クラシック・ギター音楽の楽しみ
Invitation to Classical Guitar Music

「ギターは小さなオーケストラだ」
~ ベートーヴェン ~ 

クラシック・ギター音楽の歴史を少し

クラシック音楽業界でのギター音楽は、情けないほどにマイナーな扱いで、片隅で一部の愛好家向けに存在するにすぎないといった趣だが、これはバッハから始まる近代のメインストリームに属する作曲家が、ギターのための音楽を書いていないことに起因するので、まあやむを得ない現象には違いない。しかし、ギター音楽はその前身であるリュートを含め、バロックから1800年前後まで多くの人に愛されており、独奏を始め、バイオリンやフルートとの二重奏、歌曲の伴奏といった形でギターは活躍していた。特に180 0年前後黄金時代で、スペイン生まれのフェルディナンド・ソルとアグアドがパリで、イタリア生まれのマウロ・ジュリアーニはウィーンで、フェルディナンド・カルリはパリでというように、ギターで名をなした人たちが活躍しており、楽器も現在と同様の6弦構造が定着して、いろいろな名曲が生まれている。

Aguado.jpg Sor.jpg carulli.jpg 左から、アグアド、ソル、カルリ

john1.jpg yepes3.jpg ギターを始めると、今でもこれらの人たちが作った練習曲に(比較的やさしいものから高度な物まで)つきあうことになる。それも魅力有るメロディーを持った練習曲が本当に多い。それをたとえば20世紀を代表する演奏家であるセゴビアなどがレコードで弾いてくれるから、ギター好きにはますますこれらの曲が魅力的に聞こえる。といった具合で、私も若い頃、それなりにつきあったが、残念ながら(というかあたりまえながら)セゴビアの奏でるような音楽には全く到達せず、上手くならなかった。結局、聴く専門になって現在に至っている。
ここに示すレコードは、ジョン・ウィリアムズが若かりしとき録音した、セゴビア選曲によるソルの20の練習曲集と、イエペスが選曲演奏した同じくソルの練習曲集。とくにジョン・ウィリアムズの演奏は、とても流麗な演奏で、ギターを自分で演奏される方は、誰しもこんな風に弾けたらと思われるはず。イエペスのは、曲が立派に聞こえる巨匠の演奏といった趣です。

19世紀に入って、コンサート用の音楽がメインとなった結果、小さな音しか出ないギターは、コンサートには適さず、マイナーな楽器になってしまったが、ベートーベンが、「ギターは、小さなオーケストラである」といった通り、その音色の多彩なこと、和音とメロディーが一台の楽器で扱えることによるピアノに匹敵するほどバラエティに富む表現能力、弦を奏者が指(の爪)で直接はじくため、奏者が楽器と一体となって微妙な表現が可能、といった魅力が失われたわけではない。

  • フランシスコ・タレガ
    Tarrega.jpg ギター音楽が近代になってクラシック音楽の分野で再び受け入れられるようになってきたのは、19世紀末の「アルハンブラの想い出」や「アラビア風奇想曲」の作曲でも有名なフランシスコ・タレガ、「カタロニア民謡集」で有名なミゲル・リヨベートといった名手に始まり、20世紀に入ってエミール・プジョール、そしてなんといってもアンドレス・セゴビアの活躍に刺激を受けて多くの作曲家がギター作品を書き始めてからである。とくにセゴビアが、他の楽器用に作られた作品をギター用に編曲したり、多くの作家にギターの作品を委属したりして、ギター曲のレパートリ拡大に努力した結果、現在のような豊かな状況が生み出されたといってよい。

    ギターのレコードは、大きく分類すると、バロック時代の作品を中心にしたものと、タレガや20世紀の作品を中心にしたものが大部分で、1800年頃の作品では、ソルを中心に、カルリが多少取り上げられる程度で、それも残された作品量にくらべ、つまみ食い程度しかレコーディングされていないのではないか。唯一、山下和仁さんがソルの全集を録音しているが、これには驚いた。
    20世紀に入って充実した作品が生み出されたギター音楽は、今世紀のクラシック作曲界が残した宝物といって過言でない。20世紀の音楽というと、作曲技法の話題が中心になっていて、音楽の楽しさを素直に味わえる作品が少ないと思っている人にとっては、20世紀のギター音楽は目から鱗かもしれない。もちろんロドリーゴのアランフェス協奏曲など人口に膾炙した作品もあるので、先刻ご承知かとは思いますが。

