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魔女ベリリュンヌにもらった魔法のペンダントがあたりを照らす中、一行は夜の森の中を歩いていた。 「えーっと、じゃあ、炎の精とか水の精とかっていうのは、一人じゃないんだね?」 チルチルが尋ねると、炎の精が答える。 「そういうことだ。チローやチレットと同じで、俺はチルチルの家の炎の精だ。他の家には他の炎の精がいる。名前はいろいろで、烈火のなんとかだったり赤炎のかんとかだったりするがな。ま、世界観の違いってやつだ。」 「すべての炎の精がこの人のような性格ではない、ということです。」 道々、チルチルとミチルは、魔法の力で呼び出された精霊たちやこちらの世界のことについて、炎の精の熱っぽい語りと、それに水を差すような冷静な水の精の話とを、聞かされていた。 「とにかく、光の精というのは、俺たち精霊の中でも、上位の存在なんだ。あのお方は、喜びの国や時の国のような、普通の精霊には行けない場所へもお入りになることができる。特別なお方なんだぜ。」 「けれど、その光の精も、夜の宮殿にだけは自由に入れなかったはずです。夜の女王は、光の精と対をなすお方。つまりお二人は対等な間柄なのです。」 「うーん、でも、光の精は夜の宮殿へ向かってるんでしょう? どうしてなのかなあ?」 首をかしげるチルチルに炎の精が答えた。 「きっと、何か深い理由があってのことにちがいない。ベリリュンヌも、あのお方をお止めしろ、とは言わなかったしな。」 「仮にお止めしろと言われても、あの方が、わたくしたちの言葉に耳を傾けるとは、到底思えませんが。」 「そういう言い方は気に入らないな。」 ああやっぱり、光とか炎とか日なたっぽい人たちと、夜とか水とか湿っぽい人たちとは、派閥が別なのね、と相変わらず一人で納得するミチルであった。 「ったく、んなこたあ、どーでもいーからよ。いつんなったら、この森抜けられんだよ!」 またチレットが周りの者たちにくってかかった。 「さっきから同じことばっかり言うなよ! きっともうすぐだからさ!」 「そういうてめえこそ、おんなじことばっか言ってんじゃねえかよ!」 「ああ、もう、チローもチレットもやめてよー。」 そしてまたチルチルが仲裁に入った時、不意に前方に何者かの気配がした。 「誰だ!」 素早く身を翻した炎の精が、一行をかばうように先頭に立って目をこらすと、そこには大きな杖を持った一人の老人が立っていた。 「あー、老人ですかー。設定とはいえ、そうはっきり言われると、傷つきますねえー。」 間延びしたような、それでいてさわやかなような声が聞こえてきた。 それを聞いた水の精がほっとしたように声を掛けた。 「あなたは、この森の長老、カシワの木の精ですね。」 「その通りです。こんにちは、チルチル、ミチル。」 「え、ぼくたちのこと、知ってるんですか?」 驚くチルチルに向かって、カシワの精はにっこりと微笑みかけた。 「ええ、知っていますよ。チルチルとミチルという人間の兄妹が、夜の宮殿へ青い鳥を取りに行こうとしている、というのはもう有名です。あそこへ行くにはこの森を通り抜けねばなりません。ということは、ここで待っていれば必ず、夜の宮殿へ向かう人間に会えるわけで、そうするとその人間というのは必ず、青い鳥を探すチルチルとミチルなわけですから、ゆえに、ここで出会った人間であるあなた方は……」 「だーっ、もっと手短に言えねーのかーっ!」 今回だけは、誰もチレットをたしなめようとはしなかった。 「はあ、そうですかー。論理的説明が必要だと思ったのですが。」 「あ、ということは、ぼくたちのこと、待っててくれたんですね。」 「ええ、まあ、待っていたことは待っていたのですがねえ。」 また話が長くなるのか、と一同は身構えたが、カシワの精はあっさりとこう言った。 「あなた方に帰っていただきたいのです。」 「ええっ!」 その意外な言葉に、てっきり歓迎されているのだと思い込んでいたチルチルは、すっかり動転してしまった。 他の者も皆、合点がいかないという顔でカシワの精を見つめている。 「たいへん残念ですが、人間に青い鳥を渡すわけにはいかないんですよ。ここを通してあげることはできません。」 「そんなあ、どうしてなんですか?」 