ペリオ
平塚市にぺリオという中古レコード屋がある。ご主人の名前は北村幾男さんという。大正8年生まれというから相当の高齢である。通信販売専門店で店にくる客はほとんどいない。17cmシングル盤を主に取り扱っている。シングル盤を中心にしているのは、30cmLPは重くて取り扱いが面倒というのが理由だそうである。もう一つは、アイドル歌手のシングル盤愛好家が顧客に多いらしく、商売上そうなったということもあるらしい。
平塚という町はあまり文化的な雰囲気のない町なので、まったく期待していなかったのだが、それが逆に幸いしたというべきか、ペリオもそう流行っているというわけではなく、店にあるレコードはほとんど動きがない。そのため、玉石混交(残念ながら大半は私の趣向ではない)ながら、結構古いレコードが残っている。
ご主人の北村さんは三重県志摩地方の生まれで、お父様をスペイン風邪で亡くされて生家が傾き上京。戦前は、都内で喫茶店経営、戦時中は中国に渡り中国領事館勤務、戦後は闇屋などをやった後、平塚に来てレコード店に勤務し、その後独立して1970年頃に現在の店を持ったという。日本で最初に通信で貸しレコードを始めたとのこと。元々通信販売主体のため、店の中は普通の客が立ち入る場所はほとんど無く、レコードで埋まっている。その中でご主人は資料整理、時折かかってくる電話への応対、通販のためのカタログ作りに余念が無い。私が訪れても黙ったまま仕事のペースを崩さない。無愛想である。最近ロック一辺倒になってしまったポピュラー業界が面白くないらしく(私も同様の思いだが)、かつて世界のいろいろなリズム、メロディーが溢れていた時代が懐かしそうである。中でもスペインものに特に興味をもち、戦前からの珍しいレコードを収集、研究されている。スペインに興味を持ったのは、既に書いたとおりご家族をスペイン風邪で亡くされたのがきっかけとのこと。なんとも因縁めいた話である。

私と店で話しているとき、今はもう見せる人がいなくなってしまったと言いながら、自分の秘蔵コレクションを出してくれた。
これは、フラメンコ・ギターの名手カルロス・モントーヤのLP。
レコードジャケットからギターの音が聴こえてくるような色彩のジャケットである。

見せていただいたレコードの何枚かに、スペインの女性歌手のLPがあった。その名をインペリオ・アルヘンティーナという。昭和初期に活躍した人で、映画俳優が本業らしい。なかなかクラシックな顔立ちの美人である。そのLPは、もちろんSPからの復刻である。ご主人によると、スペインの独裁者フランコがヒットラーのもとに彼女を差し出したというスペイン版唐人お吉のような話があるといわれる。彼女のオリジナルSPに、CANCIONS DE ESPANA(スペインの歌)というカバーに顔写真がのっている8枚組みのアルバムがあり、こちらは、ご主人が完全なセットを探しているというもの。店の名前「ペリオ」も彼女の名前の一部を取って付けられている。もう少し詳しく話を伺うと、インペリオは、英語のインペリアルであり、インペリアルは、ペリアル(ピリオド、すなわち「終わり」)の否定形であるから不滅を意味する言葉であるが、お店の終わりは必ず来るからインペリオではなく、ペリオとしたということだそうである。その名前の由来がご主人の人生と重なる。そして女優・歌手インペリオ・アルヘンティーナのその後の運命に想いを馳せると、一層感慨深いものがある。
《最近の発見》
スペイン物に強い評論家、浜田滋郎氏が、別冊レコード芸術1999夏号に寄せられた文章によると、20世紀初頭からスペインの都会を中心に流行した「クプレ」というお国ぶりの濃い大衆歌謡のジャンルがあり、インペリオ・アルヘンティーナは、その代表的歌手の一人であったらしい。

店の品はほとんどが駄盤のたぐいであるが、某レコード会社の広報部長のコレクションだったというものから、何枚かのLPを購入させてもらった。その中の一枚が、カラヤンがフィルハーモニア管弦楽団を指揮した、バルトークの「管弦楽のための協奏曲」。レコードそのものは痛んでいるが、カラヤンの40代前半の若々しい姿を写したジャケット写真が印象的である。このレコードは、英国コロンビア原盤を日本コロンビアが国内プレスで出したもので盤質は良くないが、ジャケットデザインは原盤と同じである。英国コロンビアは、1950年代に多くの名盤を生み出した。その素晴らしいジャケットデザインにより、33CXのレコード番号で始まる原盤は、コレクターズアイテムとなっている。現在はEMIレーベルで一本化され、かつてのデザインが使えない状況であるのは残念である。その他にも、60年代初頭にコロンビアから発売されたバーンスタイン指揮NYフィルのものなどを購入した。とにかく変わった店。この店もいずれ忘れ去られる日が来るのだろうが、こんな店があったことだけでも記しておく。