「青い鳥」アンジェリークSpecial2 version
 
第3幕  夜の宮殿
 
 
夜の女王は、宮殿の大広間で、寝椅子に横たわったまま水晶球を見つめていたが、やがてそれを傍らに置くと、気怠げに頬杖をついた。 
「………来たか。面倒なことだな………」 
その時、大広間の扉が開き、二人の小姓が入ってきた。二人とも、エスニックというかエキゾチックというか、とにかくそういういでたちである。 
「女王様、お客様がお見えです。珍しい方々です、あは。」 
快活そうな方の小姓が微笑みながら告げると、もう一方の小姓がもじもじと付け加えた。 
「あ、あの、ですね、えっと、人間の男の子と女の子と、あと、ですね、えっと……」 
「わかっている。通せ。」 
「はい!」 
夜の女王のいつになく明快な指示に、二人の小姓は嬉々として、珍客を招き入れるべく大広間を出て行った。 
ちなみに彼らの出番はこれだけで、後はもうない。 
「………………………」 
夜の女王が何も言わないでいる間にも時間は進み、突然、扉の外が騒々しくなると、鳥かごを抱えたチルチルを先頭にした一行が、部屋に踏み込んできた。 
「あっ、あなたが夜の女王ですか?はじめまして。ぼくチルチルといいます。こっちは妹のミチルです。」 
「わたくしは水の精、お目にかかれて嬉しく存じます、夜の女王。」 
「これはこれは、月と星を従える夜の女王、その麗しきお姿を拝する栄誉に接し、光栄の極みでございます。」 
「え、炎の精…?」 
「フッ、俺は女性に礼儀を欠いたりはしないのさ。」 
「そうですよね、あいさつは大事ですよね!俺、チローっていいます!よろしく!」 
「よお、オレはチレットだ。一応、仁義は切っとくぜ。」 
珍しく連携良く、メンバーは自己紹介を終えた。 
「………何か用か。」 
愛想の無い夜の女王の物言いに、チルチルは少しひるんだが、ようやくここまで来たのである。思い切って、というより、相変わらずストレートに口を利いた。 
「ぼくの青い鳥を返してください。お願いします。」 
「お前の青い鳥?」 
「ぼくの青い鳥さんが、きっと夜の庭に紛れ込んだだろうって、ベリリュンヌさんが……。」 
「知らんな。」 
「そんなあ。」 
がっくりと肩を落とすチルチルに向かって、炎の精が言った。 
「どうせそんなことだろうと思っていたぜ。協力的な夜の女王なんて、聞いたことがないからな。」 
「炎の精、あなたは先ほど、礼儀をわきまえると言ったばかりではありませんか。そのように無礼な……」 
「最低限の礼儀は守るが、夜の女王の無愛想に真剣に付き合うつもりはないね。」 
「そうです、よく考えると、俺たちがちゃんとあいさつしたのに、夜の女王はあいさつしてません!」 
「おう、その通りだぜ。シカトする気かよ。」 
「ふっ、騒々しいことだ………」 
「申し訳ありません、夜の女王。わたくから無礼をお詫び申し上げます。」 
「謝ることないです!あいさつは人間関係の基本なんです!」 
「あんまりなめんじゃねーぞ。」 
「………………………」 
「ああ、二人ともお止めなさい。ここは夜の女王の宮殿なんですよ。」 
「かまうものか。血気盛んなお子様たちの好きにさせたらいいじゃないか。」 
「相変わらず乱暴なことがお好きなのですね、炎の精。」 
「俺としては、どうせなら、例の最悪の事態ってやつを、さっさと起こしちまいたいんでね。」 
「またそのようなことを……。」 
流れに付いていけなくて呆然とするチルチルとミチルを無視して、精霊たちはどんどん話を進めていく。 
「でもよぉ、最悪の瞬間に出てくる光の精って、どんなんだ?」 
「どうって、どういう意味だい、チレット。」 
「だってよー。別に最悪でなくても雷ビシバシ落とすんだぜ? それで最悪っつったらよー。」 
「うーん、おでこからビームとか出したりするのかもしれないな。ははっ。」 
「ぶっ」 
「………………………」 
「あなた方は、言い難いことを、さらりと言ってしまうのですね。ふふ。」 
「その、ふふ、は何だ。ふふ、は。」 
「いえ、別に、大した意味は。」 
「……俺、なんかまずいこと言ったかな。」 
「いや、おめえにしてはなかなかいい線いってるぜ。大体、あんなに怒ってばっかりいたら、でこも広くなるよなー。」 
「それはお前らが迷惑ばかりおかけするからだろうが!」 
「そういう炎の精も、随分心労をおかけしているのではないのですか?」 
「………………………」 
「じゃあ、光の精のおでこが広くなったら、俺たち全員の責任ってことですね!」 
「そこでさわやかに笑うなっ!」 
「………………………」 
「ねえ、ねえ〜、これじゃあ、どれが誰の台詞かわかんないよ〜」 
「ちょっと待て。なんかうざってーぞ。夜の女王がしゃべりすぎなんじゃねえか?」 
「別にしゃべっておられるわけではないでしょう。」 
「………………………」 
「ほらまた。」 