「う〜ん、今度こそ、ちゃんと話すと本当に長くなるんですが〜」 カシワの精は、ちょっと言葉を切って思案したが、すぐにまた話しを続けた。 「人間が青い鳥を手に入れたら、どうなることでしょうねえ。これまでに人間が森の動物や植物たちにしてきたことを、考えてごらんなさい。この世界は人間だけのものではありません。」 「ぼく、いつも動物さんや植物さんにやさしくしようと思ってました。今度だって、ぼくの鳥さんを探しに行くだけなんです。」 「あなたはきっとやさしい子なのでしょうね、チルチル。でも、あなた方が夜の宮殿へ行って夜の庭へ行けば、必ず本当の青い鳥を見つけてしまうでしょう。今この時期に、青い鳥が夜の庭から日の光の下へ出てしまうことは、避けたいのです。」 「光? だから光の精よりも早くぼくたちは…」 「森を切り開いて家を建てる。夜にも明かりをともし、暗闇をなくす。それは、人間にとっては役に立つことなのでしょう。残念なのは、その行為の意味を、人間が忘れてしまっている、ということです。青い鳥は私たちの最後の願い。今はまだ、夜のしじまの中で安息の時を過ごしていなければならないのです。人間がすべてを知るには、まだ早すぎます。」 カシワの精の言っていることは、少し難しかったけれど、チルチルとミチルには、ほんのちょっとだけ意味が分かるような気がした。 二人の心に迷いが生じたその時、炎の精が決然と口を開いた。 「あんたの言い分は分からんでもない。だがな、俺たちはベリリュンヌと約束しちまったんだ。青い鳥を捕まえるってな。だから絶対に夜の宮殿に行く。」 そうして絶対に光の精と会う、という決意が、その言葉にはみなぎっていた。 「わたくしからもお願いします、カシワの精。少なくとも、この子たちの鳥を探さねばなりません。きっと夜の女王が、庭からその鳥だけを返してくれることでしょう。」 水の精もまた、夜の女王に会いたい一心で、愁いを込めたまなざしで言った。 「おやおや、あなた方までそのようなことを言うとは……。いたしかたありません。手荒なことはしたくないんですがね〜。」 カシワの精はやおら振り返ると、大きな声で叫んだ。 「あ〜、もしもし熊さ〜ん、出番ですよ〜。」 「おう。俺にできることがあったら、遠慮なく言ってくれ。」 木々の間から、いかつい肩の大男が現れると、一行の前に立ちはだかった。 「設定では狼さんも出るはずなんですがねー。狼さんがいないので狐さんに頼んだら、『くだらないね。なんでこの僕がそんなことしなくちゃならないのさ。』とか言って帰っちゃったんですよー。協調性というのは大事なんですがねー。」 非常に緊迫した場面のはずなのだが、カシワの精がしゃべっていると、何となく力が抜けていくような気がする。 「心配するな。こんな連中、俺一人で食い止めてみせる。」 軍人肌のような熊の台詞が、炎の精を刺激した。 「ふ、言ってくれるじゃないか。炎を扱えるのは人間のみ。お前たち動物に、この炎の精が倒せるものか。」 にらみ合う二人の側に、チローが駆け寄った。 「俺も手伝います! さあ、チレットも!」 だがチレットは動こうとしなかった。 「オレはいやだぜ。」 「どうしたんだよ、チレット!」 「考えてみろよ。このおっさんの言ってることの方がもっともじゃねーか。なんでオレたち、人間の言いなりにならなきゃなんねーんだよ。おかしいじゃねーか。」 そして急に駆け出したチレットは、チローと炎の精の側を走り抜けると、そのままカシワの精の横に立った。 「オレはこっちにつくぜ。」 「ああー、猫さん、あなたは本当は素直な良い子だったのですねえ、うんうん。」 「猫さんとか呼ぶなっ、気色わりいっ!」 そのチレットの行動に激怒したのは、飼い主のチルチルとミチルではなくて、まっすぐをモットーとするチローの方だった。 「チレット、お前ってやつは、日ごろのご恩も忘れて、主人を裏切るなんて最低だ! 今日という今日は、絶対に許さないぞ!」 「いいじゃないか、チロー。水の精はどうせ戦う気がないだろうから、これで2対2、フェアってもんだぜ。」 余裕しゃくしゃくといったふうの炎の精は、腰に提げた大剣を今にも抜こうとしている。 「うわーん、やめてよー、ぼくこんなのいやだよーっ。」 半べそをかきながら叫んだチルチルに、背後からそっと水の精がささやいた。 「ペンダントの宝石をまわすのです、チルチル。」 「えっ?」 「わたくしは争いごとは嫌いです。