    スペインのギター音楽

    さて、ギターといえば、スペインの国民楽器で、フラメンコを連想される方が多いと思います。フラメンコ・ギターのことはあとで少し触れるとして、ギターは、はるかルネッサンス時代から伴奏楽器として広く使用されていたらしい。スペインでギターラと呼ばれるギターは、初期のころは4弦で、しかもマンドリンやリュートと同じく複弦(同じ音に2本以上の弦を張ったもの)の楽器だったようだ。それが次第に宮廷用にルネッサンスのポリフォニックな音楽が演奏できるよう、弦も5本、6本、7本と増えて、ビウエラと呼ばれる楽器として発達したが、ビウエラはいつしか滅び、庶民楽器のギターラが5弦楽器として定着していったとのこと。この複弦の5弦ギターラは、1800年ころまで使用されるが、19世紀になって、6弦で単弦の近代ギターが生まれ、5弦ギターラは姿を消す。

    最初に示すレコードは、ナルシソ・イェペスがスペインの5世紀にわたるギター音楽を2枚のLPレコードにまとめたもの。これによってスペイン・ギター音楽の歴史を概観する事が出来る。1枚目はビウエラ時代の作品を、2枚目は近代ギターになってからの作品を演奏している。

    yepes1.jpg Spanish Guitar Music of Five Century Vol.1
    ムダーラ:ルドビーコのハープを模した幻想曲 サンス:スペイン組曲
    ミラン:6つのパバーナ ソレール:ソナタ ホ長調 R.99
    ナルバエス:皇帝の歌 ソレール:ソナタ ホ長調 R.92
    ナルバエス:<牡牛の番をして>による変奏曲
    ピサドール:演奏容易なパバーナ
    ピサドール:ビリャネスカ


    yepes2.jpg Spanish Guitar Music of Five Century Vol.2
    ソル:<魔笛>の主題による変奏曲 ファリャ:ドビュッシーの墓への賛歌
    ソル:メヌエット OP.11-1 ロドリーゴ:小麦畑で
    ソル:メヌエット OP.11-6 ハルフテル:マドリガル
    タレガ:アルハンブラの想い出 モレノ・トローバ:マドローニョス
    タレガ:タンゴ モンサルバージェ:ハバネラ
    アルベニス:マラゲーニャ(<組曲>スペインより) オアナ:ティエント
    ルイス・ピポー:歌と踊り


    bream4.jpg ジュリアン・ブリーム:Popular Classics for Spanish Guitar
    ヴィラ・ロボス:ショーロス第1番 アルベニス~ブリーム編:グラナダ~<スペイン組曲>より
    ヴィラ・ロボス:練習曲 第11番 アルベニス:伝説~旅の想い出(レイエンダ)
    モレノ・トローバ:マドローニョス ファリャ:ドビュッシーの墓のために
    トゥリーナ:タレガ賛歌~ガロティーン アメリア様の遺言(カタロニア民謡)
    トゥリーナ:タレガ賛歌~ソレアーレス トゥリーナ:ファンタギーリョ
    ヴィラ・ロボス:前奏曲4番


    上のジュリアン・ブリームのレコードでは、彼の演奏技巧の凄まじさと同時に、音色のすばらしさを聞くことができる。ヴィラ・ロボスの練習曲やアルベニスのレイエンダでの唸りを上げるギター、そしてアメリア様の遺言での哀調を帯びた音色が聞き所。選曲もよく、近代のギター音楽を知るための最適な一枚といって良い。

    barrueco.jpg これは、グラナドスのピアノ作品<スペイン舞曲>をギターに編曲した物。いくつかは良く単独で演奏されるが、このCDではマヌエル・バルエコの編曲・演奏により全曲を聴くことが出来る。また、ファリャの名作「7つのスペイン民謡」もソプラノ独唱+ギターによって聴くことが出来る。個別の曲では、セゴビアやジュリアン・ブリームの演奏も素晴らしいが、このバルエコの全曲演奏は快挙といって良い。バルエコは、アルベニスのスペイン組曲も全曲録音している。

    yepes7.jpg アランフェス協奏曲については、多くのレコード、CDが出ていて、どれを選んでも楽しめるが、ここでは、アルヘンタ指揮、イェペス(ギター)による超有名盤を紹介しておく。アルヘンタは、スペインの指揮者で嘱望されていた人であるが、この録音の後、44才の若さで亡くなってしまった。アルヘンタに興味のある方は、「Espana」というタイトルの管弦楽作品を聞いて欲しい。シャブリエの同名タイトルから取ったもので、ダイナミックな演奏を聴くことが出来る。その他にも、チャイコフスキーの4番やベルリオーズの幻想交響曲を残している。

