TANNOYに憧れて

高校から大学で完成させたステレオであったが、就職した後、仕事、結婚、育児と多忙な時期を送った1980年代は、オーディオとまったく無縁に近い生活を送らざるを得なかった。オーディオを再開したのは、平成になった1989年である。平成元年2月24日、大喪の礼の当日、雨の中、中古で購入したマンションに家族とともに引っ越した。引っ越しがひと段落して、生活空間に若干の余裕ができたことをこれ幸いと、オーディオの虫が騒ぎ出したのだった。ステレオのことを考え始めると妄想が先走り、家のローンを考えるとオーディオの借金が少々増えようと大同小異だという身勝手な理屈をつけて行動を開始した。

なにはともあれ最重要なのはスピーカーである。それはもうTANNOYにするしかないと音も聴かずに決めていた。多くのオーディオファンが影響を受けた五味康祐の「西方の音」を若いころに読んで以来、音楽を聴くためのスピーカーはいずれTANNOYでなければならないと思っていたので、TANNOY製品で自分が買えるものを調査することにした。まずはAudio業界の動向把握ということで、StereoSound誌の4,5年分のバックナンバーを取り寄せて精読した。そうすると、TANNOYのGRF Memoryの改良型であるGRF Memory/HWの記事が目に留まった。TANNOYの往年の名器GRFに比べると少しちゃちな感じがするものの、デザインがTANNOYらしく、即座にこれを導入することに決めた。ただ、正規輸入品は100万円を超える価格が付けられていて手が出せないので、並行輸入品を手掛ける商社経由で注文した。

注文してから半年近く経ったある日、大きな荷物が届いた。
ついにTANNOYが我が家に来たのである。
このGRF Memoryを中心としたオーディオ生活がこうして始まった。
GRF Memory/HWの仕様はこちら

GRFというのは、TANNOY社の創始者Guy R.Fountainのイニシャルである。前面のグリルを取ると、パネルに、このスピーカの生まれた経緯が記されている。GRF Memoryは、オーケストラの響きの感じをそれなりに出してくれるのと、人の声に独特の味わいがあった。そしてなによりもクラシックなデザインが気に入っていた。

TANNOYを鳴らすためのアンプは、試行錯誤の連続だった。
最初は、何を使っていたのか覚えていないが、かなり早い段階でマッキントッシュのプリメインアンプMA-230を導入した。
MA-230は、プリアンプ部がトランジスタ式、パワーアンプ部が真空管式というハイブリッド構成のユニークな製品で、シンプルな構成ながら、濃い目の味わいのある音でTANNOYを鳴らしてくれた。ある年の正月、ワグナーの「ニーベルングの指輪」全曲を聴き通したいと考え、家族を実家に送り出して一人になり、オペラの上演スケジュールに合わせて4日間かけて聴いたことがある。その時に活躍したのがこのMA-230だった。

MA-230には、そこそこ満足していたが、Audioの妄想は止まず、プリメインではなく、セパレートアンプ構成にしたいとの思いが沸々と湧き上がってきて、そこでまたアンプ選びが始まった。やっぱりパワーアンプは真空管かなということで、横浜のオーディオショップであれこれ物色していたところ、珍しいアンプが目に入った。



プロフェッショナル用テープデッキ製造メーカーとして、一世を風靡した米国Ampex社が1960年頃に開発した珍しいパワーアンプである。デザインは無骨ながら、プロ用機器の風貌を見せている。録音スタジオや映画館等で使用されたものと思われる。モノラル仕様なので、ステレオ再生には2台構成で使う。使用されている真空管は、6550がプッシュプルで使用されており、前段は、12AU7×3という贅沢な設計。出力トランスは、ピアレス社の巨大なもので、内部部品のグレードも高い。内容的には、マッキントッシュ社のMC275を凌駕するといって良いのではないか。物量を投入して最高のものを作り上げる、まさに1950年代の米国思想が反映された製品といえる。

これでTANNOYを駆動したらどんな音がするだろうと興味が高まり、これは買うしかないと自分に言い聞かせて、なにはともあれ導入することにした。なにぶん古い製品なので、最新の高解像度の音とは違うが、予想通りというか、パワー感のある音で、オーケストラなど一層のスケール感を持って再生してくれた。予算不足のため、プリアンプの予算が捻出できず、アッテネーターによるパッシブプリで駆動していた。

