logo.gif

 

それは、私です。大滝詠一氏とコンサートで一緒に歌ったのは。
福岡で唯一のコンサート「ザ・ファースト・ナイアガラ・ツアー」は、77年6月29日に電気ホールで行われましたが、なぜ、私がステージに上がり肩を並べて歌ったかについてご説明しましょう。
「ナイヤガラ・ムーン」からはじまり名曲が続き、特に印象に残っているのは「はっぴいえんど」時代の曲(歌ったと思うが曲名は忘れた)や細野さんの話になるとすごく盛り上がりました。またシリア・ポール、布谷文夫のゲストの歌もあり、楽しい雰囲気で幕を閉じました。当然のようにアンコールの拍手が沸き、再度登場。
「アンコールの曲は用意していないので、これまでの曲のなかでもう一度聴きたいのは何だ。」と、大滝さん。間髪入れずに「福生音頭!」と最後列の席から私が叫ぶ。
「そんな歌はないぞ!」と一喝されるも「福生音頭!」。
「わかったよ。声だけで顔が見えないからこっちに来てよ。」と手招き。ステージの縁まで行くとお土産だと言って三ツ矢サイダーを6本もらいました。その当時は珍しい缶入りだったかな。
仕切りなおして再度「アンコールは何がいいかな?」。今度は「楽しい夜更かし!!」と大声で叫ぶと大滝さんもすっかりあきれたのだろう「よし、一緒に歌おう!」。たしかに、「ステージに上がって……」とは言わなかったが、勝手にステージの上で一緒に歌うと解釈して一気にステージに駆け上がった.。
「楽しい夜更かし」の前奏。あっというまに一番が終わり、間奏のとき「歌詞はちゃんと覚えてなきゃ。」と注意された。私の心臓は「バク、バク」と音をたててまともに立っていられないのに。2番は間違えないよう細心の注意を払ったがダメ。それでも、憧れの師と握手をし、バックのミュージシャンにお礼を言って、私のデビューが終わりました。そして、ナイアガラ・レコードのロゴが入ったTシャツを頂き、幕を閉じました。
大滝さんが一人のファンと一緒に歌ったことを覚えていらっしゃるとラジオで聞き、本当に嬉しく思いました。私もいつまでも師のファンでありつづけます。
父と娘の会話。「これ、誰の歌?」「大滝さんだよ。」「そう。大滝さん、大滝さんってきやすく言ってるけども、大滝さんってお父さんのお友達なの?」「そうだよ。ジョイントコンサートをやった仲なんだよ。」

 いかがでしたか?私は、まるでその場に居合わせたかのように興奮してしまいました。インターネットを始めて、「ある乙女の祈り」を大滝さんと共作した古田さんや、「Let's Ondo Again」の生みの親、論寒芸男こと森谷さんと知り合えましたが、ナイアガラ関連のオフミでは日本一の盛り上がりを見せている(と思いこんでいる)“九州・山口オフミ”の最多開催地、我らが福岡にもこんな方がいらっしゃいました。
 浦田さん、貴重な体験談、ほんとうにありがとうございました。今度はぜひオフミにもご参加ください。そして、いろいろなお話を聞かせてください。オフミ・メンバーには、このコンサートを体験された女性もいますので。

back