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夜の女王は、宮殿の大広間で、寝椅子に横たわったまま水晶球を見つめていたが、やがてそれを傍らに置くと、気怠げに頬杖をついた。 「………来たか。面倒なことだな………」 その時、大広間の扉が開き、二人の小姓が入ってきた。二人とも、エスニックというかエキゾチックというか、とにかくそういういでたちである。 「女王様、お客様がお見えです。珍しい方々です、あは。」 快活そうな方の小姓が微笑みながら告げると、もう一方の小姓がもじもじと付け加えた。 「あ、あの、ですね、えっと、人間の男の子と女の子と、あと、ですね、えっと……」 「わかっている。通せ。」 「はい!」 夜の女王のいつになく明快な指示に、二人の小姓は嬉々として、珍客を招き入れるべく大広間を出て行った。 ちなみに彼らの出番はこれだけで、後はもうない。 「………………………」 夜の女王が何も言わないでいる間にも時間は進み、突然、扉の外が騒々しくなると、鳥かごを抱えたチルチルを先頭にした一行が、部屋に踏み込んできた。 「あっ、あなたが夜の女王ですか?はじめまして。ぼくチルチルといいます。こっちは妹のミチルです。」 「わたくしは水の精、お目にかかれて嬉しく存じます、夜の女王。」 「これはこれは、月と星を従える夜の女王、その麗しきお姿を拝する栄誉に接し、光栄の極みでございます。」 「え、炎の精…?」 「フッ、俺は女性に礼儀を欠いたりはしないのさ。」 「そうですよね、あいさつは大事ですよね!俺、チローっていいます!よろしく!」 「よお、オレはチレットだ。一応、仁義は切っとくぜ。」 珍しく連携良く、メンバーは自己紹介を終えた。 「………何か用か。」 愛想の無い夜の女王の物言いに、チルチルは少しひるんだが、ようやくここまで来たのである。思い切って、というより、相変わらずストレートに口を利いた。 「ぼくの青い鳥を返してください。お願いします。」 「お前の青い鳥?」 「ぼくの青い鳥さんが、きっと夜の庭に紛れ込んだだろうって、ベリリュンヌさんが……。」 「知らんな。」 「そんなあ。」 がっくりと肩を落とすチルチルに向かって、炎の精が言った。 「どうせそんなことだろうと思っていたぜ。協力的な夜の女王なんて、聞いたことがないからな。」 「炎の精、あなたは先ほど、礼儀をわきまえると言ったばかりではありませんか。そのように無礼な……」 「最低限の礼儀は守るが、夜の女王の無愛想に真剣に付き合うつもりはないね。」 「そうです、よく考えると、俺たちがちゃんとあいさつしたのに、夜の女王はあいさつしてません!」 「おう、その通りだぜ。シカトする気かよ。」 「ふっ、騒々しいことだ………」 「申し訳ありません、夜の女王。わたくから無礼をお詫び申し上げます。」 「謝ることないです!あいさつは人間関係の基本なんです!」 「あんまりなめんじゃねーぞ。」 「………………………」 「ああ、二人ともお止めなさい。ここは夜の女王の宮殿なんですよ。」 「かまうものか。血気盛んなお子様たちの好きにさせたらいいじゃないか。」 「相変わらず乱暴なことがお好きなのですね、炎の精。」 「俺としては、どうせなら、例の最悪の事態ってやつを、さっさと起こしちまいたいんでね。」 「またそのようなことを……。」 流れに付いていけなくて呆然とするチルチルとミチルを無視して、精霊たちはどんどん話を進めていく。 「でもよぉ、最悪の瞬間に出てくる光の精って、どんなんだ?」 「どうって、どういう意味だい、チレット。」 「だってよー。別に最悪でなくても雷ビシバシ落とすんだぜ? それで最悪っつったらよー。」 「うーん、おでこからビームとか出したりするのかもしれないな。ははっ。」 「ぶっ」 「………………………」 「あなた方は、言い難いことを、さらりと言ってしまうのですね。ふふ。」 「その、ふふ、は何だ。ふふ、は。」 「いえ、別に、大した意味は。」 「……俺、なんかまずいこと言ったかな。」 「いや、おめえにしてはなかなかいい線いってるぜ。大体、あんなに怒ってばっかりいたら、でこも広くなるよなー。」 「それはお前らが迷惑ばかりおかけするからだろうが!」 「そういう炎の精も、随分心労をおかけしているのではないのですか?」 「………………………」 「じゃあ、光の精のおでこが広くなったら、俺たち全員の責任ってことですね!」 「そこでさわやかに笑うなっ!」 「………………………」 「ねえ、ねえ〜、これじゃあ、どれが誰の台詞かわかんないよ〜」 「ちょっと待て。なんかうざってーぞ。夜の女王がしゃべりすぎなんじゃねえか?」 「別にしゃべっておられるわけではないでしょう。」 「………………………」 「ほらまた。」 