「フッ、夜の女王は無口な振りをして、案外目立ちたがり屋だからな。」 
「だからしゃべってないんですってば。」 
「………………私ではない。」 
「ほら………って、え?」 
「………………そなたたち、言いたいことはそれだけか。」 
「!!!!!」 
その瞬間、精霊たちは、声にならない叫びをあげて、壁際に跳びずさった。チルチルとミチルもつられて跳んでいた。 
そこに立っていたのは、誰がどう考えても、光の精その人である。 
「こ、ここで、お会いできるとは、こ、この炎の精、恐悦に…」 
「よい。そなたの変わらぬ忠節、嬉しく思うぞ。そなたたちには言いたいこともあるが、しかし、今はそれに関わっている余裕はない。私が話があるのは、その者だけだ。」 
光の精がびしっと指差したその先には、夜の女王が、寝椅子の上で頬杖をつく、冒頭の姿勢のままで寝そべっていた。 
「ふっ、こんなところでお前と会うとはな。」 
「夜の女王、この私がここまで来られる機会というのは、滅多にあるものではない。今ここで、是非ともそなたに質さねばならぬことがある。」 
「勿体をつけずに早く言うのだな。」 
「そなたはあの怪しい商人を知っているであろう。」 
「知らんな。」 
「そんなはずはない。あの胡散臭い商人のことだ。」 
「………お前が言っているのは謎の商人のことか。」 
「やはり知っているではないか。しらばくれようとしても無駄だ。」 
「あれは『謎の商人』が登録商標なのだ。他の名で言われてもわかるはずがない。」 
さすが、さすがだわ。ミチルは今、猛烈に感動していた。さすが日なた派の親分と湿っぽい派の親分。静かな会話に見えても、見えない火花が散っているのが感じられる 
「とにかく、その謎の商人とやらが、青い鳥の羽根を売り捌いているというではないか。私の下に、そなたが夜の庭の青い鳥を横流ししているとの情報が入っている。どうなのだ、夜の女王、身に覚えがあるか。」 
「………………………」 
「答えられぬのか。夜の庭を管理するのは夜の女王の職務。疑われるだけでも恥ずべきことだ。重責を担う女王としての自覚が足りぬのではないか。」 
「………どうせ何を言っても聴くつもりもなかろう。」 
そう言いながら、夜の女王は面倒そうに身を起こした。 
「何を言う。そもそも、そなたのそのような態度が醜聞を招くのであろう。そなたのような無責任な輩であっても、女王に選ばれたからには全力を尽くすものと思っていたが。」 
「女王など………………やりたくてやっているわけではない。」 
「なにっ。」 
「そんなに大事なものならば、お前が自分でやればいい。」 
「そなたの怠惰もそこまで極まったか!」 
「お二人とも、やめてください!」 
この凶悪なほどに険悪な会話に割って入る勇気があったのは、やはり「ゴーゴー!レッツゴー!」な犬のチローだった。 
「今は女王の配役でもめてる場合じゃないと思います! もっと大事なことがあるじゃないですか!」 
別に、女王の配役でもめていたわけではなかったのだが、チローの勢いに押されて、光の精と夜の女王はふと口をつぐんだ。 
その隙を突いて、炎の精がすかさずフォローを入れた。 
「若干論点がずれてはいますが、チローの言うことももっともです。今一度本筋に戻って、青い鳥のお話をお願いいたします。」 
さっきまで、青い鳥なんかどうでもいいようなことを言っていたくせに、光の精の前では変わり身の早い炎の精である。 
「そうか。そうであったな。青い鳥の話であった。」 
光の精がしかつめらしい顔で言うと、それまで青ざめた顔で成り行きをうかがっていたチルチルが、おそるおそる声を出した。 
「あの、青い鳥が売られてるって、本当ですか?ぼく、ぼくの鳥さんのことが心配で…」 
「大丈夫ですよ、チルチル、夜の女王は青い鳥をひどい目に合わせたりなどしていませんよ。ええ、さっきからそんなことは一言もおっしゃっていませんとも。」 
水の精は、チルチルをなぐさめながら、力を入れて最後の台詞を言った。 
「なんか、話が見えねえんだけどよー。」 
その時、チレットが口をとがらせて言った。 
「青い鳥ってよー、どの青い鳥のことなんだよ。」 
「どういうことだい、チレット。」 
「だからよー。オレたちは、チルチルの青い鳥を探しに来てるはずだろ?で、夜の庭には、光に当たると死んじまう青い鳥がいるんだろ?これはたくさんいるんだよな?そしたら今度は、商人が売ってる青い鳥の話だろ?その前には、夜の森でカシワの精のおっさんが、ほんとの青い鳥は渡せないとか言ってたしよー。誰か、ちゃんと整理してくれねえと、わかんねえよ。」 
いいえ、今あなたがきちんと整理してくださいました。ミチルはまた感動していた。これまでうやむやにされてきた青い鳥の種類を、チレットがちゃんと数え上げたのである。しかも、カシワの精の話をきちんと覚えていたのだ。カシワの精も、草葉の陰で泣いて喜んでいることだろう。 
 
 
第3幕の続き