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4.欲望という名の策略
「さあさあさあさあ! 怒濤のごとく珍プレー好プレーが続出しております、『太郎お好み焼きんぐ』対『花子たこやきらー』! 実況は貴方の心に一服の清涼剤を贈るメイ・フジワラでお送りいたしております! 皆様、たいへん長らくお待たせいたしました!様々なハプニングで中断いたしておりました二回裏を、ようやくお届けできそうです! ここからは『花子たこやきらー』の攻撃、前回よりもさらに、さらに、さらにヒートアーップ!していただきましょう!! さあ、バッターボックスに入るのは、先程ドラゴンを巴投げして見事にアウトをとったエーベ選手であります! この強敵に対して、ノーチェ、ミリエールバッテリーはどんな球で勝負してくるのか!」 エーベ神は何を考えているのか分からない表情で、ぼんやりとバッターボックスに立っている。その体型からは想像もつかないが、確かに彼女がついさっきドラゴンを軽々と投げ飛ばしていたことは間違いない。・・・心なしか、センターのドラゴンがその巨大な体を縮めて怯えているようだ。やはり、ドラゴンといえど巴投げは恐かったらしい。 「ノーチェ選手、大きく振りかぶって投げました! おおっ!? エーベ選手、持参のトネリコ製バットを横にねかせました! これはっ、バントです! セイフティーバントです! この場面でバントとは予測できませんでした! キャッチャーがあわててボールを拾いますが、送球が間に合いません! 一塁セーフ! バント成功、同点ランナーが出塁しました!」 エーベ神は一塁ベース上で、少しの呼吸の乱れもなく直立不動の姿勢を保っている。何も考えていないようでバットを持参していることといい、最初からバントを狙ってくることといい、やはり彼女を甘く見てはいけない。 恐るべし、エーベ神。 「続いてバッターは・・・ああ、早くもワンアウト確定か?! 『太郎お好みやきんぐ』、実に残念であります!」 実況の悲痛な叫びが聞こえないのか、バッターはベンチの前でなにやらおろおろしている。 「ああー、次は僕の番ですよー、どうしましょー」 「安心しろ、誰も兄貴には期待してないから」 「そんなあー」 弟の冷静なツッコミに送られて、びん底メガネの宮廷文官はバッターボックスに入った。 その時の彼は、とても緊張していたに違いない。なぜなら、一塁のエーベ神が先程から微動だにしないことも不思議に思わなかったし、マウンドから余裕の表情で自分を見ているピッチャーが、いつぞや自分を襲った刺客に似ていると気付く余裕もなかったのだから。 「さあ、アイシュ選手、男を見せるか?!」 こう言った実況さえ、まさかこのバッターが打てるとは考えてもいなかった。現に、二球続けてストレートを空振りして、早くもツーストライクの大ピンチである。 「おっと、『花子たこ焼きらー』チーム、すでに次の回の準備に入っております! なんと思いやりのないチームメイトなのでしょうか!」 しかし、世の中不思議なこともあるものだ。女神のお導きか、はたまた悪魔のいたずらか、アイシュに奇跡が起こった。 「あっ! アイシュ選手、バットを振ろうとしてコケました! なんと、そのバットにボールが当たった! 打球はそのまま二三塁間をきれいに抜けていきます!」 思わぬ事態にクラインベンチが騒然となった。 「兄貴! 兄貴はどうした!」 慌ててバッターボックスに目をやったキールは、兄がまだ一塁に向かおうとすらしていないことを確認し、頭をかかえた。 この大事な時に、肝心のアイシュ氏は落ちたメガネをかけなおし、悠長に服についたほこりを払っている。そうしてようやく一息ついてから、彼は初めてボールが外野の方向へ転がっていくのを発見した。 「あ、見てくださいー、なんか僕打ちましたよー」 状況を把握できていないのかベンチに向かって手を振る兄に、弟の血圧は一気に上がったに違いない。 「何してるんだ! 早く一塁に走れ!」 