■どぶろく物語■

 
 
   

■出会い■

10月中旬、浅草ヘ出かけた。浅草寺裏の仮設芝居小屋で演じられる歌舞伎を見に行ったのだ。
場所が浅草だからなのか、小ぶりな芝居小屋だからなのか、銀座の歌舞伎座の落ち着いた感じとは違った、わくわくするような活気ある舞台を満喫した。

芝居がはねた後はもちろん浅草で飲んだ。六区あたりの居酒屋だ。芝居小屋の活気を抱え、この店自慢の牛すじ肉の煮込みなどをつつきながら、ホッピーを飲む。
古いが美しい木造の店内を見渡すと「どぶろく」と書かれた張り紙が目に入った。

もちろん、注文した。
おいちゃんが白い液体の入ったペットボトルを振りながらやって来た。受け皿の上にのったコップになみなみと注がれる「どぶろく」。表面がピチピチと音を立て泡立っている。口に含むとピリッとした刺激。甘味と酸味と旨味の絶妙なバランス。韓国の酒・マッコリを辛く強くしたような味だ。旨い! そして楽しい味だ。
夫と二人で「旨い旨い」とはしゃぎながら飲んでいると、 おいちゃんがやって来てこう言う。

「普通マッコリは米で作るし、近頃では小麦粉で作るのもあるんだけどね〜、ウチのはもち米で作っているんだよ。旨いだろ?」と、満面の笑みを浮かべ、得意顔だ。

その後、かつてよく飲んでいた市販のマッコリを飲むが、どうも物足りない。甘いうえにパンチが無いのだ。浅草で飲んだあの味が忘れられない。
それから、来る日も来る日もあの味を思い出しては、胸を焦がす日々が続いた。

 
 
   

■再会■

10月下旬、友人宅に食事に呼ばれた。台所に気になる風情のビンがいくつか並んでいる。尋ねてみると「酵母だ」という。彼女は自家製酵母でパンを焼いているのだ。りんご酵母、バジル酵母…などなど。
その中に見覚えのある姿をしている白い液体があった。試飲させてもらうと、マッコリに限りなく近い味だ。それは「ごはん酵母」だという。

 
 
   

■実行■

帰宅後すぐに、教わった「ごはん酵母」を仕込んでみる。
が、何日経っても大きな変化はない。うまく発酵しなかったのだろう。

酒税法では免許なしに1%以上のアルコールを造ることが禁じられている。罰則は5年以下の懲役または50万円以下の罰金だそうだ。
だというのに、ネットで検索してみると多くの情報を得ることができた。数々のサイトでレシピや製造過程を公開している。

見知らぬ諸先輩方のレシピを参考に、私もいよいよ密造に手を染める。

 
 
   

初日

11月6日、材料を揃え、仕込みに取りかかる。
材料は米3合(浅草のおっちゃんの店のものは「もち米」で造っていると言っていたので、もち米で)、みやここうじ200g、ドライイースト6g、水1.5L、プレーンヨーグルト大さじ1杯。ほかに醸造用の広口ビンが必要である。

・米3合を2合分の水とおちょこ1杯の日本酒と共に炊く。
・炊きあがったホカホカの米をビンに入れる。
・冷たく冷やしておいた水を加える。
・こうじをほぐして加える。
・ドライイーストを加える。
・ヨーグルトを加える。
・よく混ぜる。
・フタをする。
・暑すぎず寒すぎないところに置く。
・ときどきかき混ぜ、ガスを抜く。

果実酒用のビンに2本仕込んだ。

 
 
   

二日目

11月7日。仕込みから24時間。
醸造させるビンは、中ブタがあり、さらに空気穴のあるものが最良である。日に数回ビンを振り中身を撹拌し、空気穴を開けてガスを抜く。驚くほどにガスが出るものだ。このガスは二酸化炭素である。
11月にしては暖かい気温(20〜25℃)が続いているせいか、想像以上の勢いでボコボコ、キュルキュル音を立てている。
フタを外して上から覗いてみると、ほんとうに呼吸している。フー、ハー、と深呼吸しているようだ。 なんだか、いとしい恋人でもできたような気分だ。

「あんまり急がせると味が荒くなると思うよ」、勢い盛んな発酵の様子を伝えたら、貴重なアドバイスをしてくれた友人もいる。さて、どんな味になるのか…

 
 
   

三日目

11月8日。東京から友人が遊びに来た。「いいところに来たね〜」と、もちろん飲んでみる。あらかじめ、ビンの1本を冷蔵庫で冷やして置いた。
コップに茶漉しをのせ、よく振った「どぶろく」を注ぐ。スーッと漉されるわけではないので、すりこ木で軽く漉すのを手伝う。この儀式めいた作業がさらに気分を盛り上げる。
茶漉しを外すと乳白色の液体が現れる。