    アンドレス・セゴビア

    ギターの発展を前に述べましたが、第二次大戦後に可能になった重要な変化がある。それは、ナイロン弦の発明である。これによってギターの音量が大きくなり、音質も良くなったため演奏の幅が広がった。先に述べたように、セゴビアは現代ギターの世界を大きく拡大した人だが、セゴビアは、このナイロン弦をいち早く採用した演奏者でもあるのです。

    segovia1.jpg これは、ノーベル賞作家ヒメネスの詩で少年とロバの交流を描いた「プラテロと私」にインスピレーションを受け、イタリアのカステルヌーボ・テデスコが作曲した「プラテロと私」を中心としたレコード。このジャケットに描かれているロバがプラテロ。
    その他に、Frescobaldi,Weiss,Sorのギター曲、そしてDebussyの前奏曲から「亜麻色の髪の乙女」をギター編曲したものなどを配している。


    segovia2.jpg ギター協奏曲といえば、ロドリーゴのアランフェス協奏曲が圧倒的に有名だが、このレコードは、ロドリーゴがセゴビアに捧げた「ある貴紳のための幻想曲」(1954年完成)と、メキシコの作曲家マヌエル・ポンセが同じくセゴビアのために作曲した「南の協奏曲」(1941年完成)の組み合わせ。この2曲だけでもセゴビアの偉大さが分かる。

    segovia3.jpg segovia4.jpg この2枚は、アグアド、ソルの練習曲、グラナドスのスペイン舞曲、アルベニスのスペイン組曲、タンスマン、トゥリーナ、トローバ、ポンセといった人たちの有名曲を集めたもの。セゴビアの名演集であるとともにギター音楽入門用としても最適です。


    中南米のギター音楽

    スペインと並んで、近代ギター音楽に大きく貢献したのが中南米の作曲家達である。メキシコのマヌエル・ポンセ、ブラジルのヴィラ・ロボス、パラグアイのバリオスといった人たちの音楽は、スペインのものとまたひと味違った魅力を持っている。

    yepes4.jpg ヴィラ・ロボスの「12の練習曲」と「5つの前奏曲」(イェペス演奏)
    これは多くのギター奏者が弾いているが、このナルシソ・イェペスの演奏あたりから聴かれると良い。教科書的模範演奏だが、彼の10弦ギターの迫力が効果を上げている。この練習曲の最初の1曲とショパンの練習曲作品10の第一曲を比べてみるのも興味深い。

    john2.jpg アグスティン・バリオス作品集(ジョン・ウィリアムズ演奏)
    アグスティン・バリオスは、パラグアイ生まれのギター奏者そして作曲家で、彼の作品は「大聖堂」、「森に夢見る」、「郷愁のショーロ」など、自身がギター奏者ならではのもので、ギター音楽の一番の魅力を伝えていると思う。甘く郷愁を誘うメロディーは、南米のインディオの感性によるものだろうか。私は、ジョン・ウィリアムズが1977年に最初にバリオス作品集を出したときのレコードで聴いている。彼はCDで再録音しています。

    john3.jpg M.Ponce作品集(ジョン・ウィリアムズ)
    ポンセはメキシコの人で、「エストレリータ」というポピュラー曲で知られているが、彼は、セゴビアに捧げる形でギターのための作品を多く残している。従って、まず、セゴビアで聴き、それから他の人の演奏を聴くのが筋でしょうが、ここではジョン・ウィリアムズのレコードを紹介します。とても親しみやすい「3つのメキシコ民謡」あたりからどうぞ。

    バロック時代のギター音楽

    歴史のところで書いたように、バロック時代には、まだ現代のようなギターは存在せず、リュートが撥弦楽器(弦をはじいて音を出す楽器)の代表選手であった。従って、当時の音楽を演奏する場合、当時と同様にリュートで弾くか、ギター用に編曲して弾くか選択しなければならない。通常、ギタリストとリュート奏者は区別されるが、ジュリアン・ブリームのように両方の名手のような人もいる。また、イェペスは、バッハのリュート組曲の録音に際して、リュートを猛烈に勉強してリュートで録音すると同時に、得意なギターでも録音し、両方の楽器での表現の違いを教えてくれた。セゴビアも数多くの作品を残している。とくにセゴビアがバッハの「無伴奏バイオリンソナタとパルティータ」の中の「シャコンヌ」をギターで演奏し、ギターの表現力を世に示したことで、ギター音楽が今世紀の作家から注目されるきっかけとなったことも見逃せませない。ここでは、ブリームの作品だけを紹介しておきます。

