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…古の夜桜…
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時は過ぎ。
気が付けば、月が綺麗な季節になっていて。
いつも甘い月見団子を恋しがっていた妹を思い出す。
「今日の月は一段と綺麗ですね。」
背後からは聞き慣れた声がした。
「さざれか。」
さざれ。
私の妹・桜花の元世話役。
「少し話しをしませんか、美味しいお茶とお菓子も用意してますし。」
「どうですか?」
さざれはにこりと笑い、縁側に座る。
私は何も言わずにさざれの隣に座った。
「これは奥様から聞いた話なんですが。」
さざれは二人分の湯飲みにお茶を注ぎながら話を進める
「この家に大桜があるでしょう。」
「何でも不思議な桜で一年に二度花をつけるそうです。」
雪花は何も言わず、さざれから受け取ったお茶を飲む
「一度目は春。」
「そして、二度目は秋に。」
さざれはくすくすと笑う
雪花はその様子を尻目に月をぼんやりと見ていた
「っと話の続きですが、春の花は雪花さんも知っている通り薄紅なんです。」
「秋の花は、ほらっ。」
さざれは真っ暗な空を指さす
「あのような綺麗な満月の光に染められて黄色になるです。」
「とても幻想的な話ですよね。」
そう言うと、さざれはにこにこしたままお茶を飲む
「あ、後これも話の続きなんですが。」
「普通の桜は一週間で花を散らしますが。」
「その秋に咲く桜は一日で満開になり一日で花を散らすそうです。」
「そして、今年の見頃は来月辺りになるそうですよ。」
雪花はごろりと横になると、そのまま寝てしまった
さざれは少し苦笑する
「風邪ひきますよ、雪花さん。」
さざれは雪花を抱え、家の奥に入っていった
縁側では空っぽの湯飲みが二つと、全く減っていないお菓子が月見をしていた
あの日から。
庭の大桜には確かに不思議な現象が起こっていた。
夜になると枯れ葉色だった葉は何故か青くなるのである。
目の錯覚と思い、又次の日の夜見るとやはり同じように葉は青くなる。
「身近な所にも不思議なこともあるでしょう。」
にこにこと笑い、さざれは洗濯物を片手にやって来た
雪花は相変わらず縁側でぼんやりと大桜を眺める
「そういえば、もうすぐその大桜が蕾をつけ始めるそうですよ。」
さざれは洗濯物を干す手を休めずにそう言った
「さざれ。」
「はい、何か用ですか?」
雪花はさざれを見ずに口を開く
「何でこんな変な桜が私の家の庭にあるんだ。」
「月が一番綺麗に見える所だからでしょう。」
さざれは即答すると、洗濯物を干し終えたのかその場から去っていた
雪花は少し納得のいかないといった表情を浮かべ、横になった
桜は相変わらず、枯れ葉をつけていて
とてももうすぐ花をつける、といった雰囲気ではない
だが、そんな考えを否定するかのようにその日の夜、桜は蕾をつけていた
桜のつけた蕾はとても白くて
冬に嫌というほど見る雪に似ていた
「早速蕾をつけているなんて、気の早い桜さんですね。」
さざれはのんきにそんな台詞をいった
「確かに蕾はつけたけど、色が白いじゃないか。」
「秋に咲く桜は黄色いんじゃなかったのか?」
雪花はそう言い、空を見上げた
真っ暗な空にはあちこちに星が散らばっていて
そんな星にいつも囲まれるようにしてあるはずの月は、今日はなかった
「何ででしょうね?」
さざれはにこにこと笑ったまま、そう答えた
「そのうちわかりますよ、きっと。」
「私はもう寝ますが、雪花さんはどうしますか?」
「もう少しこの桜を見てるよ。」
「そうですか、ではおやすみなさい。」
にこりと笑いそう言うと、さざれは音もなく家の奥に入っていった
縁側に1人になった雪花はただ桜を眺めた
「どうしてうちにはこんなに変なことばかり起きるんだ。」
何も変わらなければ。
何も変わらなければ、どんなに幸せだろう。
何も変わらなければ、桜花だって今でもここにいたはずなのに。
雪花はそんなことを考えていた
「もう寝るか。」
そう言って、雪花は寝室へいき布団に入った
そしてその日、雪花は珍しく夢を見た
昔のまだ幼い頃の夢を
夢にはまだ桜花もいて。
いつもいない母もいた。
確かこの夢は。
私が風邪を引いて寝込んだときの。
『お姉ちゃん、大丈夫?』
そう、いつもは桜花が寝て、傍らに私がいるのに。
その日だけはそれが逆転していたんだったな。
『何も変わらない日常なんて望んじゃいけないんだよ。』
