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月夜の仕事人…

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−5:月下美人−

それは寒空に月が映える夜のこと
水鶏はいつもと同じように、ラジオを聴きながら珈琲を飲んでいた
開けたままの窓からは、時折冷たい風が入る
そして、その冷たい風にほろ苦い珈琲の香が乗った

「綺麗な月夜ですね、金平糖。」

水鶏は、白い息と一緒にそんな言葉を呟いた
金平糖は毛布にくるまり、静かに目を閉じていた
水鶏はラジオのボリュームを下げ、珈琲を一口飲んだ

ふと、窓の外に目をやると大きな荷物を抱えた少年がうろうろしていた

「おや、何か探し物ですか?」

水鶏は窓から顔を出して、声をかけた
少年は突然聞こえた声に、びくっと肩をふるわせた

「今晩和。あの、この辺で骨董品店を探してるんですけど・・?」
「骨董品店?」
「この裏側に回るとありますよ。」

水鶏は静かにそう言った
少年は一礼してその場から走り去った


「・・本当にあったんだ。」

少年は建物を立ったままじーっと見ていた

「入っていいのかな?」

少年は恐る恐る建物のドアに手をかけ、そっと開けた
開けたドアの隙間から見えた店内は、うっすら灯りが灯っていた

少年はそのまま誘われるように入り、店内をぐるりと見回した
店内にはありとあらゆる骨董品が飾られていた

「いらっしゃいませ。」

少年は声のした方向を振り返った
そこには水鶏が立っていた

「ぁ、さっきの人。」
「まぁ、立ち話も何ですし、どうぞ、お掛けになって下さい。」

水鶏はにこりと笑った
少年はのろのろと椅子に座った

「ここ、貴方の店だったんですね・・えっと。」
「水鶏ともうします。お客様は?」
「俺は、月夜です。」
「月夜様ですか、綺麗な名前ですね。」

月夜と名乗った少年は照れくさそうに笑った
水鶏は少年の前に珈琲の入ったカップを差し出した
月夜は不思議そうに水鶏の顔を見た

「外は寒かったでしょう、どうぞ、召し上がれ。」

水鶏は静かにそう言うと、自分も椅子に座った

「所で、月夜様、骨董品で何かお探しなんですか?」

その問いかけに月夜は飲んでいた珈琲をテーブルに置いた

「姉の誕生日に贈り物をしようかと思って。」
「そうですか、お姉様は骨董品がお好きなんですか?」
「はい、特に陶器の小物が好きみたいで。」
「陶器の小物・・あ、良い物がありますよ。」

そう言い、水鶏は立ち上がり店の奥に行ってしまった
月夜は水鶏の後を目で追った

「にゃー。」

と、そこに水鶏の代わりに店の奥から金平糖が出てきた
金平糖は月夜の姿に気づくと、側までやって来た

「水鶏さんの猫かな?」
「ニャー。」

金平糖は月夜にすり寄り、そのまま月夜の身体をよじ登ってきた

「?」

月夜の膝の上まで来ると、金平糖は満足そうにごろごろとのどを鳴らした

「金平糖に好かれたみたいですね、月夜様。」

水鶏はくすくすと笑い、店の奥から出てきた
手には箱を持っている

「この子、金平糖っていうんですか。」
「はい。」
「金平糖か、お菓子の名前ですね。」

そう言い、月夜は膝の上の金平糖を撫でた
水鶏はテーブルの上にさっきの箱を置き、中身をテーブルに並べた
テーブルには小さな陶器の小物が並べられた

「わぁ、綺麗ですね、これ。」

月夜はその小物を手に取り、興味深そうに眺めた

「そうでしょう、香水入れなんです。」
「香水入れ・・ですか。」
「真っ白な表面に施されている装飾が本当に見事で、一目惚れして一品なんですよ。」
「さぁ、月夜様、どれがお好みですか?」

