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あるところに、チルチルとミチルという兄妹がいて、それはそれは仲良く暮らしていた。 チルチルは、金色の髪をした、小鳥を愛する優しい少年。ミチルは、栗色の髪の、兄思いの少女だった。 ある日、ミチルが暖炉の前で、犬のチローと猫のチレットに食事と水をあげていると、兄のチルチルが駆け込んできた。 「たいへんだよ、ミチル! ぼくの鳥さんが!」 「まあ、チルチルお兄さま。どうしたんです?」 二人の家は、裕福な上流階級、というわけではなかったが、躾には厳しかったので、ミチルは兄のことをお兄さまと呼ぶのだ。 「ぼくの鳥さんがいなくなっちゃったんだ、青い鳥さんが!」 チルチルが飼っている小鳥がいなくなったらしい。小鳥を溺愛している兄の取り乱しように、ミチルがため息をつきかけたその時。 「あんたたち、青い鳥を探しているのかな☆」 部屋の中に、いつのまにか怪しげな服を着た一人の女が立っていた。 「あ、あなたは一体……」 「私は魔女のベリリュンヌ。歌を歌う草と、青い鳥を探してるんだけど……」 「ええーっ、ぼく、こんな派手な魔女なんて信じられないや。」 兄妹はオウガ・バトル・サーガの愛読者だったので、魔女といえば黒いタイトなワンピースに大きな帽子をかぶっているものと、相場が決まっていた。 「失礼なことを言うガキだね。」 明らかに機嫌を損ねたベリリュンヌに向かって、慌ててミチルが言った。 「本当に、こんなに若くてきれいな魔女がいるなんて思わなかったわね、チルチルお兄さま。」 ミチルは生まれつき、どう言えば相手が喜ぶかを感じ取る能力に優れていた。今回も、ベリリュンヌの機嫌を取ることに成功した。 「ふぅん、ま、いいわ。それより、歌を歌う草は後回しでいいとしても、青い鳥のことは急いでるのよね、ワタシ。」 「えっ、ぼくの青い鳥のこと、知ってるの?」 チルチルお兄さまって、ひとの話をちゃんと聞いてないような気がする、とミチルは思った。 「あんたの青い鳥も、きっと夜の宮殿にいると思うな。」 「夜の宮殿?」 「そこには青い鳥だけが集まる夜の庭っていうのがあるんだ。そこにはいつもは夜の鳥がいるんだけど、時々間違って、光の中で育った鳥もまぎれこんじゃうんだよ。どうかな、私の代わりにそこに行って、ほんとの青い鳥を捕まえてきて欲しいんだけど。あんたの青い鳥を探すついででいいからさ。」 「うん、ぼく探しに行くよ!」 「ちょ、ちょっと待ってください。」 すっかりその気になっている兄に比べて、妹の方が冷静だった。 「探しに行くのはいいとしても、どうして私たちが? あなたは行かないんですか?」 「う〜ん、あのね、私たち魔女は夜の宮殿には入れないんだ。人間でないと入れないの、心のキレイな人間でないとね。」 「じゃあ、ぼくたちの心がキレイだってこと?」 「そういうこと。でも、あんたたちだけってのは、確かにちょっと心細いかもね。」 心細いのは、自分たち兄妹か、それとも……、とミチルが考えている間に、 「このペンダントを貸したげる。さ、首にかけて。」 ベリリュンヌは大きな宝石のついたペンダントをチルチルに手渡した。 「この宝石をゆっくり右にまわしてごらん。」 チルチルがそのとおりに宝石をまわすと、突然、宝石が強い光を発し始めた。 「あっ!」 そのまぶしさに一瞬目を閉じたチルチルとミチルが、再びあたりを見回すと、部屋の中には不思議なことが起こっていた。 窓の前には、今まですっかりその存在が忘れられていた犬のチローと猫のチレットが、人間の姿をして立っていた。 「やあ、チルチル!ミチル! 俺、二人と話ができてうれしいよ!」 「けっ、何うざってーこと言ってんだよ、ばーか。」 満面の笑みを浮かべて親愛の情を示すチローに対し、チレットはいかにも猫らしく不機嫌そうに横を向いた。 これは一体どうしたことか。ぽかんとしているチルチルとミチルの耳に、また別の声が聞こえてきた。 「よう、仔猫ちゃん。怒った顔もかわいいぜ。」 「女の子をからかうのは感心しませんね。チレットはまだ子供です。」 暖炉の前には赤い髪の長身の男が、水差しを置いた机の前には長い水色の髪のはかなげな女が、それぞれ立っているではないか。 男に声をかけられたチレットが怒って爪を出そうとするのを制して、ベリリュンヌが言った。 「炎の精も水の精も、ちゃんとこの人間のご主人様に挨拶をおし! あんたたちを呼び出したのは、この子たちなんだから。」 そう言われた赤い髪の炎の精は、ついとミチルの前に立った。 「これはこれは。こんなにかわいいお嬢ちゃんがいるのに気づかなかったなんて、俺としたことが不覚をとったな。