「El cobarde y los camaradas」
−卑怯者と仲間達−    Tea Agent様
 
2.燃える策略  
  
  
「現在、一回裏クライン率いる『花子たこ焼きらー』の攻撃です。両者初回からずいぶん張り切っていますが、後半大丈夫でしょうか?クラインのバッターは騎士団一のトラブルメーカー、ガゼル選手です! 元気だけはいいんですが、果たしてチームに貢献できるかどうか・・・対するダリス側のピッチャーは・・・なんと、麗しのノーチェ姐さんです! これは、ガゼル劣勢かー!?」  
  
  
「へへっ、女なんてちょろいちょろい!」  
  自信満々にやってきたガゼルは、まだなにも気づいていなかった。  
  目の前に立っているのは、一見すると実にたおやかな女性である。だが、今の彼女には、ある目的があった。  
「フフ・・・貴方のようなお子様では、相手にもなりませんわ」  
「なんだとおっ!お子様って言うな!」  
  その様子をベンチで見つめていたレオニスは、一言ボソリとつぶやいた。  
「・・・この勝負、ガゼルの負けだな」  
「え?」  
  思わず聞きとがめたシルフィスに「なんでもない」と答えつつ、心の中では(敵の前で我を忘れるとは・・・チッ、使えん奴め・・・)などと毒づくレオニスである。  
  そして。  
「おおっとー、ガゼルは初球からピッチャー返しです!これは余裕で出塁でしょう!いやークラインは調子がいいですねー、リュクセルさん」  
「・・・じいやがいるから」  
「ほえ?」  
  リュクセルの妙な一言にメイは一瞬動きを止めたが、彼の指し示した方角を見やって、さらに口を大きく開けた。  
「・・・クラインの応援席にいる応援団長って・・・じいや、さん・・・?」  
「ぼっちゃまー! じいやがついておりますぞー!」  
  ・・・気の毒に。その『ぼっちゃま』が試合に直接関係のないことを、じいやは知らない。  
「ダリスなど恐るるに足りず!このじいや特製必勝お守りさえあれば・・・」  
「あーあ。あんなにはしゃいじゃってまあ・・・大丈夫なのー?」  
  そのメイの言葉を待っていたかのように、応援席に絶叫がこだました。  
  グキッ。  
「ハウオオオオオオウウウッ!」  
「誰かっ、誰か救護班を呼んでください!」  
  ばったりと倒れたじいやに、すかさず売り子の少女が駆け寄る。  
「む、無念でございますうう・・・」  
  今日何度目かの救護班の出動は、今後も増加する傾向にあるようだ。  
  こうして、クライン側の応援団長はあっけなく退場し、さらにその付き添いで売り子をしていたアリサまで仕事を放棄してしまった。  
  そして、その瞬間からクラインは運に見放された。  
「どうしたのでしょう! ガゼル選手が向かったのは、セカンドです! まさかルールを理解していないのかー?! ノーチェは運命さえ味方につけたのか!」  
「馬鹿者! ガゼル、ファーストに行くんだ!」  
  ベンチからすさまじい形相で殿下が叫ぶ。しかし、ガゼルはなにを思ったか、今度はこともあろうにサードに向かって走り出した。  
「違うー! そっちじゃない!!」  
  その間に、ノーチェはまんまとファーストに送球していた。  
「うーん・・・これは意外な落とし穴でしたねえ・・・まさかルールが分からないとはねえ・・・ま、なんにせよ、これで次のバッターにプレッシャーがかかりますね。次はシルフィス選手ですね! これは期待できそうです!」  
  
