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1.うなる策略
「さーあっ、ついに夢の対決が実現いたしました! オールスター親善野球クライン対ダリス! 日頃の恨み辛み不平不満、陰謀中傷ヤジ殺意、全て忘れて楽しくストレス発散しようというのが本試合の目的です! 解説はリュクセルさん、実況はこの私メイ・フジワラでお送りします! では解説のリュクセルさん、よろしくお願いします!」 「・・・(無言)」 「・・・っはい! ありがとうございましたー! 一回表、まずはダリス率いる『太郎お好みやきんぐ』の攻撃です! バッターは・・・おおっと、老人です!よほど人材不足なのでしょうか! クラインベンチに動揺が走る中、ピッチャーシオン選手、すかさず抗議に向かいます!」 「ちょっと待て!こんなじーさん、相手になるかよ!年寄りはちゃんといたわれー!!」 シオンはしれっと立っているイーリスに向かってわめいた。しかし、返ってくる反応は冷たい。 「おや、そんなこと誰が決めたんです?仕方がないでしょう、あちらも人材不足なのですからね」 ・・・聞き方次第では、ダリスに味方しているように聞こえる。 (さては、買収されやがったか!) 「てめっ、イーリス!」 思わずイーリスの胸倉をつかみかけたシオンだが、低いつぶやきに動きを封じられた。 「・・・退場(ぼそっ)」 「ぐっ・・・きったねえぞ!!」 「それは心外ですね。このグラウンドでの主審は私・・・つまり、私がルールブックです。それをお忘れなく」 女かと見まごう美貌が一層輝いたかのような錯覚を覚えつつ、シオンはマウンドに戻っていった。 (奴はもう当てにはできねえな・・・) しかしこの男、そう簡単にへこたれる男ではない。彼の頭の中では、次なる作戦が着々と進行中であった。 (そっちがその気なら、こっちにだって考えがあるぜ) 「伊達に変人が出世する国じゃねえぜ(意味不明)!」 ザッ・・・!! シオンは大きく振りかぶった。 「満ち満ちし怒りの大気よ!」 ドゴオオッ! 投げられた白球は、見事に老人を直撃した。 倒れる老人、駆け寄る救護班。 「さすがはシオンです!第一球目から、すばらしい剛速球を披露してくれました!」 メイは、どうやら注目すべき点を間違っているようだ。球の速さうんぬんより、この場合老人の体を心配するのが筋であろう。 しかし、唯一ツッコミを入れてくれそうな解説は、なにやら別の事に興味があるのか、やはり黙り込んだままだ。 「いやー、すばらしい速さでしたねえ、リュクセルさん!」 「・・・あれ」 「あれ?」 メイは首をかしげつつ、指差された方角を見やった。 その先には・・・ 「おや・・・?主審とピッチャーがもめているようですね・・・?」 「シオン、今のは反則ですよ」 にっこり。 悪魔の微笑みとは、こういう笑顔のことに違いない。シオンはそう考えつつも、平然と答えてみせた。 「なんのことかな?」 「今、魔法を使ったでしょう?」 「えー?そうだったかなあ?だけど、使ったって文句言われる筋合いはないけどなあ。 それにしたって、相手はか弱いじーさんだぜ?俺だって突けば血が出る人間だしー、そんな非人道的なことはしないって(やったけど)」 「・・・」 勝った。 黙り込んだイーリスを見て、シオンは勝ち誇った笑みを浮かべた。しかし、次の瞬間その笑みが凍りつく。 「デッドボールですね。老人は使い物になりませんから、どなたか代走してください」 「・・・!」 (しまったあっ!!そういうルールがあったのか!) そういえば、昨日メイが『いい?バッターにボールをぶつけたら塁にでちゃうんだからね!』・・・とか言っていたような気がする。 「残念でしたね、シオン?」 「・・・うるさいっ」 自分自身の情けなさに怒っているのか、それとも「これは誰かの陰謀に違いない」と考えているのか、シオンはぶちぶち文句を言いながらマウンドに戻っていく。そこで、二つの視線に気がついた。 「シオン、分かっているんだろうな?これで先制点など入れさせてみろ、お前の給料どころか花壇も没収だ!」 ・・・菫色の瞳を持つライトから脅迫が。 「・・・」 ・・・普通にしていても、にらみつけているようにしか見えない碧眼のファーストからは、訳のわからない無言の圧力が。 (セイルはともかく、なんでレオニスから圧力が・・・?) その理由はすぐに知れた。 (げっ・・・こういうことかよ) ハアアッ・・・ 人知れず大きなため息をついて、シオンは思った。 (俺、もうこいつらと一緒にいるの、やだ・・・) 「うーん、それにしても老人が心配ですねー。なんだか脈を測っていたようですが、まあいいでしょう! 試合は続行しています!ダリスの代走は・・・人材不足のため、グラウンドボーイのテロリストが出塁するようです! えー、なおクラインのファーストは・・・その長身がひときわ目立つレオニス選手ですね! その姿はまるでグラウンドの火の見櫓!『ここから先は一歩も通さぬ』とでもいうような、弁慶さながらの気迫です!」 「・・・ベンケイって、なに?」 ・・・。 「・・・っはい!鋭いツッコミありがとうございました! さあ、ノーアウト一塁、次のバッターは・・・なんと、軍団長の娘です! クラインの国民でありながらダリスに寝返るとは、何が彼女をそうさせたのか? やはり失恋の痛手か、はたまたギャラの差か! おーっと!よく見れば、ダリス側の応援席で旗を振っている人物が・・・間違いありません! あの“娘LOVE”の旗は軍団長です!なんということでしょう、親子そろってダリスに味方しています! えー・・・少々お待ちください・・・今ダリス側応援席から入った情報によりますと、本日“ダリス応援ハッピ”と“ダリス応援メガホン”を限定販売しているとのこと!しかも両方に“娘LOVE”のロゴ入りです! ・・・って、それじゃあダリス応援グッズじゃなくて、娘応援グッズじゃなーい!! ・・・はっ、失礼いたしました。バッターボックスには軍団長の娘が立っています!さあ、どんな戦いを見せてくれるのでしょうか!」 その時彼は、一週間前から考えていた、ある計画を実行に移そうとしていた。 心の底には、まだわずかばかりのためらいがあったのだが、あの親子を見て決意した。 (・・・仕方がない。これも全て私の愛を貫くため) 気がつけば、いつも金の光を目で追っている自分。 今日もまた、その麗しい立ち姿にしばし言葉を失った。 その姿はまるで、グラウンドに咲く一輪の花。バッターボックスに立っている某軍団長の娘と比べるなど、おこがましいことこの上ない。 (そう、どんなことをしても) この時ファーストに向かったテロリストは、不運というほかない。ただでさえ近寄りたくない男に、向こうから声をかけられたのである。・・・運命とは、時として残酷に訪れるものだ。 「・・・おい」 「!?はいっ?」 背筋まで凍りつくかと思うほど冷たい声に振り返ろうとして、彼は背中に妙な感触を覚えた。 ファーストはそ知らぬ顔で続ける。その目は、相変わらずピッチャーをにらみつけている・・・かのように見える。 「分かっているだろうな?」 「え、なに・・・」 チャキッ。 テロリストは全てを悟った。背中に当たっているこれは・・・剣だ。 (なんで、こんなもん持ってるんだ!?) 誰かに目で訴えようにも、この状況では声も出せまい。いや、声を出す前に斬られるのがオチだ。 テロリストは返事の代わりに首を縦に振ってみせた。 『背に腹は変えられない』、『長い物には巻かれろ』、『郷に入りては郷に従え』などなど様々なことわざが頭の中を飛び交う。 ・・・どうやらダリスは戦う相手を間違えたようだ。彼は真剣にそんなことを考えていた。 ところ変わって、こちらは実況席。 「さあ、シオンはどのように攻めていくのでしょうか!見たところ、それほど強そうには思えませんが・・・おおっと、初球打ちです!打球はそのままショートのシルフィス選手の方へ!やはり恋の恨みか、女はこういう時恐ろしいですねー。おや?どうしたことでしょう、ファーストのレオニスがいません!・・・あっ、失礼いたしました!レオニスはものすごい勢いでショートへ走っていきます!」 打球が飛んでくる。 それは一瞬の出来事だった。 「シルフィスー、来ましたよー」 「はい、アイシュ様」 間延びしたアイシュの声に答えながら、シルフィスは今まさにボールを捕ろうとしている所だった。 (よし、捕るぞ!) そう決心して手を伸ばした、その時。 ドシャアアッ!ギュムッ! 「うわあああー!」 「アイシュ様?!」 誰かが倒れるような音と、踏みつけられるような音と、アイシュらしき悲鳴に気を取られ、ボールから注意がそれた。 (しまった!!) あわててボールを探そうとしたシルフィスは、すぐ隣りに立つ長身の男を見つけた。 「あっ・・・」 「大丈夫か?シルフィス」 「隊長っ!!」 レオニスの手には、しっかりとボールが握られている。そのボールをちんたら走ってきたテロリストにタッチして、ファーストに入っているシオンに投げる。 