雪が昨夜降り、地面が凍りついた土の上を少年騎士が歩いていた。
すっかり葉の散りきった木々に灰色の空。
「やべ……。又雪が降ってきそうだな」
早朝の王宮を巡回中の少年騎士、ガゼルは空を見上げて呟いた。
早く、王宮の中にある近衛騎士団の詰所へ戻ろうとガゼルは足を王宮へと向けた。
その時、微かな泣き声がした。
『ミュー……』
「ん……?」
声のした方向へガゼルは顔を向けた。
冷たく凍えかけた子猫が中庭の茂みの下に震え切っているのをガゼルは見つけた。
子猫を抱き上げるが、子猫の身体は冷たく、死にかけている。慌てて子猫を抱きかかえて、王宮の侍女たちの部屋に走った。
「おいっ!誰かいるか?」
ガゼルはどんどんと部屋の扉を激しく叩く。
アイリーンはとろとろと暖かいまどろみの中にいた。
そこにどんどんと部屋の扉を激しく叩く音。
「んもー。なによ〜」
不機嫌極まりない顔でベッドから起きあがり、寝巻きの上にショールをはおる。
「アイリーン?こんな早朝に何?」
同室の侍女が目を擦りながらアイリーンに尋ねる。
「さあ?わからないわ」
眠いと同じように目を擦りながら答えたアイリーンは扉を開く。
そこには慌てる馴染みの近衛騎士、ガゼルがいた。彼は何か小さいものを抱えながら真っ青な顔をしていた。
「ア、アイリーン、良かった。助けてくれよー!」
「ガゼル?」
「こいつ、凍え死にそうなんだ!」
ばたばたしていたアイリーンとガゼルにディアーナが気付いたのはガゼルが子猫をアイリーンの部屋に連れて行ってから直後。寒いので厨房に忍びこんでミルクを温めて飲もうと思いつき、こっそりと部屋を出たディアーナは真っ青な顔で廊下を走り回るアイリーンとガゼルを見た。
「どうしたんですの?」
そしてディアーナは王宮付きの侍医を叩きおこし、子猫を診させた。
手のひらに収まる大きさの白い毛に灰色の斑がある子猫。
手のひらの温もりがいとおしい。まだ目が開いたばっかりでディアーナがいないとミューミューと鳴いてディアーナの姿を捜し求める。
「可愛いんですの」
ディアーナは子猫をいとおしい者を守るように胸に抱き寄せながらガゼルに微笑む。
「……」
自分に対しては毛並みを逆立ててフーッと威嚇する子猫がディアーナの前では正反対。
正直、ガゼルはムッとしていた。
「何だよ、こいつ命の恩人のオレには全然懐かずに何でディアーナにはこんなに懐くんだよ。しかもこんなにべったりしやがってさ、ディアーナも随分とこいつには優しいし……」
唇を尖らせて言うなり、ガゼルはふてくされた表情になる。
その会話を聞いていたディアーナ付きの侍女アイリーンは噴き出しそうになるのを必死で堪えた。
(か、可愛い……)
ガゼルの率直さが何とも言えない。
ディアーナはガゼルの言葉にかなりムッとする。
死にかけた子猫を必死に王宮付きの侍医に頼んで診てもらい、子猫の身体を暖かくして一晩中看護したのももちろん子猫が可愛いせいもあったが全部大好きなガゼルの為なのに!
ぷーっと頬を膨らませて
「まあ……。何ですの?ガゼルってば五歳の子どもみたいなことを言って……。死にかけた子猫を抱きかかえて真っ青になっていたのは誰でしたっけ?」
と言い返した。
「ご、五歳のこどもお?」
「そうですわ!だだっこみたいですわ!」
引きつるガゼル。
「何だよ、そういうディアーナだって……」
「何ですの?」
ガゼルは口ではディアーナに勝てない。だからと言って自分が子猫にやきもちを妬いていたなんて男のプライドにかけても認められない。
そんなガゼルをディアーナはフンッと鼻で笑った。
二人の会話が途切れ、すぐにガゼルは部屋の扉を開いて出て行く。
「ガゼルの馬鹿!」
「オレは馬鹿だよ!どうせな!」
売り言葉に買い言葉。
ばたばたと足音が遠ざかる。
「姫様……。少し言葉がすぎませんか?あれではあまりにガゼルが可哀想ですわ」
友達は大事に……と続きを言いかけたアイリーンの口が止まる。
「……」
ディアーナはぼろぼろ泣いていた。
「ど、どうしましょう?わ、わたくし……。ついガゼルに酷い言葉言ってしまいましたの〜」
ふえーとディアーナはその大きな瞳を涙一杯にしていた。
「え、えーと」
アイリーンは困り果てた。
後日ー。
王宮を巡回中のガゼルはぱたぱたと廊下を走り自分に近づいてくるディアーナを見てウッと声を上げそうになった。
「ガ、ガゼル待ってくださいな!」
「何だよ!」
そのまま知らない振りをしようとしていたガゼルは思わず怒鳴り返す。
「子猫の名前、わたくしガゼルって付けましたの」
ディアーナはガゼルにしか聞えない声でぼそりと呟くと又王宮の廊下をぱたぱた走り去った。
「……へ?」
残されたガゼルの顔は真っ赤になっていた。
→つづく
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