「ultra soul」


 す…っ、と意識が落ちていく。
 無限に広がる闇の中、吹き付けてくる風はいよいよ勢いを増し……そして。
 不意に、視界が開けた。


 そこは戦場だった。
 血を血で洗う醜い争い。死を齎す者と、命を奪われる者。狩るものと…狩られるもの。
 次の瞬間には、跡形も無く「己」が消滅しているかもしれない。
 確かにそこに存在していた、という事実が過去のものとなり…やがて、それすらも忘れ
去られる。
 個々の欲望が…「生きたい」という本能が剥き出しになる。闇の中、描き出される情景
は、阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
 モニタ越しに映る、夥しい鮮血で染め上げられたその映像は、どこか他人事のように…
酷く現実離れして見える。
 たとえば、幻獣を狩ることだとか。学校に行って、他愛も無い話で笑い合うことだとか。
 夢じゃない。
 すべて「現実」だ。
 偽りのものであろうと、異形のものであろうと。ヒトであろうと、幻獣であろうと。
 生きとし生けるものすべて、この瞬間が各々にとっての「現実」であることには変わり
がない。
 生に対する執着なぞ、もう…遠い昔に捨てた。
 その筈なのに、今でも自分はこの地に、世界に…「現実」に捕らわれ、弄ばれている。
 だって自分は死ねないから。幾ら待ち望んでも、たったひとつの願いさえ叶えられない。

「知ってるよ」
 ゆったりとした笑顔を崩さないまま、速水は歌うように言葉を継ぐ。
「だって瀬戸口くんの瞳は……まるで、焦がれてるみたいだったから」
 気になるじゃない?と、軽く小首を傾げる。
 嘲りさえ含むように、容赦なく自分を射抜く…紺青の瞳。
 そのあどけなさで…何気ない振りで他人を傷付け、暴き立てる。そこには外面から感じ
られる穏やかさの欠片も無い。
 真綿で包むように優しく…けれど平然と首を締め上げる速水の言葉は、酷く残酷な響き
を伴う。
 彼にとっての「真実」を胸に抱き、容赦なく不要なものを切り捨てる。
 無慈悲な王。
 ……ならば無力なこの身など、さっさと捨ててしまえばいいものを。
 どんなに咎めても…どんなに憂えても。自分の言葉は、彼には届かない。
 知っているのに、解っているのに。それでも…どうしてか、自然と目線は彼を追う。

「絶対に、後悔しないと誓えるよ?」
 ……そうして彼は、ヒトでないものになる。
 芝村になること望み、芝村と共にあることを望み。
 何も解っていないような顔をして…でも、すべてを承知の上で。
 迷うことなく、悩むことすらせず。速水は彼女の手を取り、歩く。
 彼は、芝村の姫を、選ぶ。
 彼女の望みを叶えるために。行き詰まった世界の未来を切り開く為に。
「何でそんなに傷付いた顔するの?」
 頗る楽しそうに…不敵な笑みを滲ませながら、速水は口端を吊り上げる。
 そんな顔しても、赦してあげないよ?
 そう言い置いて伸ばされる、細い腕。未だ少年の域を出ない子供の、つい数ヶ月前まで
は無力であった筈の…少年の手。
 ──だが、今や士魂号を思うがままに操り、悪しきものを…彼にとっての敵を葬り去る。
それは覇者の手だ。
 ……決して、自分に向けて伸ばされるべきものでは、無い。
「好きだよ」
 と、速水は囁く。
 舞の次にね、と悪びれた色も無く言葉を継いで。
 そんな無邪気な…他愛の無い言葉にすら、心を動かされてしまう自分を嘲るように。
 ゆっくりと唇が重なり、当然のように舌が忍び込んでくる。するりとタイが引き抜かれ、
器用な指先が慣れた手付きで手際良く衣服を乱していくのを、取り立てて抗いもせず受け
止める。
 我ながら随分と自虐的だ…と思い、瀬戸口はそっと目を伏せた。
 彼には…速水には、帰る場所がある。共に未来を歩む者が居る。
 暗澹とした行く手が、たとえ困難に満ちていようとも。それに打ち勝つ為の努力は惜し
まないし…自信もある。
 明日への扉を開くのは…誰の手によるものでもない、自分自身の手であるのだ…と。
 そんな風に無邪気に不敵に微笑む彼に、それでも惹かれてしまうのは。…きっと、自分
では決して持ち得ない「何か」を、彼が持っているから。
 与えられる感覚を追い求め、肌を弄り…舐め濡らす行為に半ば溺れながらも、酷く乾い
ている自分を自覚する。
 抱かれるたびに…彼の温度を間近で感じるたびに。苦しくて、苦しくて。
「……く、ぅ…ッ、」
 先走りの露に濡れる中心を不意に戒められ、瀬戸口は大きく目を見開き…がくりと上体
を傾がせた。
「何を、考えてるの?」
 気も漫ろなんて酷いなぁ…と、呆れたように苦笑する。けれど、僅かに細められた紺青
の瞳には、息を呑むほど剣呑な彩が浮かんでいた。
「今…こうして君を抱いているのは、僕なのに」
 乱暴に内を掻き回す指の動きに、身体の震えが止まらない。
 眉根を寄せ…必死に感覚を押し留めながら、瀬戸口は柔らかい速水の髪に戦慄く指先を
差し入れた。
「…悪、かっ…た……」
 緩やかに引き寄せ…唇を重ねる。まるで、その先の行為を強請るかのように。
「──殊勝な心掛けだね」
 皮肉げに呟き、速水は汗に張り付く髪を掻き上げ…こめかみに口付けを落としてくる。
 奥を弄っていた指が無造作に引き抜かれ、替わりに宛がわれた熱の塊が瀬戸口の意識を
灼いた。
「あ…っ、あぁ──ッ!ひ…ぅっ、……ん、あァ…」
 迸る悲鳴も、何もかも。余すところ無く暴かれ、彼の眼下に晒される。
 すべてを掌握したいとでも思っているのか、執拗に求められ…そしてそれを拒むことも
出来ず。
 その背に縋り付いて……たとえば、泣き叫んだとしても。
 ……結局、何ひとつとして、自分の思い通りになど、なりはしないのに。





「……………、」
 自分以外の誰にも聞こえることのないように…口の中で小さく呟いてから、瀬戸口は瞑
っていた目をゆっくりと開いた。
 その瞳は、モニタ越しに捕らえた無数に蠢く幻獣のものと同じく…紅い。
 感覚が冴え渡る。研ぎ澄まされた刃の如く、考えるより先に動く身体。
 能力を持て余すことなく、すべてを駆使して…瀬戸口は犇くかつての同朋に立ち向かう。
 沸き起こる嫌悪感すら飼い慣らして、平然とした表情を懸命に取り繕って。
 胸の内に蘇る、遠い昔の…愛したヒトが言っていた、受け売りの言葉をまた繰り返しな
がら、瀬戸口は剣鈴を振るう。
 生命を止める、建物をも薙ぎ倒す金属的な甲高い音が、まるで誰かの悲鳴のように空気
を…己の意識を震わせた。
 身の内に巣食う「悪しき夢」は延々と紡ぎ出されるばかりで、果てが無い。
 ……それでも。
 それがどんなに遠く、辛く…苦しくても。
 諦め悪く、いつまでもいつまでも「ハッピーエンド」を望んでいるのは、自分なのかも
しれない。


 すべてのものに祝福を。
 多くのものに、幸あらんことを。




'01.04.22.脱稿
速水×舞前提…(爆死)


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