  
「えーと・・・よろしくお願いしますね、ミリエールさん」  
  バッターボックスに立ったシルフィスは、まず最初にキャッチャーに向かってそう挨拶した。  
  さすがのミリエールも、少々気圧されたかのように「え、ええ・・」などと答えてしまう。  
  その様子をマウンドから見ているノーチェは、実に楽しそうだ。  
「ウフフ・・・貴方と戦えるなんて、うれしいわ」  
「あ、エルディーア様・・・あれ、でもノーチェさんとお呼びした方がいいんでしょうか・・・」  
  こんな時にそんなことで悩まずとも・・・  
  しかし、それがシルフィスの性格なのだから仕方がない。  
  なんとなく和やかな雰囲気になったグラウンドだったが、その中で妙に殺気立っている御仁が一人。・・・言わずと知れた、レオニスその人である。  
  何が不満なのか、ほとんど無表情だった彼は微かに眉をひそめている。  
「うーん・・・なんか背筋が寒くないかー?」  
  首をかしげたシオンは、ハタとその理由に気づいて動きを止めた。  
  チラッ・・・  
「・・・なにか」  
「いーや、なにも」  
  どうやら、機嫌を損ねたのは自分のせいではないらしい。とりあえず胸をなで下ろしつつ、やめておけばいいのにボソリと悪態をつかずにはいられないシオンである。  
「・・・なあーに恐い顔してるんだか。かわいい恋人に嫌われるぜー?」  
「ああそうだ、シオン様」  
  返ってきた言葉は表面上穏やかなものだったが、次の瞬間シオンは凍りついた。  
「・・・夜道には、十分お気をつけて。最近、凶悪な輩もうろついておりますので」  
  ・・・さすがレオニス、不機嫌オーラで周囲の気温を三度下げるだけのことはある。  
  クラインベンチに早くも冷戦が勃発しつつあった時、シルフィスも思わぬ苦戦を強いられていた。  
(ガゼルがアウトになっちゃった分も、がんばらないと)  
  ここで先制点を入れておけば、今後の試合の流れはクラインに有利となるはずだ。  
「さあ、シルフィスがバットを構えました! ノーチェはどんな攻め方を見せてくれるのでしょうか! 注目の第一球です!」  
  なんとしてでもチームに貢献しなくては。  
  そんな思いを、しかし相手チームのバッテリーが許すはずはなかった。  
「そうそう。貴女はご存知かしら?昨日、隊長さんがね・・・」  
「えっ?」  
  突然ミリエールに声をかけられて、シルフィスの集中力が途切れた。  
「いかんっ、シルフィス!」  
  ベンチから聞こえたレオニスの声で我に返った時には、もう遅かった。  
  ズバンッ!  
「ストライーク!」  
  ものすごい速さで、白球がミットに吸い込まれる。  
「ひ、ひどいですよ・・・」  
「ホホホ、勝負に情けは無用ですわ」  
  泣きそうなシルフィスに、ミリエールは極上スマイルでそう言い放った。・・・クイーン・オブ・卑怯の面目躍如といったところか、シルフィスの泣き顔にも全く動じる気配がない。  
  しかし、その泣き顔に心の葛藤を感じている者が二人。  
  まず一人は・・・  
「卑怯な手を・・・」  
  などと口では言っておきながら、多分なにか別の理由で怒りを感じているであろうレオニスである。  
  だが、その理由がなんなのかは未だ謎に包まれている。ただ・・・、彼の視線は先程から相手チームの応援席に向けられているようだ。  
  そしてもう一人は、マウンドに不敵な笑みを浮かべてたたずむノーチェだった。  
(ああ・・・ごめんなさい、シルフィス。貴女には愛情を感じこそすれ、泣かせようなんて思ったことは一度もないわ。でも・・・)  
  バスッ!  
「ストライク!」  
  無情な審判の声が響き渡る。  
(私の大いなる目的のためにも・・・貴女にはここでアウトになってもらうわ!)  
「これで終わりよ!」  
「ノーチェ、第三球投げました!あ、シルフィスがボールをバットに引っかけたか?打球は平凡なセンターフライ!これでツーアウトとなりました!」  
「はああ・・・」  
 がっくりと肩を落として帰って来たシルフィスは、ベンチの不穏な空気に気づいた。  
 やはり、自分のせいだろうか。なんだか、いたたまれない気持ちになってくる。  
「あ、あのっ・・・すみませんでした、なにもできなくて・・・」  
  小さくなって謝るシルフィスに、しかし不平を言う者は誰もいなかった。いや、不平を言ったその後の身の安全は保証できないため、発言を控えた・・・というのが真相だろう。  
 勿論、シルフィスにそんな大人の事情を知る術はない。代わりに慰めるように肩に置かれた手が、素直にうれしいと感じただけだ。  
「よく頑張った。・・・心配するな、借りは必ず返してくる」  
「隊長・・・」  
  その言葉の裏でどんな恐ろしい計画が進行しているのかも知らず、レオニスを見送るシルフィス。  
  そしてとうとう、バッターボックスにひときわ目立つ騎士の姿が現れた。  
  