「レオニスー!!お前、なんでそんな所にいるんだよ!?」 文句をいいながらも、シオンは軍団長の娘をしっかりアウトにした。・・・あっと言う間にツーアウト。 「隊長・・・申し訳ありません、こんな所までわざわざ来ていただいて・・・やっぱり私、だめですね・・・」 うなだれるシルフィスには、もうレオニス以外何も見えていない。 そう、例えば「レオニス!ファーストに戻れ!」と怒鳴っている殿下や、レオニスに踏み倒されているアイシュの姿など、アウト・オブ・眼中だ。 しかし、それはレオニスとて同じこと。 自分の思い通りに事が運んだとほくそ笑んでいる本心などおくびにも出さず、優しくシルフィスを諭している。 「いや、お前が無事でよかった。しかし、気を抜くなよ。次が最も厄介な敵でからな」 「厄介・・・?」 バッターボックスに視線を移し、シルフィスは目を見開いた。 「あれって・・・」 「さー、あっと言う間にツーアウトとなりましたが、ダリスはここで早くも秘密兵器の登場です!その可愛らしい笑顔とは裏腹に、だまし討ちから泣き落としまで平然とやってのける一輪のバラ、ミリエール!今日は一体どんな技を見せてくれるのでしょうか!心なしか、ピッチャーの顔も青白くなっているようです!今彼の頭には、過去に見た様々な悪夢がよぎっていることでありましょう!隠し子騒動、殺人未遂、挙げ句の果てには失恋の元凶にまでなったバッターが相手では、さぞやりづらいことでしょう!このプレッシャーをどうはねのけるのか!ピッチャー大きく振りかぶって投げました!・・・って、うきゃあああ!!」 ガシャアアン!! 「おほほほほ、失礼。思わず手がすべりましたわ」 (笑顔だけは可愛いのに・・・) シオンは実況席を強打したボールを見送りつつ、背中に冷や汗が流れるのを感じた。 (さすがミリエールだぜ・・・実況の声を聞いて、しっかり報復しやがった) この場合、『地獄耳だから』という理由は通用しない・・・わけがない。彼女の驚異的な耳は、遙か遠くの観客一人一人の声までしっかりと聞き分けることができるのだ。 恐るべし、ミリエール。 シオンが攻め方を考えあぐねているうちに、実況席の復旧作業が終了したようである。 「あー、テステステス。本日は晴天なりー。はい、マイクの調子が戻ってきたようなので、実況を再開いたします!現在一回表『太郎お好み焼きんぐ』の攻撃、ツーアウトでバッターはミリエール!観客席の皆さんにお知らせです。本試合は、これからも予期せぬ打球が飛ぶ恐れがありますので、速やかに退却できる準備をしてください!」 シオンは心の中でボヤいた。 (第二の悪魔登場か?!どこの誰だか知らんが、俺になんの恨みがあるってんだ!?) 「ふふふ、お久しぶりですわねシオン」 「ミリエール、お前なあ・・・」 脱力しつつため息をつくピッチャーに、ミリエールはバットで高々と空を指し示してみせた。 「そんなへなちょこ球なんか、こうですわ!」 「なんとミリエール選手、自信たっぷりに予告ホームラン宣言です!なんという展開、なんという皮肉!ピッチャー怒りに震えつつ、第二球投げました!」 パキインッ!! 「おおーとおっ!小気味よい音とともにボールはぐんぐんと飛距離を伸ばしていきます!これは入るかー?!」 「ほほほほほ、余裕ですわね」 「なにいー?!」 いまさら走る必要もないといわんばかりに歩き出すミリエール、それとは対照的にマウンドで血の気の失せたシオン。・・・ピッチャーに向けられる圧力が、殺気に変わったようだ。 シオン絶体絶命のピンチか?!と思われた、その時。 「!?」 クラインベンチの方角から、何か黒い影がボールに向かって走り出した。そしてそのまま、スタンドへ入ろうとしているボールをキャッチ。一目散にショートのシルフィスの足下へ駆け寄り、しっぽを振ってみせた。 「あれ?このボール、持ってきてくれたの?いい子だね、どうもありがとう」 シルフィスが誉めているのは・・・犬だ。 そう、グラウンドボーイには人材不足のため、犬も採用されている。本来ならホームランになるボールは捕る必要はないのだが・・・やはり犬、我慢できなかったらしい。 「なんですの、今のは!!」 「でかした、シルフィス!まだ球は生きてるぞ!」 「シルフィス!こっちへ投げるんだ!」 「え?えーと、えーと・・・」 四方八方から声をかけられて一瞬慌てたシルフィスだが、とりあえずミリエールを止めなければ、ということに気がついた。 「そうはさせませんわ!!」 