カラヤン特集を見て



カラヤン指揮「こうもり」
NHK教育テレビでカラヤン特集をやっていたので、最初の2,3分を除いて見た(2000年1月15日)。カラヤン自身のコメントがとてもたくさん盛り込まれていて、私にはとても参考になった。カラヤンの話し方は独特の早口で、頭の回転が異常に速い人のしゃべり方の典型だなと改めて思った次第である。

オペラの演出では、自分も一緒に演技しながら指導をしていたが、あれほど一生懸命やっているとは予想しなかった。演技力もなかなかのもの。周りがどう見ていようと、彼には自分で演出したいとも思いが強烈にあったことがよく分かる。

フルトヴェングラーの後を継いだ1955年のベルリンフィルの米国公演に関するエピソードでは、カラヤンの指導力、その背後にある政治的能力もよく分かった。私は、これまで、フルトヴェングラーが死亡したので、とりあえず、緊急事態をなんとか切り抜けるために、カラヤンが米国公演での指揮依頼を受託し、米国での成果によって帰国後にベルリンフィルの指揮者に任命されたのかと思っていた。ところが、彼は受託条件として、代理ではやらないことを明言して、自分がベルリンフィルの正式な指導者であることをはっきりさせてから出発しているのだ。世界のトップ指揮者になろうとする人は、このようなしたたかさを併せ持っていなければならないのかと、音楽とは離れたところで妙に納得してしまったエピソードであった。

あと、多くの人が口を揃えていっていたことで、カラヤンはオーケストラの演奏を強制するのではなく、オーケストラが自発的に演奏するように誘導していくのが上手だったとのこと。これは、以前ベームも同様のことを言っていた。「自分(ベーム)は、オーケストラが自分の思い通りにならないとすぐに怒鳴ってしまうが、カラヤンはそうではない。彼のようにオーケストラが理想の演奏に近づくまで辛抱強く我慢できる指揮者は知らない」といった発言だったが、実際に指導される側にいたメンバもそう言うのだから、晩年の葛藤は別にして、彼の指導で演奏したいとの思いが楽団員にもあったようだ。

「ばらの騎士」などのオペラでカラヤンと共演しているクリスタ・ルードヴィッヒの回想話も興味深かった。オーケストラには歌手の声を良く聴くように指導し、オペラ歌手には、オーケストラの音を良く聞いて、オーケストラの音と歌手の声が渾然一体となった響きを出すように指導していたそうである。カラヤンの思い描いているオペラの理想像がなんとなく理解できる話である。
それにしても、クリスタ・ルードヴィッヒは、人間的に魅力的な人だ。彼女のカラヤンへのコメントを聴いていて、本当にそう思った。

ところで、クラシック・ファンにはカラヤンの演奏は物足りないとか、全くだめだという方が大勢いらっしゃるが、私は未だに良く聴く方なのである。もちろん他の人の名演奏にも耳を傾けるが、カラヤンの演奏(特に60年代から70年代初頭のころの演奏)に私は音楽ファンとして育ててもらったようなものだから、その感謝の意味もある。

それと、私だけかも知れないが、カラヤンの演奏を聴いてから他の人の演奏を聴くと、その人の演奏がどういったポジションのものか理解しやすいということもある。それだけ、判断しやすい演奏で音楽を聴かせてくれたということだ。この分かりやすさが専門家には物足りないのだろう。

蛇足ながら、カラヤンの演奏を貶める評論がたくさんあるせいで、正統的クラシックファンは、カラヤンを聴くなどというと沽券に関わるとでも思っている人が多いようだ。従って、評価が低くて、中古市場で驚くほど価格が安い。中古市場というのは面白いもので、元の定価と無関係に演奏家の評価で値段が決まるような所がある。カラヤンのLPはたくさん発売されたということもあるだろうが、新品同様と思えるものが数百円(しかも下の方の数)で売られていることもしばしばである。私は、ファンとして逆に嬉しくなって、持っていないカラヤンのLPを見つけると、どうでもよいようなものまで良く買う。そのうちに、全LP、CDを集めたというような日が来るかもしれない。(さすがに全部は無理かな?)

カラヤンの残した録音には、正直なところ、いまいちの演奏も含まれているのだが、最近はカラヤンのLPが安売りされていると、自分が身請けしてやろうという気持ちなのである。

我ながら殊勝な心がけと思っている次第。 評論家の皆さんには、これからもせっせとアンチ・カラヤンの評論を書いていただきましょう。