いや、むしろ、お嬢ちゃんの美しさに驚く瞬間をたっぷり味わえて幸運だったというべきか、俺の瞳はお嬢ちゃんの……」 まだまだ続きそうなその台詞をさえぎって、すいとその横に並んだ長い髪の水の精は、チルチルに微笑みかけた。 「わたくしたち四人は、あなた方のお手伝いをするために呼ばれたのです。わたくしたちにできることでしたら、喜んでしてさしあげますよ。」 ここまできて、ようやくチルチルとミチルにも事の成り行きがつかめてきた。 ベリリュンヌがくれたペンダントの力で、飼い犬のチローと飼い猫のチレット、そして炎の精と水の精が、人間の姿で現れたのだった。 「ありがとう! ぼくもみんなに会えてうれしいよ。」 「ほんとは他に、パンの精と砂糖の精がいるんだけど、今回は省略ね☆」 「え、ぼく、そっちの方がよかったなあ。」 「……ったく、かわいくないガキだね。」 なぜか火花を散らし合うチルチルとベリリュンヌをよそに、チローとチレットのバトルも再開されようとしていた。 「チレット、おまえはさっきから全然あいさつしてないじゃないか! だめだよ、そんなんじゃ!」 「てめー、オレに説教する気かよ。ほっとけってんだ。」 「いくらおまえが自分勝手でも、ご主人さまの言うことは聞かなくちゃいけないんだぞ。」 「へっ、だいたいおめえが犬でオレが猫なんて、ったくオリジナリティのねえ配役だぜ。」 「おまえ、自分が女の子だってこと、忘れてるんじゃないか?」 一方、炎の精と水の精はもはや言葉を交わそうとせず、互いに顔を背けたまま険悪な空気を漂わせていた。 チローとチレットは犬と猫でもともと仲が悪かったし、火と水はやっぱり相容れない関係なのね、とミチルは一人で納得していたが、このままにしておくわけにもいかない。 「あの、ベリリュンヌさん、私たち、これからどうすればいいんですか?」 「あ、そうだった。はーい、みんな、注目〜。これからあんたたちには青い鳥を探しに夜の宮殿に行ってもらうよ。」 「青い鳥?」 チルチルとミチル以外の者たちはベリリュンヌを見つめた。 「だが、俺たち精霊は、自由に夜の宮殿に行くことはできないはずだが?」 「なんでオレたちがついてかなきゃなんねーんだよ。」 「いい質問だね〜。人間と一緒ならあんたたちも夜の宮殿に入れるってわけ。実はね〜、いま、宮殿にいる夜の女王に光の精が会いに行ってるんだよね。」 「げっ」 「光の精に……」 「夜の女王……」 魔法で呼び出された四人は、そのまま視線をそらすと固まってしまった。 根が素直なチローは思いっきり困った表情をしているし、根がひねくれたチレットも露骨に嫌そうな顔をしている。 「あのお二人が一緒にいるのか……」 「そこにわたくしたちが……?」 さすがに炎の精と水の精の顔も、心なしか引きつって見える。 「違う違う。光の精が会いに行こうとしてるんだけど、まだ着いてないから、その前にあんたたちに行ってほしいんだ。あの二人は仲が悪いから、顔を合わせると何が起きるかわかんないんだよね。夜の鳥は、強い昼の光にあたると死んじゃうし、あんたの鳥も、びっくりしてまた遠くへ逃げちゃうかもよ。」 「えっ、そんなのぼく嫌だよ!」 「だったら急いで出発して、光の精より早く、夜の女王に会うんだね。」 ベリリュンヌのその言葉に、うつむいていた水の精が顔を上げた。 「では、光の精より先に宮殿に行けば、普段はお会いできない夜の女王に、お目にかかることができるのですね。」 炎の精もまた、ベリリュンヌに向かって言った。 「ということは、そこで待っていれば、光の精がやって来てくださる、ってことだな?」 そして、そのアイスブルーの瞳を輝かせながら付け加えた。 「確か、光の精は女性、っていう設定だったよな、ベリリュンヌ。」 「そ、猫と水と光と夜は女性、あ、あと私もね♪」 いつのまにか、水の精と炎の精の周りの空気が、ポジティブなものに一変していた。 この二人、まったく正反対のことを考えているようで、実はまったく同じことを考えているに違いない、とミチルは思った。 「俺も行きます! 行く手に何が待ってるかわからないけど、俺、チルチルとミチルを守ってみせるよ!」 ようやく迷いを吹っ切ったチローも、前向きに叫んだ。 「わかったよ。ぼくたちみんなで力を合わせれば、きっと大丈夫だよね。チレットも来てくれるよね?」 「しょーがねーなー。オレはほんとは行きたくねえんだぜ。そこんとこ覚えとけよ。」 「じゃ、決まりねー。これ特製の鳥かご。がんばって行って来てねー。」 ベリリュンヌから鳥かごを押し付けられながら、妙に盛り上がりつつある一行の中で、ミチルだけは一抹の、というか、かなりの不安を抱いていた。 なんだかうまく丸め込まれたような気がする。 大体、光の精とか夜の女王とか、何の説明もないままではないか。 このメンバーでいったいどうなることやら……。 ともかく、こうして六人は、青い鳥を求めて、夜の宮殿へと出発していったのだった。 |