アナログ再生への取り組み

オーディオを再開した当初は、まずは昔から保有しているアナログレコードをきちんと再生できる環境の構築を優先した。そのためには、まずはレコードプレイヤーをどうするかであったが、最初は、中古のDENONのDP-75Mを導入した。これは悪くなかったが、CDがまったく主流になってしまった1990年頃、アナログレコードプレイヤーはいずれ滅びてしまうかも知れないと思い、生涯使えるものを購入しておこうと一念発起。そして、知り合いのオーディオ店に相談し、LP全盛期だった1980年ころに生産されたExclusiveのP3を入手して今に至っている。碁盤みたいながっしりしたプレーヤである。トーレンスも候補には考えたが、私はメンテナンス・フリーにしたかったのでDD(ダイレクト・ドライブ)タイプにした。私のところにたどり着いたP3(1980年頃のものなので当然中古)の前の持ち主は、茨城の和尚さんで、トーレンスの最高級機も保有されていて、2台はいらないだろうとオーディオ店の担当者が掛け合ってくれたもの。

カートリッジは、オルトフォンMC2000MK2、SPU-GOLD、光悦Wood などを使ってきた。この中で、光悦Woodが一番のお気に入りだったが、針交換が高価で、かつ製作者が替わってしまったので、同じ音が再現できないと思い、手放してしまった。今は、オルトフォンのMC20w、DENON103系列、AudioTechnicaのAT33系列、Shure V15Mk3といった定番製品でやりくりしている。

アナログ再生のかなめであるフォノイコライザーは、アンプ作りを趣味としている知り合いが製作した金田式のものを2003年にもらい受けた。筐体はSONYのアンプを利用している。

余談だが、金田式に変更する前のフォノイコライザーは、1970年代後半のGAS(Great American Sound)の製品を使っていた。GASの製品はすぐ壊れるので、故障率200%(1台が2回故障する)という評判だった。オーディオ店からは、もう交換したらと言われていたが、幸い故障に到っていないのと音が気に入っていたので壊れるまではこれでいくつもりだったが、金田式の音を聴いて、GASは引退させることにした。GASの創設者ジム・ボンジョルノ氏はイタリア系の人だが、大げさな名前を付けるのが好きな人で、ゴジラをもじってアンプジラなんて名前のアンプを作っていた。このフォノイコライザーには、Goliathの名が付いていた(聖書に出てくるが、ダビデに退治される巨人戦士の名前である。ミケランジェロのダビデ像が見据えているのがこのGoliathというわけです)。この変わったメーカは、強そうなんだけれど結局退治される怪物のような名前の製品ばかり作っていたせいか、しばらくして絶滅してしまった。

GASの製品設計は創業者自身がやっているのだが、音に良いことなら何でもする人で、フォノイコライザGoliathには、電源スイッチがない。一年中電源が入れていたほうが電子回路が安定して音が良い、という理屈だそうだ。反・省エネ製品であるが、まあそれほど消費電力が大きいわけではないので気にするほどではない。

CD再生への取り組み

セゴヴィアのギター全集がCDとして発売されたのをきっかけにCDプレイヤーを導入する気持ちになり、MaranzのCD80を購入した。それで数年過ごしていたのだが、そうこうしている間に、CDプレイヤーのグレードアップが気になり始め、エソテリックのCDドライブP2sの発売に合わせて導入することにした。

DAコンバーターは、P2sとペアのD3にすればよかったのだが、それでは平凡すぎるといろいろ考えたあげく、DENONの業務用デジタルレコーダーのAD/DA変換器を使うことにした。 DENONは現代ではコンシューマー向け機器を発売しているが、1980年代までは、業務用音響機器のブランドであった。導入した製品は、当時のDENONが業務用に発売していたデジタル録音機に付属していた製品で、AD変換/DA変換の両方の回路を搭載している。DA変換回路は、録音したデジタル音を検査するためのもの。PCM録音を世界に先駆けて実用化したDENONのプロ用機器のノウハウが生かされている。 もう骨とう品に近い代物になってしまったが、P2s、DAコンバーターともいまだに現役で稼働している。

デジタル再生に本格的に取り組むと、プリアンプ、パワーアンプを現代的なものにしたくなった。そのころ、マークレビンソンのNo.38Lが発売された。マークレビンソンのアンプはなにしろ高価で手が出せなかったが、No.38Lはなんとか頑張れば入手できる価格設定だったこともあり、それに後押しされて購入した。パワーアンプは、なじみのオーディオショップでリファレンスに使っていたリニアテクノロジー社のものが気に入っていたので、それを導入した。


プリアンプ:マークレビンソンNo.38L
パワーアンプ:リニアテクノロジー M-151
リニアテクノロジーのパワーアンプM-151は、モノラル2台構成で、発熱がほとんどなく、すっきりとした音で気に入っている。

こうして、90年代半ばには現在迄使っている機器がそろった訳である。当時を振り返ると、この時期はメーカーも元気で斬新な製品を発表しており、CDが隆盛を極めていた時代で、音楽のデジタル化がなんの異論もなく進んでいった時代であった。