    bream1.jpg bream2.jpg bream3.jpg

    ジュリアン・ブリームのこれらの演奏は、バッハ及びそれ以前のリュート曲やビウエラのための曲を演奏したもので、今日でも規範となる素晴らしい演奏。左は、ブリーム若かりし頃の演奏で、セゴビアの演奏で有名になったバッハのシャコンヌが収められている。真ん中は、写真の通りリュートによる演奏、右は、サンスの「パヴァーン」「カナリオス」、ヴァイスの「パッサカリア」「前奏曲」「ロジー伯爵の墓のために」、ヴィセの「組曲ニ短調」といったバロック時代のギターラ又はリュートの音楽をギターで演奏したもの。いずれもギター愛好者にはおなじみの曲で、初心者でも手がけるケースが多いが、これがブリームの手に掛かると立派な名曲に聞こえるのがすごい。ブリームの造形力のすばらしさを感じることの出来るレコードです。

    村冶 佳織さん

    muraji2.jpg さて、ここで村冶 佳織さんの演奏になるGreenSleevesに登場してもらいましょう。小鳥のさえずりのなかで始まるタイトル曲は、まさに癒やしの音楽。このCDはとても人気が出たものですから改めて紹介するまでもありませんが、10代の村冶 佳織がみずみずしい感覚でバロック時代の曲を演奏しており、私はこれを聴いたとき、彼女の爪はとても柔軟性があるのではないかと感じました。ギター演奏にとって爪は音色を左右するとても大事なもので、このCDで聴かれる音色は10代の若々しい爪も貢献しているのではないかというのが私の感想。もちろん、音楽的な感性の面でのすばらしさが、人気のある理由であることはいうまでもない。この演奏と、ブリームの巨匠的な演奏を比較するのはちょっと乱暴なのだが、多分多くの日本人には、村冶 佳織さんの方が好ましく感じられるのではないだろうか。彼女の演奏にはどこかウェットな日本人の感性に訴えるものがある。しかし、これから彼女が国際的な舞台に広がると、だんだんブリーム的な力強い演奏になっていくのではないか、などと想像したりもします。いずれにせよ、これは、彼女の青春時代の貴重な演奏記録となるCDです。これからの活躍が楽しみな人です。

    muraji1.jpg 彼女のロドリーゴのギター曲集もついでに載せておきます。フランスに音楽留学した前後に録音・発売されたもので、上のGreenSleevesから約2年後の演奏。成長過程を示す1枚。

    バイオリンとギター

    数年前にDGから「PAGANINI FOR TWO」のタイトルで、ギル・シャハム(バイオリン)とイェラン・セルシェル(ギター)の組合せで、バイオリンとギターのための作品集が発売された。パガニーニの作品ばかりで構成されていて全曲まとめて聴くのはちょっとしんどいが、折に触れて数曲聴くととても楽しい。こういったギターとバイオリンの組合せでは、だいたいバイオリンが主体となってギターは伴奏にまわるケースが多いのですが、私は、ギターとバイオリンの2重奏はとても親しみやすい良質の室内楽として楽しんでいます。
    fukuda1.jpg そういったギターとバイオリンの2重奏のCDは実は多くないが、私のお気に入りのCDを1枚紹介します。日本人が演奏した物で、藤田容子さん(バイオリン)、福田進一さん(ギター)の組合せで、AEOLUSレーベルから1992年に出た物(ACCD-S105)。このCDは、ジュリアーニ(1781-1829)の「ヴァイオリンとギターのための変奏曲イ短調 作品24-a」で始まる。哀調を帯びた出だしから、バラエティーに富む変奏を経て最後はポロネーズで締めくくられる、この種のものとしては規模の大きい15分を越える作品ですが、そのメロディーの美しさは最初に聴いた瞬間から心をとらえる作品。大好きな曲です。あとパガニーニのチェントーネ・ディ・ソナタの2番と4番、それとファリャの「7つのスペイン民謡」をバイオリンとギターの二重奏に編曲した作品が演奏されており、よく吟味された構成の充実した一夜のコンサートを聴いた気分にしてくれるCDです。