月夜は困ったように水鶏の顔を見ていた

「俺、こういうセンス全くなくて、どれが良いかわかりません。」

「そうなんですか。」

水鶏は小物の中から、一つだけ選び出し手に取った

「こんなのは、いかがでしょうか?」

水鶏の手には、小さな夜があった
青と黒のグラデーションの空に黄色い三日月が浮かぶ
そんな夜が

「・・これ、特に綺麗・・です。」

月夜は溜息混じりにそう言った

「名前は、月下美人。」
「名前通り、この中でも一番の美人ですよ。」
「そして、真の美しさは名前にあります。」
「え・・?」

水鶏はにこりと笑った
月夜は水鶏から受け取った月下美人を、不思議そうに何度も見つめた

「名前・・・月下美人。」

月夜はぽつりぽつりと呟き、月下美人を窓の外の方に掲げた
すると、月光に反射し、月下美人に新たな何かが浮かび上がった

「ぁぁ、本当に、月下美人なんだ・・。」

月下美人には、淡い蝶が浮かび上がった
その蝶は本当に見事で、この世の何よりも美しかった
月夜はしばらくその光景に見惚れてしまった

「・・ニャァ。」

金平糖の鳴き声に、月夜は我にかえった
水鶏はくすくすと笑う

「どうですか、この子は。」
「ぇっと、その、これ買わせて下さい。」
「じゃあ、お包みしますね。」

水鶏は月下美人を手に取ると、手際よく包装し始めた

「あの、いくらですか?」

月夜の問いかけに、水鶏は一瞬手を止めた

「お金はいりませんよ。」
「その代わり、何か綺麗な物を下さい。」
「綺麗な物?」
「ええ、なんでも良いですから、綺麗な物を。」

水鶏がそう言うと、月夜は膝の上の金平糖を床に下ろし、立ち上がった
そして、自分の荷物から硝子瓶を取り出した

「コンペイトウ?」

水鶏はその硝子瓶を見つめた 月夜は苦笑し、それをテーブルに置いた

「すいません、コンペイトウで。」
「俺が持ってる綺麗な物といえば、これくらいしかないんです。」
「十分綺麗ですよ。」

水鶏はそう言い、包装し終えた月下美人を月夜に手渡した

「では、お約束通り、月下美人をお持ち帰り下さい。」
「ぁ、ありがとうございます。」

月夜は水鶏に一礼して自分の荷物と
包装された月光美人を大切そうに抱えた

「それじゃあ、また何か探しに来ます。」
「はい、またのご来店お待ちしております。」
「・・まぁ、また会えたらの話ですけどね。」

水鶏ははさみを取りだし、何かを切ろうとした
その瞬間、月夜が水鶏の手からはさみを取り上げた

「水鶏さん、いつも、来る人来る人こうしてるんですか?」
「ええ。貴男も同業者ならわかるでしょう。」

水鶏はにこりと笑った

「知ってますか、夢は人間にとって、依存性の高い厄介な薬ということを。」
「私達はそんな夢が具現化したような存在なんです。」
「そんな存在がむやみに人間の記憶に残ってはいけないのですよ。」

月夜は水鶏の目隠しを取った

「でも。」
「夢は儚い。」
「それ故、時が経てば自然と人間の記憶から消えていく物。」
「例え、夢が人間の死ぬ寸前まで記憶にあったとしても。」
「それは一生失うことのない冥土の土産になるんです。」
「だから記憶を消す必要はないんじゃないですか、水鶏さん。」

「そういう考え方もありますね。」

水鶏はくすくすと笑い、月夜の頭を撫でた

「貴男は本当に良い子ですね。」
「月並みでも良い魔法使いになりますよ。」

月夜は一瞬目を見開いたが、すぐににこりと笑った

「ありがとう。」

月夜は水鶏の手にはさみをそっと握らせた

「また会えたら会いましょう、水鶏さん。」

月夜はそう言い、静かに店を出ていった
水鶏は黙ったまま、手元のはさみをじっと見た

「ニャア・・・。」
「金平糖、今回はお仕事はなしですよ。」

水鶏は足下にいた金平糖を抱き上げ、椅子に座った
ふと机の上にコンペイトウの詰まった硝子瓶が目に入った
水鶏は瓶からコンペイトウを取り出し、机に散りばめた

「金平糖、綺麗でしょう。貴方と同じ名前のお菓子ですよ。」

金平糖は机の上のカラフルな菓子を目を丸くして見ていた
水鶏はそっと立ち上がり、ラジオの電源を入れた
店内にはラジオからは異国の歌が響き渡った

「綺麗な月夜ですね、金平糖。」

月はただ淡く光った


【END】

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