The History of Record and Recording


ステレオレコード登場

日本では1958年8月にステレオ・レコードが発売された訳だが、そのころは、当然のことながらステレオ再生装置を保有している人など居るわけがない。そんな中、ステレオ登場前後の状況について、当時の「無線と実験」誌の記事を追ってみた。この「無線と実験」誌は、戦前から発行されている歴史ある雑誌だが、1958年頃の雑誌を保管している図書館が近くになく、いろいろ探した結果、桜木町の神奈川県立図書館でようやく見つけ、休日毎に何回か通ってメモを取った。ここでは、1958~59年の記事の中からステレオレコード発売に関するものを関連情報とともに紹介する。

1958年2月号
「立体再生へ進むHiFi喫茶」(Photo News)
バイノーラル・レコード・プレーヤ及び立体テレコによるステレオ再生装置の紹介 ~ 渋谷「ライオン」
どこにいっても名曲喫茶、ハイファイ喫茶という字が目に付くが、このHi-Fiも最近は立体再生の方へ進みつつあるという。
この記事で紹介しているステレオは、現在のステレオレコードではなく、米国人クックが発明したバイノーラル・レコードという特殊なステレオレコードのことをいっている。バイノーラル・レコードは、一面を外側半分と内側半分に分割して、それぞれに左右の音を独立に刻んだレコードである。これを双頭式ピックアップによって2本の溝から同時に音を拾って再生するという神業的な操作を必要としたため、とうてい一般には普及しなかったが、クック氏苦心の発明ではある。左右独立の溝に合わせて2本のピックアップを落とすのが大変だったようだ。一方、テープレコーダのほうは既にステレオが実用化されていて、 RCAビクターは、1954年頃からステレオ録音を始めて、いち早くテープを発売している。

RAILdynamics.gif 話が横道にそれるが、バイノーラル・レコードを考案したクックは、モノラルLP時代から優秀録音で名を馳せた人であり、中でも1950年秋の雨降る夜、ニューヨーク・セントラル鉄道で録音したという 「RAIL dynamics」 は、蒸気機関車の音を駅の喧噪音とともにみごとに示す名録音レコードである。「A Story in Sound」の副題が示すとおり、蒸気機関車の音だけで風景が浮かんでくるような物語性を持った録音であり、聴いているとなんとなく旅愁にかられる思いがする。特に、蒸気機関車が汽笛音とともに遠方から近づき通り過ぎていく様を、ドップラー効果も鮮やかにダイナミックに描写した音は、詩的ともいえる効果を示しており、すばらしい録音記録である。楽音でない音でこれだけの詩情を感じさせてくれるレコードも少ない。このレコードは、当初10インチのモノラルレコードで発売されていたはずだが、なんと後年ステレオ・レコードとして発売になり、1950年という早い時期にクックがステレオ録音を始めていたことを示す、まさにビックリのレコードである。このステレオレコードに遭遇したときはアッと思った。相当に痛んではいたが、それ故安価であり、二度と手に入らないかもしれないとの思いから購入したのだった。

さて、HiFi喫茶という言葉は、今では死語になってしまったが、1950年代LPレコードがまだ高価であった時代に、LPレコードを聴かせる喫茶店として流行し、1960年代までクラシックやジャズなどの専門に分かれて音楽愛好家のレコードを良い音で聴きたいとの欲求を満たしてくれる場であった。貧乏学生は、コーヒー一杯で本を読みながら何時間も粘って音楽を聴いたものである。私が大学に入ったのは1970年であったが、上の記事にある渋谷のライオンは、クラシック専門のHiFi喫茶としてまだ健在であり、私も何回か行ったことがある。吹き抜けの3階席までカバーする巨大な装置から流れる管弦楽の音は大ざっぱではあったが、空間が大きいため、くつろげる音であったと記憶している。ステレオが大衆に普及した結果、HiFi喫茶のほとんどは廃業してしまい、今は少数のジャズ喫茶を除いて残っていない。

1958年3月号
「スピーカの配置を主としたステレオの聴き方」(岡原 勝)
これは、左右同じ特性のスピーカを使用することや、立体再生のためのスピーカの配置についての注意といった解説記事である。
当時のステレオのプログラム・ソースとしては、NHKが毎日曜に立体音楽堂として提供している30分番組があり、特別な装置がなくてもラジオセットが2組あれば立体(ステレオ)が聞けた。これは、NHKのラジオ第一放送と第二放送を組み合わせてステレオ放送したものである。また、クックの立体レコード(バイノーラル・レコード)が多く輸入されており、日本オーディオ協会から(バイノーラル方式の)ステレオ・テスト・レコードが出ている。テープに至っては、ソニーが相当数発売しており、海外物も発売されているといった状況で書かれた記事。今年(1958年)は、FMの発達とステレオの普及がオーディオ界の話題になると予想している。なお、執筆者の故・岡原 勝氏は、日本オーディオ協会設立の立役者のひとりであり、クックのバイノーラル・レコードをほとんどコレクションしていたことで有名。