    これまで説明しなかったが、ジュリアーニはイタリア人で、多くのギター曲を残している。比較的規模の大きい作品があるのも特徴。また、歌曲も残していて、ギター伴奏のものを聞くことができる。彼は1806~1819の間ウィーンにいたらしい。1818年に現地の新聞社が出版したウィーンの音楽現況概観」では声楽曲の作曲家としても名を連ねていたとか(シューベルトの名は挙げられていなかった!)。このジュリアーニですが、多数の作品を残している割に、なぜかレコード、CDとも少ない。ヴィヴァルディといいジュリアーニといい、イタリアの作家は、膨大な作品を残している割に平凡な作品も多いというのが特徴、というのは言い過ぎか。それでも、メロディーメーカーとして素質はジュリアーニは確かに持っています。ですから、他の作家の作品の合間に、少しだけ彼の作品を聴くととても楽しい。ジュリアーニのバイオリンとギターの作品では、山下和仁さんもCDを作っています。

    ギターとスペイン歌曲

    yepes5.jpg yepes6.jpg ギターはもともと伴奏楽器として発達したもので、ギター伴奏で歌うのは当たり前の風景。ここではそういったものの中で、ギター伴奏によるスペインのクラシック歌曲を紹介する。スペインの生んだ名メゾソプラノ、ベルガンサによる「スペインの歌」第1集と第2集。ギターはイェペス。第1集は中世からルネッサンスの古い時代の歌曲集で、ビウエラの時代の作品。第2集は今世紀の作品で、ファリャ「7つのスペイン民謡」と、詩人・劇作家でもあったガルシア・ロルカが採集した「13のスペイン古謡」が収められており、これらの曲を聴く場合に真っ先に取り上げるべきレコードと言えるだろう。
    特に、第2集が素晴らしく、ファリャでは、ベルガンサの抒情性に溢れかつ活気に満ちたこれ以上はないと思われる素晴らしい歌唱を聞くことができる。伴奏はイェペスがピアノ用からギター用に編曲したもので、とても魅力的。ロルカの作品は、これは本当に宝物のようなもので、よくぞ採譜して残してくれたと感謝しなければならない。「モンレオンの若者達」「ハエンのムーア娘達」などは、一度聴いたら耳から離れない印象深いもので、スペイン民謡の魅力ここに極まれりといったものです。アルベニスのピアノ曲<イベリア>の第3曲「セビーリャの聖体祭」は、この「13のスペイン古謡」の13曲目の「ラ・タララ」のメロディーをパラフレーズしたものであることもよく知られています。

    mistral.jpg ベルガンサの歌うスペイン民謡は、とても洗練されているのだが、もっと土俗的な表現で聴かせるのが、このナチ・ミストラルである。この人もメゾソプラノで、フリューベック指揮の「恋は魔術師」の中でも歌っている。このレコードは、まったく偶然見つけたもので、ジャケットが破れ、ボロボロの状態だったのだが、ジャケットにGarcia Lorcaの文字を見つけ、一も二もなくレジに持っていったことを覚えている。ゴミ同然の値段だったが、今となっては貴重なレコードである。ロルカの作品は4曲しか歌っておらず、他はポピュラーソングというのが残念。このレコードで聴かれる表現の泥臭さは、最初は取っつきにくいが、慣れてくるとちょっと抗しがたい魅力があり、ときどき取り出しては聴いています。


    クリストファー・パークニングの田舎生活者的ギター人生

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    スカルラッティ:プレアンブロとアレグロ・ヴィヴォ サティ:ジムノペディ 第1番
    ヘンデル:サラバンドと変奏 サティ:ジムノペディ 第2番
    ヘンデル:メヌエット ニ長調 サティ:ジムノペディ 第3番
    ヴィゼー:ジーグ ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女
    ヴァイス:パッサカリア プーランク:牧歌
    クープラン:神秘な防壁 ラベル:眠りの森の美女のパバーヌ
    ラベル:パゴダの女王
    伝承曲:アフロ・キューバン=ララバイ


    このレコードは、「Parkening and the Guitar」と題された1976年に録音されたもの。採録された曲を見れば分かるように、種々の音楽をギター用にアレンジして演奏したもの。パークニングは、米国のモンタナ州に済み、乗馬と釣りが大好きで、大学でギターを教えながら、気が向いたときにこういったレコードを製作するといった自然児的生活を送っている人である。それでいて、いい加減な演奏かといえば、これがまた様式感に優れた全く素晴らしい演奏なので、黙って聴くしかないのだが、パークニングは楽しんで弾いているのだろうと思う。ここに聞くことのできる音楽を通じて、彼の伸びやかな生活の一端が届けられていると感じる。しょっちゅう聴くレコードではないのだが、私にとっては、疲れたときの癒やしの音楽の一つ。彼は、キャスリン・バトルと共演した「アヴェ・マリア」でも闊達な演奏を聴かせてくれる。