  
「フ、フフフフフ・・・ついにこの時がやってきたのね・・・」  
「おっと、ノーチェが突然笑い出しました!見ようによっては気が狂ったようでもありますが、大丈夫でしょうか?!」  
「そこっ!うるさいわよ!ちょっと黙ってらっしゃい!なんなら・・・」  
  完全にマイワールドに旅立ってしまったかと思われたノーチェだったが、外野の声はしっかり聞こえていたらしい。  
  実況席のメイを見やって、なかなかきわどい笑みを浮かべる。  
「私が二度と口をきけないように黙らせてあげてもいいわよ?」  
「・・・ど、どうぞ先をお続けください・・・(泣)」  
  目障りな実況をたった一言で黙らせておいてから、彼女は改めて目の前に立つ男を見た。  
「レオニス・クレベール・・・」  
  そう、この男と戦うためだけに、自分はこの仕事を引き受けた。決して報酬のためではない。・・・元々、貧乏ダリスに高額な報酬など期待できようはずもないではないか。  
  目的はただひとつ。  
「やっと姿を現したわね・・・絶対に塁には出させないわよ! この日をどんなに待ち望んだことか・・・って、ちょっと! 人の話を聞きなさいよ! 失礼な男ね!!」  
  せっかく悦に入ったところだったようだが、バッターにはそんなことは関係がないらしい。  
  レオニスは相変わらず別の方角を見ている。しばしの沈黙の後、彼はやっとピッチャーに視線を移した。  
「・・・そこまで恨まれる覚えはないが」  
「フフ・・・ならば教えてあげるわ! 私の目的はただひとつ! 貴方のような男の魔の手からシルフィスを守り、あわよくば私の物にすることよ! 名付けて‘若いつばめ捕獲大作戦’! かわいいシルフィスをロリコンに渡してたまるもんですか!・・・って、あんた! さっきからどこ見てるのよ!?」  
  ・・・どうやら、話を聞く価値もないと判断したらしい。レオニスの視線は、やはりどこか別の一点に向けられている。  
  ブチッ。  
  ノーチェの中でなにかが切れた。  
「人の話を聞けって言ってるでしょうがー!!」  
  ゴオッ!  
  怒りに震えたノーチェの投げたボールは、立て続けにキャッチャーのミットに吸い込まれる。・・・なんと、瞬く間にツーストライクになってしまった。  
  一体どうしたというのだろう?あのレオニスが、まさか見逃し三振などという情けない姿を、公衆の面前にさらすとでもいうのか。  
「フ、これでシルフィスは私の物ですわね!」  
  勝ち誇ったノーチェが、とどめとばかりに剛速球を披露する。  
  しかし、まさにその時レオニスの表情が変化した。  
  パキイインッ!  
「なんですって?!」  
  ノーチェはすんでのところで打球をよけつつ、驚愕の声をあげてその軌跡を追った。  
  その時、すでに打球は恐ろしい速度でセンターをも巻き込みながら、ダリス側の応援席へ入っていった・・・というより、突っ込んでいった。  
  一部始終を見ていた実況が、その頃になってやっと正気を取り戻したようだ。  
「・・・なっ、なんという打球でしょうか! 絶体絶命かと思われたレオニスが、値千金の先制ホームランを打ち上げました! それにしても、なんという速度! ピッチャーの投げたボールが高速なら、今のホームランはまさしく音速! センターのドラゴンがよけられないのも無理はありません! そう考えると、ピッチャーがなぜ音速の打球をよけられたのか甚だ疑問ですが、まあそんなことはいいでしょう! とにかく劇的な先制ホームランで、『花子たこ焼きらー』がまず一点を入れました! レオニスは悠々とホームを回ります!」  
  黙らされていた分、メイの実況は実に熱を帯びている。しかし、そこに水を差すように、静かな解説からメモが渡された。  
「ん? なに、これ? ・・・えーと、ただ今のホームランによります被害報告が入って参りました。えー、まずダリス側の応援席はドラゴンが突っ込んだときの衝撃で半壊、それと・・・そのドラゴンの下敷きになって、応援団長が救護班によって搬出されました。あれ・・・? 確かダリスの応援団長って・・・いえっ、なんでもありません! 失礼いたしました!」  
  そこで止めたのは、賢明な判断だったといえるだろう。  
  今一瞬メイの頭の中をかすめた考えは、ほぼ正しかった。  
(隊長さん、まさか・・・わざと軍団長を狙った、の・・・?)  
  99%イエス、といえる推測だが、さらに解説するなら以下のようなことが水面下で繰り広げられていた。  
 ・・・まず、事の発端は軍団長の罵詈雑言であった。  
  彼は娘が振られた腹いせに、応援団長の立場を利用しヤジに見せかけて、シルフィスの悪口を言っていたのだ。  
  そう、ちょうど次のような。  
「レオニスー! そんなデンデン虫のどこがいいんだー! アンヘル種は女神の末裔だなんていったら聞こえはいいが、エーベとはもともとギリシャ神話でいう神々の宴会の給仕じゃないか! つまり、早い話が水商売の女なんだぞ?! そんな女が私のかわいい娘より劣っているとでもいうのか!!」  
  レオニスはこの言葉をベンチから、さらにはバッターボックスに立ってからもずっと読唇術によって読み取っていたのである。  
  そして、あの時ついに堪忍袋の緒が切れて、つい力まかせにバットを振り切ってしまった・・・と、こういうわけだった。  
  彼は担架で運び出される軍団長を横目で見ながら、心の中でそれに反論していた。  
(軍団長・・・確かにエーベは某国語で読むとそのような意味になりますね・・・しかし、某国語をご存知なら、なぜお分かりにならなかったのです? アンヘルとは天使という意味になることを・・・フ、所詮貴方もその程度の頭しか持ち合わせていらっしゃらなかった・・・ということですかな?)  
  教訓。  
  レオニスを敵に回してはいけない。  
  ・・・こうして、軍団長は己の迂闊さを身をもって知ることとなった。  
  

