■ うんこの話 ■  
 

外出先で公衆トイレに入った。なんて汚いのだろう。
私はいつも思うことがある。
便器にうんこを付けてしまった人は、なぜ自分で拭き取らないのだろう。

人のうんこは嫌でも、自分のうんこだったら簡単に拭き取れるのではないだろうか。だって、自分のおしりは自分で拭くでしょう。
後から入る人に便器についた自分のうんこを見られて恥ずかしくないのだろうか。
そんなことをいつも思う。

そして、運悪く便器についたうんこに出くわしてしまった場合、量にもよるが、自分の体調のいいときは、気合いを入れて誰かのうんこを拭き取っている。(疲れているときにはできないことだ)
もしかして訪れるかもしれない介護のときの練習でもある。といいきかせながら。
便器についてしまったうんこは確かに汚ならしく見える。でも、それを見知らぬ誰かが拭いている、と想像したら、恥ずかしくならないだろうか。

それにしても「訪れるかもしれない介護のとき」ということになったとき、私はちゃんと介護できるのであろうか。結婚を決意するとき、夫の両親と接していて「この人のうんこだったら拭き取れる」と思えたことが重要な決め手ではあったのだが。
そんなことにまで思いをはせる、公衆トイレの光景である。

 
【2002/04/11】