His Master's Voice
世界一有名な犬の話

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HMV.jpg 誰でも、蓄音機に耳を傾けている犬の姿を写した絵を、どこかで目にしたことがあるだろう。この絵には「His master's voice」(ご主人様の声)のロゴが付いており、もとは米国ビクタートーキングマシン社(後のRCA Victor社)と英国グラモフォン社のトレードマークであった。その後、両社と提携した世界各国の会社でトレードマークに使用されるようになり、現在は世界中で知られた図柄になっている。さて、この絵の主人公の犬の話である。名前をニッパー(Nipper)という。

nipper-1.jpg ニッパーは、1884年に生まれたフォックス・テリア犬である。野良犬でさまよっていた所をマーク・ヘンリー・バラウドに拾われた。そして、マーク・ヘンリー・バラウドが3年後に亡くなったため、弟のフランシス・バラウドに引き取られた。その後、死ぬまでの8年間をフランシス・バラウドのもとで過ごした。フランシス・バラウドは画家であり、1889年にエジソンの円筒型蓄音機のホーンを不思議そうに覗き込むニッパーの様子を絵に描きとめ、「His Master's Voice」とタイトルを付けた。


nipper-2.jpg フランシスバラウドがこの絵をイギリスグラモフォンに持ち込んだのが1899年2月11日である。その時イギリスグラモフォン社長のオーエンは不在であったため、バラウドは絵を置いて帰った。6月になって、オーエンからこの絵の採用に関してバラウドに連絡があり、描かれている蓄音機が当時ライバル会社であったエジソン社のものであったことから、これをきれいな真ちゅう製に描き直すよう依頼を受けた。当初価格面で折り合いが付かなかったが、9月になって100ポンドで描き改めることで承諾し、9月18日にはグラモフォン社の最新型の円盤式蓄音機がバラウドのアトリエに運び込まれた。バラウドは、10月3日には描き変えた絵を完成させ、翌日にはグラモフォン社の役員に見せ、その日のうちに契約が成立した。12月には印刷ができあがっている。



Barraud.jpg この絵に付いて、バラウドは、次のように述べている。

「私が何故この絵のアイデアを思いついたのか、それを説明するのは難しいのですが、私の犬が賢そうなそして少し困惑したような表情で蓄音機を聴いている光景が突然浮かんできたのです。そして、それを"His Master's Voice"と呼ぶことが素晴らしい主題となると思ったのです。私たちは蓄音機を持っていました。そこから声が出てくると、彼がとても不思議そうにしていたのをよく見かけたものです。それは私の体験の中でも、最高に幸福な気持ちを誘うものでした。」

このニッパーの図柄は、商標として多くの国で使用されているが、レコード会社及びその親会社の離合集散の結果、権利関係が複雑になってしまい、レコード会社で今でもこの図柄を使用している例は少なくなっているようだ。

バラウドは、この絵のコピーを合計24枚描いており、彼のもっとも有名な作品となっている。



"HIS MASTER'S VOICE"の文字と蓄音機をのぞき込むニッパーの絵が大きく書かれたこのデザインは、米RCAビクターが英HMVと提携していた1950年代前半、HMV録音のレコードに使用していたデザインである。このレコードは、フルトヴェングラー指揮ウィーンフィルハーモニックのベートーベン第7交響曲。
これは、上記レコードのラベル部分。通常のビクターのラベルデザインではなく、"HIS MATSTER‘S VOICE"の文字をニッパーのまわりに大きく描いたHMVのデザイン。
これは、通常のRCA Victorのラベル・デザイン。"HIS MATSTER‘S VOICE"の文字は、ニッパーに下に小さく書かれている。