「さあ、調子が戻ってきたか『花子たこ焼きらー』!ツーアウトでバッターは、あのロリ・・・“妹思い”の殿下! いんちきくさい・・・いえ、まぶしいくらいのロイヤルスマイルをひっさげて登場です!」  
「レオニスにおいしい場面をとられてしまったな。仕方ない、ここは軽くホームランでも打たせてもらおう。悪く思わないでくれ」  
「さりげなく自信満々のセリフですが、これは予告ホームランと見てよいでしょうか?! 対するノーチェは一体どう出るのか! 今のホームランで調子が狂っていると、個人的にすごくうれしいのですが・・・おっと、ここで新たな情報が入って参りました! ただ今クライン側応援席では、セイリオス・アル・サークリッド著、出版社マサカーイ『政務ノススメ』を、通常価格金貨三枚のところ大特価金貨五枚で販売中! 皆さんこの機会をお見逃しなく! 某宮廷魔導士の話によりますと、『実際の価値は銀貨一枚努力賞』とのことですが、真相はご自分で購入してお確かめください!」  
  バッターボックスに立っていた殿下は、耳ざとくこれを聞きつけ、ベンチの方へ目をやった。  
「シオン!なんて無礼な!」  
「なんだよっ、本当のことを言って何が悪いんだ!素直に自分の文才のなさを認めろ!」 
「なにを言う!それはお前の読解力が皆無に等しいせいだ!」  
  バッターがこのように不毛な言い争いをしている瞬間を、ピッチャーが見逃すはずはなかった。  
  ズバン!  
  バシッ!!  
  バスウウッ!!  
「スリーアウト!チェンジ!」  
「なんと期待だけさせておいて、殿下は見逃し三振です! 情けない結果に、クラインベンチから容赦なく白い目が向けられております!」  
「な、なんだ今のは・・・」  
  何が起こったのかまだ分からない殿下に、ベンチから決定的な一言が投げかけられた。  
「お兄様、格好悪いですわー!最低ですわね!」  
「さ、最低・・・」  
  さいてい、さいてい、さいてい・・・  
  バタッ。  
「救護班、バッターが倒れたぞ!!」  
「急げ!まだ息はある!」  
  愛する妹の言葉に打ちのめされ、殿下は救護室へ運ばれていく。  
  こうして、一回裏はあっけない最後で締めくくられた。 
 
 

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    やったー! ノーチェVS隊長! マイドリーム! 
    しかし、借りはきっちり利子付けて返すタイプなんですね、隊長…… 
    まだ出番のない方々はどんな風に登場するんでしょうか。楽しみですね〜♪ 
   
 
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