「あわやホームランという球をキャッチされたミリエール、そのままファーストへ猛ダッシュ!迎えるはファーストのレオニスです!さあ、間に合うか?!シルフィスがファーストに送球しました!」 ザザアアッ!! 立ちこめる砂ぼこり、周囲が息を飲んで見守る中審判が動いた。 「さあ、審判の判定は!・・・あれ?なんだかもめているようですねー?審判が一塁に集まっています」 この時一塁審判を務めていたのは、骨董屋の店主だった。二塁・三塁審判、主審がやってきても、彼は一言も発しない。 「今のは私もよく分からなかったわねー」 と、二塁審判の洋服屋のおばちゃん。 「あ、俺もー」 とは、三塁審判の道具屋のおじちゃん。 そこに主審が口を挟む。 「で、どうだったんです?一塁にいたのは貴方だけですからね」 だがしかし、それでも骨董屋は口を開かなかった。なぜなら、心の葛藤に苦しんでいたからだ。 今背後に立っているのは、いつも贔屓にしてもらっている上客だった。貴族なだけに気前もよく、目利きも確かな男である。さらに言うなら、彼は騎士団の隊長であり、逆らえばまず間違いなくあの世へ超特急便で送り出されること請け合いだ。 本当のところ、今の砂ぼこりでは彼にもアウトかどうか分からなかった。自分の一言で流れが変わるであろうことは請け合いだし、それに・・・ 「・・・」 無表情に見えて、実はものすごい圧力をかけているのが分かる。 (ああ!私に一体どうしろと?!) 店主が心の中で絶叫したちょうどその時、一つの影が動いた。 すすすすす。 男は流れるように主審の側に近寄ると、別の方向を見つつ何か渡したようである。 主審はなぜか小さくうなずくと、店主の方を見た。 「・・・で?結論は出ましたか?」 「え、えーと・・・そのおー・・・」 店主の額に脂汗が浮かぶ。 しばしの沈黙の後、彼はついに発言した。 「いや、多分・・・アウト・・・いえ、おそらく、絶対にアウトですっ」 ・・・どうやら店主は我が身の安全を優先したようだ。正しい判断だったと言えるだろう。 彼の行動を見届け、イーリスは宣言した。 「・・・スリーアウト、チェンジですね」 にっこり。 主審の笑顔に、すかさずミリエールが叫んだ。 「今のって反則じゃありませんの?!犬を使うなんて卑怯ですわ!!」 しかし、主審はひるまなかった。それどころか、穏やかな口上戸とともにミリエールを笑い飛ばしたのだ。 「これはこれは・・・クイーン・オブ・卑怯の貴女からそんな言葉を聞くとは、夢にも思いませんでしたよ。それにしても、『犬は卑怯』ですか・・・それを言うなら、そちらのチームの方がよほど卑怯でしょう?スタメンにバンシーやらドラゴンやら・・・いくら人材不足だからといって、スタメンに入れるのはどうかと思いますがねえ。それに、犬はあくまでグラウンドボーイ。試合の流れになんら支障をきたすものではありません」 ・・・思いっきりきたしているのでは? しかし、この場にそのようなツッコミを入れるような者は存在しない。 かくして、ミリエールはくやしげに立ち上がり、ベンチにひきあげざるをえなかった。 「・・・フ。残念だったな」 その背中にかけられた声の主に鋭い視線を投げかけ、ミリエールはつぶやいた。 「見てらっしゃい、次は目にもの見せてさしあげますわ」 「ほう。では楽しみにしている」 不敵な言葉を返しミリエールを見送りつつ、レオニスはくるりと一塁審判に向き直る。 びくっ。 「なっ、なにかっ?」 ぽむ。 大きな手が肩に置かれ、彼は一言。 「・・・これからも店を贔屓にさせてもらおう。頼んだぞ」 「はっ・・・はいっっ!ありがとうございます!!」 恐怖と喜びに震える店主を横目で確認し、レオニスはさらに先手を打つ。 さっ、さっさっ。 右肩、左腕、帽子。 そのサインは主審に確認をとるためのものだということを、一体誰が知ろう。 『では、これからも頼む』 『ええ、勿論です。・・・ところで報酬は?』 『これくらいで』 『分かりました。では、今後も全て貴方の指示通りに』 『金に糸目はつけんぞ』 ・・・そう、一体誰が知ろう。 主審は一週間前から、碧眼の男に買収されていることを。 その二人のアイコンタクトを、視線をそらしたテロリストだけが理解していた。 |
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こういう突き抜けたコメディ、大好きです。しかもオールキャラ! 続きが楽しみですね〜(^^) 主役は隊長なんでレオニス特集に入れました。やっぱレオシルですよねー(ふふふ) |