ただ切ない夜









抱きしめて、キスをする。

そうすれば、何かが変わるのだろうか。


それとも、全てを失うのか。








 月が、静かに光を投げかけていた。
 静かな、夜。
「アシャ」
 ゼネテスは夜風に髪をもてあそばれるままにしている、アーシアに近寄った。
「眠れないのか?」
「・・・・・別に、なんでもないの」
 アーシアは言って、少し笑う。
「ゼネテスこそ」
 宿屋の2階から見る街は、月の光の降る音が聞こえてくるかと思うほどに静かだった。
「アシャ」
「何?」
 手すりに背をもたれて振り返ったアーシアに、ゼネテスは何か言おうとして結局何も言えなかった。
 レムオンを探し、探して、もうすぐ半年になる。
 しかし、何一つ手がかりは見つからなかった。
「・・・・やだなー」
 アーシアはくすりと笑った。
「私、そんな情けない顔してる?」
「・・・・いや」
 ゼネテスは息をついて、肩をすくめて見せる。
 自分が彼女の前で、同じように落ち込んで見せたところで事態が好転するわけではない。彼女の焦りや不安がぬぐえるわけでもない。
 それならば。
「空がこんなに晴れてるからよ、明日も天気だなーと思ってな」
 にっと笑う。
 笑ってやるしかないだろうが、とゼネテスは思う。
 慰めることができないなら、アーシアが気を使わなくていい男でありたかった。
「・・・・・ホント、ゼネテスって・・・・」
「ん?」
「いい男ね」
「今ごろ気づいたか?」
「・・・・・・・・」
「アシャ?」
 いつもと違う彼女の雰囲気に、ゼネテスは手を伸ばした。
「アーシア?」
 そっと頬に触れてくる男の手を、アーシアはとった。
「時々さ、時々・・・・」
「ああ?」
「あなたの胸に抱かれたいと思う」
 およそ動じるということがなかったはずの自分の心臓が、その時たしかにはねたのをゼネテスは自覚した。
「あなたの腕に、抱きしめられたいと、思う」
 この瞬間、アーシアを抱きしめなかったことは、奇跡に近かった。
 湧き上がる衝動を、ゼネテスは寸でのところで耐えていた。
「・・・・バーカ」
 ゼネテスは、アーシアを軽く小突く。
 声は、震えていないだろうか。俺の顔は、ちゃんと笑っているだろうか?
 必死で、自分をたしかめる。
「うん」
 アーシアは、笑った。もう、いつものアーシアだった。
「ごめん」
「さ、もう寝た寝た。明日もはやいぜ」
「わかってるって。おやすみ、ゼネテス」
「おやすみ」
「・・・・ありがと」
 照れたように言って、アーシアは部屋へ戻って行った。
 残されたゼネテスの、笑顔が消える。
あなたの胸に抱かれたいと思う
 彼女の言葉が、蘇る。
 どうしようもなく身体の奥が熱かった。それが喜びではなく痛みなのは、その言葉がほんの気の迷いのなのが分かっているからだ。
 苦しくて辛くて、一時でも縋れる場所に安らげるような女なら、抱きしめられた。ゼネテスこそ、ただ一時だけでも、彼女を癒して、支えてやりたかった。
 だが、彼女はそれを自分に許せる女ではなかった。
 一時の安らぎでゼネテスにすがれば、アーシアは自分の弱さを許せずに、ゼネテスからはなれていくだろう。
 それがゼネテスには分かっていた。
あなたの腕に、抱きしめられたいと、思う
 蘇る、その声。
 ゼネテスは手すりによりかかると、天を仰いだ。
「・・・・・・切ないよなあ・・・・・」
 ぼそりとした呟きは、自嘲に彩られて消えていった。
 










 
End

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