ふと、母の声が上から降っていた。
久々に聞く母の声。
『人間、喜びも悲しみも怒りも全部全部楽しんで生きていく生き物なんだから。』
『それに日常が何も変わらないただ平凡なものなら、退屈で死んでしまうよ。』
『そう思わないかい、雪花。』
そう。
まともに話しをしたのは後にも先にもこの日だけで。
母親らしいことをいったのもこの日だけで。
この日は幼いながら、勉強になったと思った日だったな。
・・・・・。
「・・もう朝か。」
「そうです、もう朝なんですよ。」
さざれがにこりと笑う
「今起こそうと思ってたんですよ、雪花さんの方から起きるなんて珍しいですね。」
「これじゃあ今日は桜が咲いてしまう。」
さざれは笑いながらそう言った
「朝食の用意が出来てますよ。」
さざれは部屋を出ていった
雪花はぼんやりとしたまま起き上がって部屋を出ていった
桜の木は相変わらず枯れ葉ばかり付けていて
とても今日花が満開になるような気配は全くない
だが
確かに
確かに昨日の夜は今にも咲きそうな桜の蕾が沢山ついていた
朝になると
嘘のようにそれは消えて
いつもと変わらず、桜は枯れ葉だけをつけた姿に戻る
「雪花さん。」
「ん?」
「さっきからぼんやりして一体どうしたんですか。」
「別に。」
「もしかして桜のことでも考えてたんですか。」
あまりに図星だったので私は黙って食を進めた。
さざれはくすくすと笑う。
「まぁ、今日は九月の十三夜ですからきっと花は咲きますよ。」
「夜までなんてすぐですから、昼寝でもして桜見の準備していては?」
ご馳走様。と一言言うと雪花はその場から去っていった
さざれは笑いながら朝食の片づけを始めた
『お姉ちゃん。』
『古の夜桜って知ってる?』
『お母さんが桜花に話してくれた話なの。』
『聞きたい?聞きたい?』
秋になると、決まって目をきらきらさせながら桜花はこう言った。
私はいつも興味が無くて一度も「聞きたい」とは答えなかった。
その度、桜花はにこにこしながら勝手に話し始めていた。
『庭にある桜がね。』
『秋になると黄色い花をつけて咲くんだって。』
『それでね。』
『その桜を見た人はたった一つだけ願いを叶えられるんだって。』
『桜花、いつかこの桜を見てこの願い事を叶えてもらうの。』
『また桜が咲きますようにって。』
とても嬉しそうに桜花はそう言っていた。
「・・・。」
気が付くと、空はすっかり紺色に染まっていた。
そして。
いつもならあるはずの月は雲に隠れて姿を見せない。
「残念ですね、折角の月見の日なのに。」
いつの間にかさざれは縁側に立っていた
苦笑しながら溜息をついている
「さざれ、そんな落ち込まなくても大丈夫みたいだ。」
雪花の言葉に反応しさざれは顔を上げる
空には雲から顔を覗かせようとする月が見えた
「さざれ、月見団子あるか?」
雪花はさざれに背を向けたままそう言った
さざれはにこりと笑い口を開く
「はい、ちゃぁんと三人分ありますよ。」
「よくわかったな。」
「はい、桜花さんと約束していましたから。」
「どんな約束だ?」
さざれは又にこりと笑う
「『桜と月を見ながらお団子を食べましょう』って。」
「実は今まで雪花さんには内緒にしていた二人だけの計画だったんです。」
さざれは子供のように無邪気に笑った
「あ、もうそろそろ月が見えそうですね。」
月が完全に雲から顔を出した
そして、月明かりが桜の木に降り注ぐと
桜は待っていたと言わんばかりに真っ白な花を月光の色に染めた
それと同時に、桜は花を開かせた
月とよく似た綺麗な花を
「綺麗。」
「そうですね。」
「そういえば、この桜は。」
「知ってるよ、願いを一つ叶えてくれるんだろう。」
さざれは返答のかわりに笑顔になる
「願い事は何ですか?」
「『また花が咲きますように』。」
「これは桜花の願いだ。」
「そうですか、桜花さんらしい願い事ですね。」
じゃあお団子持ってきますね。さざれは小さくそう言うと部屋の奥に入っていった
雪花は縁側で月と桜を眺める
同じあたたかな色した月と桜を
「月も桜もホントは嫌いだった。」
「全部桜花のせいで嫌いになって。」
「でも今は。」
「月も桜も良いなと思うよ。」
「桜花のお陰でそう思えるようになった。」
雪花の言葉に合わせ桜の花が風に揺れる
それはまるで
桜が雪花の言葉に頷いているようにも見えた
「来年も又一緒に見よう。」
「桜花。」
風はただ静かに吹いた
【終】
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