    マニタス・デ・プラタのフラメンコ・ギター

    plata1.jpg plata2.jpg フラメンコ・ギターといえばなんと言ってもスペインが本場には違いないが、1950年代半ば頃にヨーロッパを訪れたフラメンコ音楽に興味を持つアメリカの知識人の間で、南フランスのアルルに比類のない名手がいると話題になったのが、ここで紹介するマニタス・デ・プラタである。マニタス・デ・プラタは、「銀の手」という通称で、本名をリカルド・バラードという。ただ通称の方が圧倒的に有名になってしまったので、ここでも、マニタス・デ・プラタで紹介する。
    彼の名が急速に有名になったのは、1961年9月1日のTime誌の記事で紹介されたのがきっかけである。その記事を読んだ米国の小さなレコード会社Connoisseur Society社長のアラン・シルバーが、マニタスのギターを録音しようと思い立った。しかし、マニタスは以前にも他からの録音交渉を拒否しており、交渉の難航が予想された。そこで、アラン・シルバーは、ニューヨークの近代美術館で個展を開いていたフランスの写真家ルシアン・クレルグがマニタスの知り合いであることを利用して、彼に交渉をゆだねた結果、ようやくマニタスを口説き落とすことができ、上記のレコードが生まれたわけである。録音は、重さ800キロにも及ぶ録音機材をアルルに運んで、1963年6月に行われた。このレコーディングの顛末をアラン・シルバー自身がレポートしており、とても興味深いので紹介する。翻訳されたのは、今は亡き岡俊雄さん。

    《我々はアルルの町に着いた。ルシアン・クレルグの家がここにあり、マニタスが冬の間住んでいるモンペリエから遠からぬところである。我々は、ジュリアス・シーザー・ホテルの隣の中世の寺院が、望みうる完全な音響効果を持っていることを発見し、その使用許可をもらった。我々が、機材を設置しテストを行っている間、クレルグは、自宅で毎夜のようにフラメンコの私的なコンサートを続けていた。この方法は、録音関係者と演奏家との間を親密にし、後の録音作業をきわめてうちとけた自然なものとするために非常に役立ったのである。

    録音は、ある日の午後8時から始められ、夜食のわずかの休憩を取っただけで午前4時まで続けられた。この録音では、演奏をより自然なものにするために、聴衆として、ジプシーやクレルグの友人達が現場に招待された(レコードで聴かれる拍手やかけ声はこの人達の反応を示したものです)。ジプシーの大好きなサングリアという酒の大きな樽も用意されたが、驚いたことに誰一人飲むものがいなかった。

    我々は、必要な録音量をこの晩に充分に取ることが出来たと考えたのであったが、マニタスはもっと演奏したいと言い出したので、次の晩の8時から、さらにもう一度セッションを行うことになった。マニタスのインスピレーションは全く無限のように見えたが、真夜中の12時半をまわったころ、みんながそろそろ疲れてきた様子が見えた。そこで、我々は、この辺で終わりにしようとマニタスに言った。マニタスはしばらく黙っていたが、もう一曲弾くから私に自分の前に座っていてくれといった。それが「レバンテス」の一曲であった。それは、彼の持つフラメンコのすべてを盛り込んだ秘曲というべきもので、おそらく、2夜の録音を通じてもっとも素晴らしい演奏であった。実際、我々は感動のあまり、曲が終わったとき、いつものように大喝采を爆発させることができないくらいだった。》

    このアラン・シルバーの手記を読めば、上記レコードの価値がお分かり願えると思う。

  • 彼は、この類のない至難な楽器を絶妙な至芸をもってコントロールする野性的な芸術家だ。 ~ ジョン・スタインベック
  • アルルでマニタスを聴いた体験は、まったく興奮そのものであった。彼は聞きしにまさる名手であり、大演奏家という他はない。 ~ アレキサンダー・シュナイダー(ヴァイオリニスト)

    こうした賛辞の他に、画家のピカソや俳優のジャンヌ・モローが演奏に耳を傾けている写真が報道されるなど、1960年代初頭にセンセーションとなったレコードである。


    いやはや、最初はもっと簡単なページのつもりだったが、随分長いものになってしまった。

    終わり