ERNAKULAM-08-1 オムレツ屋台の深夜営業

 午後五時、ドン、ドンと扉をたたく音で起こされる。今晩もお迎えが来たらしい。ここ数日間、昼と夜が逆転した生活を送っている。バスターミナルわきで深夜営業をしているオムレツ屋の手伝いをしているからだ。

 午前1時、ケロシンランプの暖かい光に誘われて、続々と客が押し寄せてくる。映画帰りの客だ。快画は人々にとって唯一の娯楽だ。その年間製作本数は世界一といわれる。一日三回の上映で午後九時半のラストショーがハネるのがこのころだ。
 僕は、はじめオムレツ作りをやっていたが「おまえはダメだ。遅い!」と一喝。会計をやらされた。客のほとんどは英語など話せない。ケーララ州の公用語マラヤーラム語をはじめ、タミル語、カンナダ語、テルグ語、おまけにヒンディー語などが飛ひ交う中、値段とお釣りを日本語で計算する。数詞は聞き取れるのだが、そもそも金の計算に弱いので頭の中が混乱して会計係も難航する。
 ドリンク係にも一度挑戦したが、意外に技術を要する仕事で、規指にやけどを負い断念。やむなく洗い場へ。客たちの同情のまなざしを一身に浴びる。
客層は、バスターミナルの客と映画帰りの客が大半で、その他オート力車、パスの運転手、近くの宿や商店の従業員、ヤシ酒を飲んだ酔っ払いや乞食のおじさんなど。皆、こんな深夜に変な外国人がいるのでビックリ。「おまえはどこからきた?」の質問攻めにあった。

 午前3時には客足も途絶えほっと一息。すると、どこからか人相の良くないおじさんが来て、ラティルフに場所代30ルピーを請求してきた。一晩の儲けは100〜120ルピー。そこから場所代、屋台・ランプ・食器類等の借り賃、維持費、材料費等を差し引くと、店長で20ルピー、従業員には10ルピーが給料として残るだけ。

 しらじらと夜が明ける頃、片付けを終えてから、茶店でラティルフがおこってくれたチャヤの味が忘れられない。

 それから数日後、ラティルは、母が病気になったと言って帰郷したきりニ度と姿を現さなかった。パプーは、別の屋台に再就職。相変わらず、明るい笑顔をふりまきながらチャヤを作っていた。