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「お兄さん、重いけど大丈夫かね?」 「ええ。今日にも必用な物ですから、全部持って帰ります」 「そうかい?じゃ、気を付けて帰んなよ」 雑貨屋の主人が、両手で一抱えもある袋をキールの手に渡す。 袋の中身は希少価値のある薬草、薬品、宝玉が満載である。 クライン国内では気候の関係から手に入りにくい薬草などは、 月に一度くらいの割合で隣国から入荷してくる分を定期的に買い抑えるのが習慣になっていた。 身体でドアを押し開け、道に出る。 その時だった。 「うわっ!?」 ドンッ、と何者かに体当たりされた。と、同時に手の中の荷物を引ったくられる。 しまった、と思った時には、既に体当たりをしてきた本人は駆け出していた。 若い男である。 おそらくキールが定期的にこの店を利用するのを知っていて張っていたのだろう。 一瞬の事で呆気に取られたが、すぐに我に返る。 ごく小さな声で、足止めの呪文を紡ぎ始めた瞬間――― 「こらーーーっ!待ちやがれ!!そこの男!!!」 予想外の威勢のいいその声に背を押されて、思わずつんのめりそうになる。 風のように横を駆け抜け、前を走っていた男に飛びついたのは、銀髪の新米騎士。 「白昼堂々引ったくりとはいい度胸だ。すぐに鬼より怖い騎士団上層部に突き出してやるから覚悟しな」 ガゼルは男の背に飛びつくと、共に強引に倒れ込み器用に賊の腕を捻り上げ、 常に携帯しているロープで賊を縛り上げて追い付いたキールの前に引き立てた。 「この通り、賊は現行犯で取り押さえました!」 「ああ、すまない。助かった」 「丁度通りかかったんですよ〜。何だか凄い荷物だから持つの手伝おうかと思ったら、こいつが」 ポカリとガゼルが賊の頭をはたく。 「きっと初めっから狙われてたんですよ」 おや、とキールは目を瞠った。 ただ目の前の賊を捕まえるだけに執心していたのかと思いきや、ガゼルはちゃんと前後の状況を考慮していた。 騎士団の教育の一環で、シルフィスと共に自分の研究室に出入りしていた頃とは、流石に面構えも変わっている。 あの頃は、今では彼自身の妻となったメイもクラインに召還されたばかりの頃で、寄ると触ると騒動を起こしていた時期だった。 瞳のあたりなどにまだまだ少年のあどけなさが残っているが、 正式な叙勲を受けた騎士となった今では、正義感と責任感がバランス良く保たれているらしい。 「俺もそう思う。この店はこの辺りでは品揃えがいいんで、高額な物も含めて定期的に利用していた。 今度からは、店の中から用心しないといかんな」 「そうした方がいいです。何かあってからじゃ遅いですから」 はい、と賊の身体の下敷きになった袋を持ち上げ、キールに差し出す。 キールはその袋を受け取り、袋から零れ落ちそうになったビンを支えようとした。 だが――― ぱきん。 「……あ、割れた……」 キールは無言。ガゼルの顔からは、洗い落としたように色が失せていく。 大の男が上に二人も乗ったのだ。ヒビの一つや二つ入ったとしてもおかしくはない。 キールの手の中で割れたビンからさらさらと、何かの粉が零れ落ちて、風に舞って消えて行った。 「すいません、本当に……」 しゅーーんという風情で、ガゼルがキールの後ろをついて歩いている。 尻尾があればきっと垂れ下がってしまっているだろう。 手には1ビン欠けた先程の袋を抱えていた。ただし、量は半分である。 ちなみに先程捕らえた賊は、別ルートで警邏していたシルフィスとばったり出会った為、彼女に引き渡した。 「割れてしまった物は仕方ない。他の物が残っただけでも十分だ」 残りの半分を抱え、キールが後ろのガゼルに声をかけた。 この全てが盗られていたらシャレにならない損失だったから、1ビンで済んで良かったと言うべきだろう。 本当は自分で持つからいいと言ったのだが、それについてはガゼルは頑として聞き入れなかった。 押し問答しても仕方ない事なので、ラボまで半分ずつ運ぶという事でやっとガゼルが頷いたのである。 「あのぅ、さっきのビンの中身って何だったんですか?」 ちょっと聞くのが恐かったのだが、聞かない訳にもいかない。 自分の力が及ぶ範囲であるのなら、弁償するのが筋というものだろう。 「聞かない方がいいぞ」 うっ、と少し引いてしまったが、何とか踏みとどまった。 「いえ、けじめはちゃんとつけないと」 「鬼より怖い騎士団上層部に示しが付かないか」 自分の台詞を返されて、頭に浮かんだのは以前の上司と現在の上司の顔。 以前の上司は問答無用で迫力があった。決して不条理な処分をする人ではないのだが、自分にも他人にも厳しい人だ。 現在の上司は騎士団の良心とも呼ばれるほど常は穏健な人だが、こちらも決して甘い人ではない。 「教えてください。弁償しますから」 ガゼルは遂に意を決した。 「あのビンの中身は、ある植物を乾燥させて粉末状にしたものだ。 精製は俺でも出来るが、その植物は気候の関係でクラインには自生していない。 世話も難しいので、あまり栽培している者もいない。 時価なので変動はあるが、大体、今お前が持ってる荷物と同じくらいの価値があの1ビンにはあったな」 「……これだけで、大体どのくらい……?」 キールが告げたその金額は、ゆうにガゼルの3ヶ月分の俸給に相当した。 くらーりと眩暈がする。 「聞かない方が良かっただろ?」 結婚してから丸くなったともっぱらの噂であったキールが、苦笑いしてガゼルを振り返る。 「弁償の必要はない。ちゃんとお前は、他の物は取り返してくれた。 全てを盗られた場合の損失と、あの1ビンの損失とでは、明らかに後者の方がマシだ。お前は責務を果たしたよ」 「……いいえ、何とかします。出来るだけの事はします。 これでも俺の実家は商売をしてるので……聞いてみます。その植物の名前は?」 きっ、とガゼルがキールを見返す。もはや意地になっていた。 |