1958年4月号(その1)
「一本溝の新ステレオディスク方式 45/45立体レコード」
(中村久次 : AES日本支部長、不二音響社長)
無線と実験誌としては、これがステレオレコードに関する最初の詳説記事である。45/45方式の技術的説明を主としているが、2月17日に日本ビクターのスタジオにおいて日本で初めて45/45方式のレコードが再生されたことが記されている。ステレオディスクをモノラルで再生可能なこと、及びモノラルレコードがステレオ・ピックアップで再生可能なことを実験することも目的の一つであったという。 この記事によれば、1957年のA.E.Sのニューヨークにおける総会で、ベル研究所製品を発売しているWestrex社が、45/45方式のステレオを発表している。最初にプレスされたコマーシャル盤ステレオレコードは、Audio Fidelity社のAFLP1872で、DUKES OF DIXIELANDとRAILROAD SOUNDSを両面にプレスしたものらしい。RCA、CBS、DECCA等では、Westrexのカッターを購入して今年(1958年)夏から秋にかけてステレオレコードを出すと発表している。 この記事の時点では、45/45方式は規格化されておらず、米国E.I.A(Electric Industry Association)の小委員会が推薦しており、RIAAでこれを採用するだろうと予測している。

1958年4月号(その2)
「わが国最初の45/45立体レコード視聴会」(Photo News)…日本ビクターにて
日本ビクターにて試作したピックアップ、聴衆の面々、左右2個づつ4個のスピーカが見えている会場風景、45/45方式を説明する高柳氏、2台のメインアンプ、プレーヤの写真が掲載されている。視聴はカーテンを下げて行ったらしい。
「なにしろレコードは、1枚しか入っていないので、音質云々などいえないが、立体に聞こえたと言うことは事実である。操作、装置の面で今後テープに変わって大衆化するであろう」との解説。この予測は、その後のステレオレコードの隆盛によって証明された。
視聴に使われたレコードは、米国RCA盤のようだが、内容不明。写真からは、Brass Band…の文字がかすかに読みとれる。ジャケット写真では、チアガールがシンバルを手に取ってポーズを決めている。

Brass.jpg 多分、このレコードだと思われます。(1999年7月20日追記)
BRASS & PERCUSSION(1956年録音)
MORTON GOULD
The Star and Stripes Foreverで始まる、Sousa,Gould,Goldmanのマーチ集。

1958年5月号
「Electro-Voice 45/45カートリッジとステレオディスク」( Photo News) 3月12日、東京麻布・六本木会館でのステレオディスク視聴会の模様。 レコードとカートリッジ以外は国産品を使用。
	アーム~プリモ(エレクトロボイスのセラミックカートリッジ使用)
	アンプ~トリオ
	スピーカ~福洋(コーラル)
デモ用ステレオレコードはAF(Audio Fidelity)録音で、ジャケットには、以下の文字が記されている。
	AUDIO   FIDELITY   RECORD
		STEREODISC
	         AFLP 1872
	COMPATIBLE STEREOPHONIC
	DEMONSTARATION RECORD
	FOR TEST AND LABORATORY PURPOSE

	CONTENTS
		Side1 :
			MARCHING ALONG WITH THE
			DUKES AND DIXIELAND
		  from	AUDIO FIDELITY AFLP 1851
		Side2 :
			RAILROAD SOUNDS
			STEAM AND DIESEL
			The Sounds of a Vanishing Era
		  from	AUDIO FIDELITY AFLP 1843

				MASTERD BY
				WESTREX CORP.

railroad.gif この中で、side2の音源は、後に日本コロンビアから同タイトルのステレオレコードとして発売された。内容は、音のドキュメンタリーであり、即物的な録音で、残念ながら先に紹介したクックのRaildynamicsに比べて詩情に欠けると言わざるを得ない。もっとも、この種のレコードは聴くためにではなく、資料として収集しているので内容について云々する類のものではない。

1958年5月号では、さらに以下の調子でステレオ再生に関する記事が急増している。

	万能型プリメイン同居ステレオ・アンプの試作
	万能型 Stereo Pre-Ampの製作
	立体テレコ用の録音・再生プリアンプの作り方~シングルから立体へ
	アメリカ製ステレオアンプ3種(パイロット、マディソン・フィールディング、ナイト)
	ニート、45/45カートリッジの試作に成功
1958年6月号
「プリモで完成した45-45用X-TALカートリッジ」
今月はこれだけ、ちょっと一服。
プリモのカートリッジの特性
	周波数	100~5000サイクル
	出力	0.3V(ステレオ)、  0.5V(モノラル)
	針圧	5.5~6g