さあ、早く宝石を!」 水の精の言葉に従って、チルチルが急いでペンダントの宝石をまわすと、あたりはまばゆい光に包まれた。 そして気が付くと、夜の森はあとかたもなく、ただ乳白色の光の中に六人がいるだけだった。 「ちっ、余計なことを。」 炎の精はそう呟きながら水の精を一瞥すると、抜きかけた剣を鞘に納めた。 一方、チローとチレットのバトルは当然ながら続いていた。 もう止めないで気が済むまでやらせてあげよう。そう思ったミチルは、二人のバトルを無視して水の精に問い掛けた。 「それより、ここはどこなのかしら。」 「わたくしにもよくわかりません。夜の森から時空を急にずらしたはずですが……。」 「あっ、待って!また誰か来るよ!」 今度はさすがにチローとチレットもバトルを止めて、様子を伺った。 すると、淡い光の中を近づいて来たのは、青い服を着た眼鏡の男だった。 「ああ、これは……。ようやくお会いできましたね。」 「なんか、さっきとおんなじ展開〜?」 「もう、お兄さまったら、しっかりして! あの、あなたは一体どなたですか?」 近くまで来て立ち止まったその男は、眼鏡に手をやると、てきぱきと話し始めた。 「私は時間を司る管理人です。皆さんを夜の宮殿まで道案内するために、お探ししていたのです。」 「あなたが時の精霊さん? なんかイメージ違う……。」 「時の精霊ではありません。時の管理人です。現在私は、光の精に情報端末としてモバイルされています。あなた方に宮殿への道をお教えしたら、直ちに光の精にデータを還元せねばなりません。」 「……俺、この人が言ってること、何だかよくわからないや。」 「ふん、てめーの頭じゃそうだろうな。」 囁き合うチローとチレットをよそに、炎の精が時の管理人ににじり寄った。 「ということは、あんたは光の精の側近で、あの方の居場所を知っているってことか?」 「側近という、価値判断を含んだ表現は不適切です。これは目的合理的に決定されたことであり、維持可能な範囲での暫定的な措置です。」 「チレット、今度も分かるのか?」 「……今度はオレにもさっぱりだ。」 意味がわからないなりにも、どうやら自分たちの敵ではないらしい、と悟ったチルチルがストレートに尋ねた。 「ねえ、ぼくたち、光の精より先に夜の宮殿に着けるの? 遅れると、ぼくの鳥さんがどうにかなっちゃうかもしれないんだよ? 夜の女王はぼくの鳥さんを返してくれるよね?」 「第一の問いに対する解答は肯定です。その次は問いではなく単なる仮定ですので黙過されます。第二の問いについては不知です。」 チルチルは黙ったまま、すがるような目で水の精を見た。 「要するに、必ず光の精より先に宮殿に着けるけれど、あなたの鳥のことはわからない、ということのようです。」 チルチルの意図を正確に察した水の精は、時の管理人の言葉を翻訳してやった。 「そんなあ。ぼくの青い鳥さん……」 「ちょっと待て。なぜ光の精より先に宮殿に着けるんだ? あんたがここで待っているということは、あの方はこの近くにいらっしゃるのだろう?」 炎の精の関心は、青い鳥よりも、もっぱら光の精の方にあるのだった。 「あなた方が光の精の登場を希望する、その心情の絶対値が最大になった瞬間に、彼女はその場に出現します。私の計算によれば、そのような事態は、夜の宮殿で生じる可能性が確率的に最大です。さあ、随分無駄な時間を使ってしまいました。私に付いてきてください。」 そう言うと、時の管理人はきびすを返して、淡い光の中を歩き始めた。 「今のはどういうことなのかな?」 チローが思いっきり首をかしげた。 「つまりは、光の精に一番来てほしいと思った瞬間に来てくださる、そういうことだ。」 「そのようですね。」 炎の精も水の精も、解釈は一致したようだった。 「甘いぜ。」 否定の言葉をはさんだのはチレットだった。 「どういうことだ?」 「絶対値ってのは、プラスとマイナスを区別しないんだ。絶対値が最大ってことは、プラスに最大かマイナスに最大か、どっちかだ。」 「そうすると……」 「一番来てほしい時か、一番来てほしくない時か、そのどっちかってことだな。」 時の管理人風に言うならば、夜の宮殿で起きる事態としたら一番来てほしくない状況になる可能性がきわめて高い、ような気がする。 一同は暗澹とした気持ちになりながら、遠ざかっていく時の管理人の後を追って行った。 |