「フッ、夜の女王は無口な振りをして、案外目立ちたがり屋だからな。」 「だからしゃべってないんですってば。」 「………………私ではない。」 「ほら………って、え?」 「………………そなたたち、言いたいことはそれだけか。」 「!!!!!」 その瞬間、精霊たちは、声にならない叫びをあげて、壁際に跳びずさった。チルチルとミチルもつられて跳んでいた。 そこに立っていたのは、誰がどう考えても、光の精その人である。 「こ、ここで、お会いできるとは、こ、この炎の精、恐悦に…」 「よい。そなたの変わらぬ忠節、嬉しく思うぞ。そなたたちには言いたいこともあるが、しかし、今はそれに関わっている余裕はない。私が話があるのは、その者だけだ。」 光の精がびしっと指差したその先には、夜の女王が、寝椅子の上で頬杖をつく、冒頭の姿勢のままで寝そべっていた。 「ふっ、こんなところでお前と会うとはな。」 「夜の女王、この私がここまで来られる機会というのは、滅多にあるものではない。今ここで、是非ともそなたに質さねばならぬことがある。」 「勿体をつけずに早く言うのだな。」 「そなたはあの怪しい商人を知っているであろう。」 「知らんな。」 「そんなはずはない。あの胡散臭い商人のことだ。」 「………お前が言っているのは謎の商人のことか。」 「やはり知っているではないか。しらばくれようとしても無駄だ。」 「あれは『謎の商人』が登録商標なのだ。他の名で言われてもわかるはずがない。」 さすが、さすがだわ。ミチルは今、猛烈に感動していた。さすが日なた派の親分と湿っぽい派の親分。静かな会話に見えても、見えない火花が散っているのが感じられる 「とにかく、その謎の商人とやらが、青い鳥の羽根を売り捌いているというではないか。私の下に、そなたが夜の庭の青い鳥を横流ししているとの情報が入っている。どうなのだ、夜の女王、身に覚えがあるか。」 「………………………」 「答えられぬのか。夜の庭を管理するのは夜の女王の職務。疑われるだけでも恥ずべきことだ。重責を担う女王としての自覚が足りぬのではないか。」 「………どうせ何を言っても聴くつもりもなかろう。」 そう言いながら、夜の女王は面倒そうに身を起こした。 「何を言う。そもそも、そなたのそのような態度が醜聞を招くのであろう。そなたのような無責任な輩であっても、女王に選ばれたからには全力を尽くすものと思っていたが。」 「女王など………………やりたくてやっているわけではない。」 「なにっ。」 「そんなに大事なものならば、お前が自分でやればいい。」 「そなたの怠惰もそこまで極まったか!」 「お二人とも、やめてください!」 この凶悪なほどに険悪な会話に割って入る勇気があったのは、やはり「ゴーゴー!レッツゴー!」な犬のチローだった。 「今は女王の配役でもめてる場合じゃないと思います! もっと大事なことがあるじゃないですか!」 別に、女王の配役でもめていたわけではなかったのだが、チローの勢いに押されて、光の精と夜の女王はふと口をつぐんだ。 その隙を突いて、炎の精がすかさずフォローを入れた。 「若干論点がずれてはいますが、チローの言うことももっともです。今一度本筋に戻って、青い鳥のお話をお願いいたします。」 さっきまで、青い鳥なんかどうでもいいようなことを言っていたくせに、光の精の前では変わり身の早い炎の精である。 「そうか。そうであったな。青い鳥の話であった。」 光の精がしかつめらしい顔で言うと、それまで青ざめた顔で成り行きをうかがっていたチルチルが、おそるおそる声を出した。 「あの、青い鳥が売られてるって、本当ですか?ぼく、ぼくの鳥さんのことが心配で…」 「大丈夫ですよ、チルチル、夜の女王は青い鳥をひどい目に合わせたりなどしていませんよ。ええ、さっきからそんなことは一言もおっしゃっていませんとも。」 水の精は、チルチルをなぐさめながら、力を入れて最後の台詞を言った。 「なんか、話が見えねえんだけどよー。」 その時、チレットが口をとがらせて言った。 「青い鳥ってよー、どの青い鳥のことなんだよ。」 「どういうことだい、チレット。」 「だからよー。オレたちは、チルチルの青い鳥を探しに来てるはずだろ?で、夜の庭には、光に当たると死んじまう青い鳥がいるんだろ?これはたくさんいるんだよな?そしたら今度は、商人が売ってる青い鳥の話だろ?その前には、夜の森でカシワの精のおっさんが、ほんとの青い鳥は渡せないとか言ってたしよー。誰か、ちゃんと整理してくれねえと、わかんねえよ。」 いいえ、今あなたがきちんと整理してくださいました。ミチルはまた感動していた。これまでうやむやにされてきた青い鳥の種類を、チレットがちゃんと数え上げたのである。しかも、カシワの精の話をきちんと覚えていたのだ。カシワの精も、草葉の陰で泣いて喜んでいることだろう。 |