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森の中で、クラヴィスはジュリアスに会った。 「何をしている?」 クラヴィスが訝しく思うのも無理はない。 ジュリアスのお腹はぽっこり膨れ、さながら妊婦である。 歩く姿もお腹を庇い、慎重そのもの。 ジュリアスはあからさまに「不味いやつに会った」という顔で答える。 「ただの散歩だ」 「しかし、その……」 言いかけて、さすがのクラヴィスも言い淀む。 ジュリアスの大きなお腹に目を落とし、何と表現したら良いものかクラヴィスは悩んだ。 「気にするな」 明らかに、この話題にはあまり触れられたくない様子のジュリアス。 「一体、どうしたというのだ?」 いよいよ状況が判らないと言う様子で眉を顰め、クラヴィスはジュリアスのお腹を触ろうとする。 「触るなっ 割れるではないかっ」 ジュリアスにしては珍しく、声を荒げた。 「割れる?」 手を引っ込めてクラヴィスは首を傾げた。 苦虫をかみつぶした顔でジュリアスは答える。 「卵だ」 「卵?」 「そうだ、私の館の庭で見つけた。暖める必要があるというのでな」 「そうか……」 ジュリアスはクラヴィスの返答に片眉を上げる。 「……それだけか?」 「何か言って欲しかったのか?」 「……いや、いい」 クラヴィスは会釈し、何事もなかったかのようにその場を去る。 「首座殿も妙なことをされる」 程良く離れたところでクラヴィスは呟いた。 それが彼の率直な感想だろう。 と、向こうからゼフェルが走ってきた。 何やら変な機械を持っている。 クラヴィスの姿には気付かずに、何やら探してる様子だった。 「おっかしいなー。どこいっちまったんだろう」 きょろきょろと辺りを見回しては唸る。 「そうだ、この辺りでもう一度スイッチを入れてみよう。電波が届くなら帰ってくるはずだし」 クラヴィスが見ているのを知らずに、ゼフェルは機械のスイッチを押した。 その少し前。 地の守護聖の館にて。 「これは何だろうな、ルヴァ」 卵を前にジュリアスは唸る。 ダチョウの卵くらいの大きさはあるが、灰色地に黒い斑点がある。 「それは、どうしたのですか?」 「これか? 私の館の庭に落ちていたのだが」 「卵……のようですね」 「そのようだ。知っているか?」 「えーと……そうだ、つい最近図鑑で見たんですよ」 そう言って、ルヴァは書棚から鳥類図鑑を取り出す。 「これにそっくりですねぇ」 とルヴァが頁を繰り示したのはうずらの卵。 「……大きさが違うようだが?」 「そうですねぇ。これがうずらの卵だとしたら、とても大きなうずらですねぇ」 暢気な地の守護聖の物言いに、ジュリアスは頭痛を覚える。 「どうすればいい?」 「そうですねぇ、鳥の卵なら暖めないといけませんねぇ」 「暖める? どうやって?」 「そうですねぇ、小さいものなら脇の下に挟んでおくのが一番なんですが、こう大きいと……布か何かでお腹に巻き付けておけばいいと思いますよ」 「そうか……」 ジュリアスは少し考え、大きく頷く。 「せっかく生まれようとしている命だ。粗末に扱うことは出来ぬ」 「さすがジュリアスですね。私もお手伝いしましょう」 こうして、ジュリアスは妊婦になった。 突然、ジュリアスのお腹が騒ぎ出した。 「な、何だっ?」 お腹に巻き付けた卵が突然激しく動き出したのだ。 「一体、何が起こったのだ?」 動きを押さえようとするが、卵の動きはさらに増す。 「うわーっ」 卵がある方向に向かって飛んだ。 当然、巻き付けられているジュリアスの体も飛ぶ。 「何だーっ」 ぴょんぴょんとお腹に引っ張られて跳ねていくジュリアス。 「こ、これは……」 必死に布の結び目を探り、解く。 ぶわっ、とトーガの裾を巻き上げて卵が飛び出す。 「な、何だったのだ……?」 ジュリアスは呆然と飛び跳ねていく卵を見送っていた。 「おーし、戻ってきたな」 ゼフェルが飛び跳ねる卵を迎える。 巨大うずら卵もどきはすっぽりとゼフェルの腕に収まり、止まった。 「なーんか、悲鳴が聞こえたみたいだけど、なんだったのかな?」 卵が来た方向を見ながら、首を傾げるゼフェル。 クラヴィスは悲鳴の主がジュリアスであったと気付き、何となく事情がわかってきた。 さらに明らかにしようと一歩踏み出す。 「ゼフェル、それは何だ?」 ゼフェルはその時初めてクラヴィスの存在に気付いた。 「よぅ。これか?」 腕の中の卵に注目されていると知り、説明をはじめる。 「この間ルヴァに図鑑を見せてもらって、面白い模様の卵を見つけたんだ。そんで、こんなものを作ってみた……ただのおもちゃだけどな」 「おもちゃ、か……」 フッ、とクラヴィスは笑う。 「気の毒にな」 「何だ?」 クラヴィスの呟きを聞きとがめ、ゼフェルは訊いた。 「いや、何でもない」 クラヴィスは首を微かに振り、首を傾げるゼフェルを残して去った。 fin
年長組で馬鹿話を、とリクエストしました。明るくお馬鹿な話でうれしいです。 でも、キャラへの愛が感じられますね。ありがとうございました。 ジュリアスと卵の関係を気に入った私は、調子に乗って勝手に続きを書いてしまいました。 守護聖全員による、より一層お馬鹿な話です。
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