1958年7月号(その1)
「ウェストレックスの45-45ディスク・カッター到着」
3A型カッターが、ウェストレックスの日本支社・東洋ウェストレックスKKに到着し、某レコード会社に納入された。いよいよわが国でのステレオレコード製造・発売に向けて準備ができたことを示す記事である。カッター、アンプなどのコンポーネントの写真も記載あり。アンプは、807pp(75W)。回路図も公開されている。

合わせて、東洋ウェストレックス主催の45-45レコード視聴会についても紹介。5/21開催。視聴会での再生装置は、ウェストレックスMC型カートリッジ、300Bppアンプに加え、スピーカは、ジムラン(375+585ホーンに見える)のトゥィータに英国ウェストレックス製ウーファという組み合わせ。ウーファ部は、アルテックA7と酷似したフロントロード・ホーン&バスレフを採用したエンクロージャに格納されている。当時としては世界最高級機の組み合わせ。当時の物価水準からすると、家が立つほどの(家一軒どころでは済まないかもしれない)高価なシステムである。現在でもこれだけの装置をそろえるのは容易でない。

1958年7月号(その2)
「エバー・クリーン・レコード(東芝)出現」
東芝で試作に成功したとの記事。「市販はまだらしいが、LP愛好家の悩みを吹き飛ばす愉快なニュース」とのコメントもまた愉快。いわゆる東芝の赤盤の登場である。

1958年7月号(その3)
「45/45のステレオレコードでステレオPUの実験」
ステレオカートリッジのクロストークに関する実験記事。クロストークというのは、ステレオの本来独立に再生されるべき左右の音が、相互に混じってしまう現象をいう。この現象は、左右の音を物理的な振動から再生するカートリッジにおいて最も顕著である。カートリッジのクロストーク特性が良いことをセパレーションが良いなどと表現することもある。さて、その記事であるが、日本圧電KKでの試作カートリッジの特性評価が主目的ながら、周波数特性は50~8000サイクルという現在では考えられないナローレンジ特性値で十分としている。もっとも、当時の再生装置の状況を考えれば、これで十分なのかもしれない。現在でも、このレンジがきちんと再生できれば、ほとんどの音楽は過不足なく聴けるはずだ。

1958年8月号(その1) 「ニート音響視聴室で完成した45-45レコード再生装置」
ニートで開発したカートリッジの発売に伴い、視聴装置をつくったもの。

1958年8月号(その2)

「世界最初の立体レコード演奏器完成!」
なんとも大げさな表現であるが、これは日本ビクターの広告記事。「ステレオHi-Fiオーディオラ」 STL-IS型 定価77,000円なり。当時、大学卒の初任給は18,000円程度であったから、相当に高価なもの。プレーヤ、アンプ、左右のスピーカの4つのコンポーネントで構成されたセパレートタイプの装置。いったい何台売れたのだろうか。

1958年9月号(その1)
「国産45-45盤発売!」
1958年8月1日 日本ビクターが発売。(米国ビクターも同じく8月発売)
ついにステレオレコードが正式発売となった。
SLS2000番台	30cmクラシック		(2,800円)
SLS5000番台	30cmポピュラー、ジャズ	(2,500円)
SEP3000番台	17cmクラシック		(900円)
SEP1000番台	17cmポピュラー、ジャズ	(900円)

第1回発売
SLS2001	ピアノ協奏曲第1番(チャイコフスキー)
		ギレリス(P)、フリッツ・ライナー指揮、シカゴ響
SLS2002	バイオリン協奏曲(ベートーベン)
		ハイフェッツ(Vn)、ミュンシュ指揮、ボストン響
SLS5001	ステレオ・ボール・ルーム 
		ダンス音楽	
		ラルフフラナガン楽団、	フランキー・カール楽団
		Let's Dance with New Stereophonic Sound
SEP1001	“王様” プラード・イン・ウルトラ・Hi-Fi 
		ペレス・プラード楽団
SEP1002	魅惑の東洋の旅~第1集(Around the Far East)
		アルマンド・フェデリコ楽団
1958年9月号(その2)
「45-45立体再生の秘訣」
初の国産ステレオレコード発売に伴う大特集。
(1)45-45カートリッジとその使い方
(2)45-45用アームの選び方と使い方
(3)45-45用フォノモータの選び方と使い方
(4)45-45 クリスタル・カートリッジ用6AR5ppアンプの実験
(5)45-45ステレオレコードについて
他にステレオアンプの製作記事あり。
上記(5)にステレオレコードの標準方式に関するRIAAの資料が紹介されている。 この号以降、ステレオに関する広告記事が急増する。