 
 
まずは香りを楽しむ。それから飲んでみる。
ほどよい刺激、そして酸味、これは浅草で飲んだものに近い。市販のマッコリのように甘くはなく、好感触だ。
大成功と言ってもいいだろう。
友人の「これは明日には酸味が増すよ」という意見を信じ、惜しむことなくどんどん飲んでしまうことにした。
 
儀式めいた作業
   

四日目にして千穐楽

11月9日。残り僅かになった「四日もの」を飲む。昨日よりも辛味が強く、度数も高くなっている気がする。
このたびの材料費は700円程度。これでどれだけの量を採取できたのか、計量しておけばよかったのだが、興に任せて飲みきってしまったので、どれだけ採れたのかわからない。

 
 
   

再び、初日

11月10日。再度、仕込む。
昨夜から急に冷え込んできた。前回とは気温が違うので、仕上がり具合にも違いが出てくるのであろう。

 
 
   

二日目

11月11日。この日、私は家を空けていた。留守番の夫が撹拌とガス抜きをやってくれているのだろうと信じていた。
ところが、「すっかり忘れていた」とのこと。大丈夫か… まあいいや。一日くらい手を抜くとどんな仕上がりになるのか、という格好の事例になるだろうから。

 
 
   

三日目

11月12日。時折ビンを振って撹拌させる。空気穴を開け、ガスを抜く。この時、プスッと音が鳴る。これが楽しい。この音を聴く回数を重ねるほどに期待が高まるのだ。

 
 
   

四日目

11月13日。半分はそのまま、半分は漉してから冷蔵庫に入れて二次発酵させることにした。
漉した後の液体の量はおおよそ2160cc=1升と2合くらいだ。
漉した酒粕は取っておき、粕漬けや粕汁に使う。さっそく今夜は「粕汁」だ。リサイクル。

 
 
   

五日目

11月14日。昨日「漉して冷蔵庫に保存したもの」と「そのままのもの」を飲み比べてみる。前者は若くてさわやかな味、後者はしっかりした味に感じる。普段は焼酎=蒸留酒ばかりを飲むので、飲みつけない醸造酒は酔いの周りが早い。味見をしただけでほろ酔いかげんだ。
数々のサイトを見ると「3〜7日で漉してから冷蔵庫で保存」とある。我が家の「そのままのもの」にはまだ活気があるので、あと一日くらいおいてから漉して冷蔵庫に保存しようと思う。

 
 
   

六日目・千穐楽そして初日

11月15日。「漉して冷蔵庫に保存したもの」を昨夜で飲み干してしまった。旨いうえに楽しいのですぐに無くなってしまう。
残りも漉して冷蔵庫に保存した。きっと今夜のうちにこれも飲み干すのだろう。

醸造のために買ったプレーンヨーグルトの賞味期限が迫っているので、今日もまた仕込みをすることにした。
私が参考にしたサイトには「醸造させるビンや道具を熱湯消毒またはアルコール消毒するように」と記されているものもある。いったいどこまで清潔に気をつかえばよいのだろうか。除菌除菌では気が滅入る。

これまで2回はビンを熱湯消毒し、道具やフタは使う直前にアルコールを含ませたふきんで拭いてから使用した。が、今回はちょっと省略してみることにした。ビンの熱湯消毒はこれまでどうりだが、道具は普段と同じように洗ってから自然乾燥させただけのものを使用。ちょっとした水分はただの乾いたふきんで拭くだけ。
さあ、これで仕上がりはどうなるか。これでうまくいけば気が楽ではないか。

 
 
   

二日目

11月16日。↑大丈夫みたいだ。冷え込みが厳しくなったせいか、最初の動きまで時間がかかったが、いつもどうりボコボコ、キュルキュル音を立てている。
ビンは人が居る場所(=人が過ごして快適な温度の所)に置いておくのがよいようだ。晩酌の時も身近にいて、まるで友達のようだ。

 
 
   

三日目

11月17日。味見をする。若くてさわやかな味だ。「若くてさわやか」に感じるのは、材料のヨーグルトの味が勝っていて酒らしさが足りないからなのだろう。好みにもよるが、前回の6日目に漉して飲んだものは、ヨーグルト臭をいっさい感じることなく「立派な酒の味」で素晴らしかった。あと3日の辛抱だ。でも、味見と称して目減りしていく…

 
 
   

五日目

11月19日。本当はあと一日待ちたいのだが、「チャンジャ」をもらったので、漉して飲むことにした。
気温が低いおかげかもしれないが、消毒にそれほど気をつかわなくても、仕上がりに変わりはないようだ。

 
 
   

千穐楽

11月22日。漉してから冷蔵庫に保存して3日目。今日も「チャンジャ」とともにいただく。旨い。
飲み干す。