deep regret









何がいけなかったの?

どこで間違ってしまったの?




ただ あなたを


守りたかっただけなのに。







 「・・・・・・え?」
 もたらされた報告に、一瞬アーシアは何を言われたか理解できなかった。
 すっとゼネテスが背後に回った気配にも、アーシアは気づかなかった。
 双子は同じ内容を繰り返した。
 アーシアは息を呑んだ。
 ----レムオン兄様が、失踪・・・・・?
 地面を、失った気がした。
 崩れかけたアーシアを、ゼネテスが後ろから抱き支える。
「嘘・・・・」
 アーシアの呟きは、声にはならなかった。
 ゼネテスは、目線で双子を天幕の中から下がらせる。
 ガタガタと震えだす娘を、気遣うように見つめた。
「アシャ・・・・・・」
「嫌、嘘よ、嫌だ、兄様」
 言葉にならない切れ切れの叫びが、小さくその喉を震わせる。
 嘘、嘘、嘘!!
 レムオンが貴族たちにこの戦いへ不参加を指示していたのは、知っていた。
「私・・・私が、戦ったから・・・?」
 彼女はゼネテスに協力した。レムオンに逆らうことになると分かっていて。
 でも、それは。
 アーシアの瞳に、涙が溢れた。
 彼女が戦いを決意したのは、ロストールを・・・・・・そこに生きる義兄を守りたかったからだ。
 あなたを、助けたかったから----!!
 戦うことが、義兄にためになると信じたからこそ、その彼の考えに逆らったのだ。
 堪えきれない嗚咽が、アーシアの唇から漏れた。
 でも、あの人はどこかへ行ってしまった。
 何も言わずに。
 間違っていたのだろうか、と思う。
 自分は、大きな過ちを犯してしまったのか。
「私が、私のせいで--」
「違う!」
 その声の強さほどには、ゼネテスにも断言できなかった。けれど、支える腕から伝わる震えにゼネテスは叫んでいた。
「お前のせいじゃない!」
 ゼネテスの言葉は彼女の心には届かないのか、アーシアは顔を覆った。
「あんなに苦しんでたのに!!」
 自分がダルケニスであることを知られて。
 きっと追い詰められていた。
「側を、離れちゃいけなかったのに---!!」
「アシャ! --アーシア!」
 その苦痛を少しでも、どうしても軽くしてやりたくて、しかしその方法がわからずにゼネテスは彼女を抱く腕に力をこめた。
 アーシアは嫌々をするように、頭を振る。
 そのたびに、涙が散った。
 ゼネテスの胸がきつく痛んだ。
 女の深い嘆きに。
 そして、今さらながらに女の中のレムオンの存在の大きさをしって。
 初めてだった。
 これだけの弱さを彼女が見せるのは。これだけの脆さを表してしまうのは。
「アーシア」
 癒せないのか、とゼネテスは思う。
 ほんの少しも、自分ではアーシアを癒すことはできないのか。
「アーシア、アーシア」
 かける言葉を見つけられずに、ゼネテスは腕の中のアーシアの名を呼びつづける。
 ともすれば崩れ落ちそうになる、その体重の全てを支える。鍛えぬかれた彼女のそれは、だが、ゼネテスにとって切ないほどに軽く、そしてその肩は小さかった。
 温もりというのは、人の感情を落ち着かせる作用があるのだろうか。
 いつしか、アーシアを襲っていた衝撃はその鋭さを緩めた。
 痛みは、焦りは、後悔は変わらず胸にある。
 けれど平常の精神がアーシアに戻ってきた。
「・・・・・・」
 キュ、と唇を噛む。
 ここで、泣いていても、レムオンは戻ってはこない。
 彼を助けることはできない。
 何も、進まない。
「探すわ、私。絶対、兄様を、助けるの」
 自分に言い聞かせるように言った。
 そして、自分がゼネテスに支えられていたことに気づいて、その腕を硬く払った。
 その拒絶に、ゼネテスは逆らえずに腕をとく。
「ごめん、ゼネテス。ありがと」
 硬い声。そして瞳。
 アーシアのそれに、ゼネテスはだが普段どおりの笑顔を返した。
「役得ってヤツだ」
 わざと、軽く言う。彼女の負担になるような男になるのは、ごめんだった。
 だが、アーシアの顔は曇った。
「? アシャ?」
「・・・・・・あんまり、甘やかさないで」
 アーシアは目をそらせる。
 ゼネテスは優しい、とアーシアは思う。
 明るい強さは、いつだって自分を支えてくれる。今はそれが、許せなかった。
「私は、兄様に手を差し出さなかった」
 彼が1番苦しい時に、彼を助けることができなかった。彼を一人で行かせてしまったのに。
 自分だけが強く優しい腕に守られるのが許せない。
「私には、かまわないで、ゼネテス」
「違う」
 ゼネテスはアーシアを抱きたかった。
 抱きしめて、支えて、一時でも安らがせてやりたかった。
 だが、全身で拒絶する彼女に触れることはできなかった。
 上手に慰めてやれない自分が腹立たしくて、そして、レムオンが腹立たしかった。
「お前が手を差し出さなかったんじゃない。あいつが、その手を見なかったんだ」
 お前はいつだって、あいつに手を差し出していた。
 あいつを守ろうとしていた。
 ・・・・・・あいつを、愛していた。
「あいつが、見ようとしなかったんだ」
 ゼネテスの言葉に、アーシアは小さく首を振るしかできなかった。
 どこで自分は間違ってしまったのだろう。
 浮かぶのは、義兄の時折見せてくれた優しい瞳。そして、最後に見た拒絶と痛みの色に満ちた瞳。
 レムオン兄様。・・・・レムオン・・・!
 どこにいるの。
 自分のどれだけの愚かさの、これは罰なのだろう、と思う。
 彼の心を思うと、アーシアは胸が潰れそうに苦しかった。

 





 
End

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