきり、ジャッキーは黙ってしまう。
 苦しげなジャッキーの様子に、ウルフは何も言えない。
 ジャッキーが、サラのことをまるで少し力を込めれば粉々に砕けてしまいそうな、そんな壊れやすくて傷つきやすい小さくて何かあたたかいもののように想っているのが分かった。
 けれどウルフのサラへの印象はずいぶん違う。
 組織の暗殺者として、2度だけジャッキーとウルフはサラに襲われたことがある。たしかに正気ではなかったのだが。
 震えが来るほどに美しかったが、それは決して壊れやすいようなものではなかった。むしろ、鋼のような強さを感じた。ファイターとしての強さだけでなく、彼女の今は眠らされている魂の強さとでもいうのだろうか。
 正気の時のサラに会ったことは一度もないが、ウルフはサラがジャッキーの思っているような娘ではない気がした。
 ジャッキーの目にどんなふうにサラが見えているのか、ウルフは一度かわって見てみたいとも思った。
 暗殺者として現れたサラを、ジャッキーも見ているはずなのに。
 やはりあのサラも、ジャッキーの目には悲しげで壊れやすそうなものに見えるのだろうか。
 ジャッキーはウルフを振り返った。
「ところで、用は何だったんだ?」
「おう、コレだ」
 ウルフは我に返ると、白い封筒をジャッキーに飛ばした。
 ジャッキーはそれを受け取り、空いている中のカードを取り出して目を見張る。
「・・・・・・これは」
「今日届いてた。たぶんお前んとこの家にも届いているんじゃねーかな」
 世界格闘トーナメントの招待状。
 それと一緒に、あきらかにこれにだけ同封したと思えるプリントアウトされた紙。それは、出場予定者の全リストだった。そこにはサラと、ウルフの友人の名もある。
「出場するだろ?」
「―当たり前だ!」
 ジャッキーとウルフの名も、もちろんそこにあった。
 何の目的なのかは分からない。
 けれど。
 その大会にサラがいることは間違いなかった。


もしも私がいなくなったら、探してくれる?
助けに来てくれる?


 聞こえてくるのは、あの時のサラの声。
 待ってろ、サラ。
 もうすぐ、オレが助けてやるからな。
 ジャッキーは、窓ごしに雪の降る外を見やった。
 ・・・・・・オレの声が、届いているか?
 お前を助けに行くよ。
 外の闇は、雪の降る音が聞こえそうなほどただ静かだった。



                                                                
 
                                         

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