1958年10月号
「ビクターのステレオディスクに関する批評記事」
ギレリスのチャイコフスキーP協及びハイフェッツのベートーベンVn協の2枚二関する批評が記載されている。

演奏はすばらしいが、ステレオとしての音響効果に関しては不十分、特に低音部が貧弱との評。しかし、ステレオの可能性については、大きな期待を寄せている。この演奏は名演奏として繰り返し発売されているが、ハイフェッツのこの録音は、バイオリンが硬質でオーケストラの音も膨らみがない。ベートーベンの音楽に必要な重厚な響きが不足している。これは、ステレオの問題というより、録音の問題であろう。一体にハイフェッツのバイオリンは硬質で乾いた音に録音されているケースが多いように思う。実演でもそのような音色だったのだろうか。

1958年11月号(その1)
「第7回オーディオフェア」
ステレオが展示及び演奏の主力となったことが紹介されている。
三菱のモニタ・スピーカの名機2S305が出展されている。

1958年11月号(その2)
コロンビアのステレオ第1回発売(9/20 米原盤による)
RS101 プロコフィエフ交響曲第5番 オーマンディ/フィラデルフィア
RS102 グローフェ「グランドキャニオン」 オーマンディ/フィラデルフィア
RS103 レスピーギ「ローマの泉、ローマの松」オーマンディ/フィラデルフィア

ビクターのステレオ第2回
SLS2003	ベートーベン第7番 ライナー、シカゴ
SLS2004	ベートーベンP協(皇帝)
		ルービンシュタイン(P)、クリップス/S.O.A
SLS2005	ブラームス第1 ミンシュ、ボストン
rubin.gif SLS2004のジャケット写真。このレコードの裏には、「ビクター・ステレオ(立体)レコードについて」のタイトルで、ステレオ・レコードの再生原理や理想的な聴取位置が解説されている。「ステレオ(立体)レコードは、オーケストラや合唱のように広がりを持つ音源を1箇所で録音再生するシングル方式と異なり、各楽器がそれぞれの位置に分離して聞き取られ、あたかも実演のような優れた臨場感を聞くことができます」とのふれこみで、ステレオ用のピックアップ、2つの増幅器、2つのスピーカが必要で、左右スピーカで形成される2等辺三角形の頂点で聴くようにとの指示。


1958年12月号
キング(ロンドン)がステレオ発売予告。
コロンビアのモノラル・レコードのレコード番号
	1958年7月以前
	XL5001~(英コロンビア原盤)
	WL5001~(米コロンビア原盤)
	1958年8月以降
	RL101~(米コロンビア)
	RL3001~(英コロンビア?)
	OL3001~(英コロンビア)

	OL3001	シューマン第4	カラヤン、ベルリンフィル
1959年1月号
コロンビア ステレオ第2回
RS105 チャイコフスキー第6(悲愴) ミトロプーロス、NYフィル
RS104 ストラビンスキー「春の祭典」 バーンスタイン、NYフィル

1959年2月号
各社ともステレオ発売なし。

1959年3月号
果たして250サイクル以下はステレオ効果がないか
低音の指向性と位相差の実験(岡原 勝)

ステレオはビクターのみ
プロコフィエフ 「キージェ中尉組曲」、ストラビンスキー 交響詩「うぐいすの歌」ライナー、シカゴ

1959年4月号
ロンドン ステレオ第1回発売
slb1.gif slb2.gif 左より、SLB1,SLB2のジャケット写真

SLB-1 ビバルディ「四季」 ミュンヒンガー/シュツットガルト室内
SLB-2「シェラザード」 アンセルメ/パリ管(珍しい組合せ)
SLC-1「ブロードウェイのロス」   エドムンド・ロス楽団
SLC-2「シュトラウス・ワルツアルバム」 マントバーニ楽団

コロンビア第3回
RS106 ベートーベン 田園 ワルター/コロンビア響
RS107 プロコフィエフ 「ロメオとジュリエット」ハイライト
	  ミトロプーロス/NYフィル

1959年5月号
asc1001.gif エンジェル ステレオ第1回、第2回
左は、ASC1001

(第1回)ASC1001 「シェラザード」ビーチャム/ロイヤル・フィル
(第2回)ASC1002 チャイコフスキー第4 シルベストリ/フィルハーモニア

キャピトル第2回
CSC5001	ステレオ ワグナー ラインスドルフ、コンサート・アートSO
CSC5002	ブリトゥン「青少年のための管弦楽入門」他 
		スラットキン、コンサート・アートSO
CSC5003	歌劇合唱名曲集	ロジェ・ワグナー合唱団


               
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