青筋たてんばかりの恐ろしい剣幕に、アイシュは慌てて走り出した。・・・が、それはそれ、あのアイシュのことである。彼は一塁に到達する前にお約束通りに、モタモタとした挙げ句足がもつれて見事に転んでみせた。 勿論、その間に一塁にボールが送球されている。 「アウトー!」 長打コースのボールはここで幕を閉じた。 「あうー、せっかく頑張って走ったんですけどねー・・・」 よろよろとベンチに戻ってきた兄に、弟は一言。 「やっぱり、兄貴に期待しなくて正解だったな」 「ひどいですよ、キールー・・・」 「・・・この役立たずが」 「はい?」 「・・・いや。何でもない」 弟に泣きつこうとして足蹴にされるアイシュを横目でにらみ、ぼそりと悪態をついた者がいたことは言うまでもない。 「さあ、『花子たこ焼きらー』続いてのバッターは、魔法研究院の若きホープ、キール・セリアン! 兄の仇を見事取るか?! 彼の頭脳プレーには大いに期待できそうです!!」 (やれやれ・・・なんだって俺がこんなことを・・・) バッターボックスに立ったものの、キールはこの試合になんの執着もなかった。 こんなことをしている暇があるなら、研究に取り組んでいた方がよほど有意義に時間を過ごせるというものである。 とはいっても、この試合に参加してしまった以上、彼は決して自分の義務を放棄するわけにはいかなかった。 (・・・要するに、点を稼げばいいんだろ?) ならば、答えは簡単だ。 彼の頭脳を持ってすれば、ピッチャーの投げるボールの軌道など難なく計算できるはずだ。なぜなら、彼は天才だから。 (あのピッチャーがこれまでに投げた軌道を統計的に算出し、さらに誤差を考えて次の軌道を割り出すと・・・) 「次に来るのは、ここだああっ!!」 ブンッ!! 大きく振られたバットは、完全にボールをとらえるはずであった。 ・・・少なくとも、彼の計算では。 しかし。 「なんと、キールの打球はただのセンターフライです! これでツーストライク、『花子たこ焼きらー』早くもチェンジの兆しです! このまま『太郎お好み焼きんぐ』に逃げ切られてしまうのか?!」 (なっ・・・なぜだ! なぜなんだ! 計算は完璧だったはずなのに!) ・・・そう、計算は完璧だったのだ。計算だけは。 ただ、彼は重要なことを忘れていた。 自分の運動神経は、彼が考える以上にニブイ、ということを。 「さあ、『花子たこ焼きらー』ここで踏ん張って見せるのでしょうか?! 起死回生のヒットが期待される次の選手は・・・ああ、これはすでにチェンジ確定です! クラインベンチも次の回のためにグラブを装着しているようです! 実に正しい選択と言えるでしょう!」 「ひどいですわ!私だってMVPを狙ってますのよ?!」 間髪入れずに実況に向かって抗議の声をあげたのは、誰であろうディアーナである。地団駄を踏んで友人に怒りをぶつけるその姿は、家庭教師が目撃すれば涙するだろうほど姫の気品が損なわれている光景だ。・・・観客席に国民がいないことが、せめてもの幸いといったところか。 その剣幕にさしものメイもたじたじとなっている。しかし、そこはさすがメイ、どうやれば確実に怒りの矛先をそらすことができるのか、彼女は熟知していた。 「ゴメンです。ちゃんと応援するから許して? ついでに今度ケーキおごるからさ?」 ・・・ケーキ? 「・・・仕方ないですわ」 (よっしゃ、作戦成功♪) 人はこれを『餌付け』と呼ぶ。さらにメイは自分に有利な状況を作り出そうと奮戦した。 「ディアーナがMVPをとったら、有休のペアにアタシを選んでよね」 「きゃあ、それは良い考えですわ! ついでにシルフィスも有休にして、三人でどこかへ遊びにいきましょう」 人はこれを『職権乱用』と言う。 しかし、そこにすかさず割り込んだ者がいた。なにを隠そう、皇太子殿下その人である。 「待て、ディアーナ!」 さすが責任ある皇太子、愛する妹といえど王族のあるべき姿を諭すのか?と、思われた。 ・・・が。 「ディアーナ! 有休は私と一緒に、という約束だったろう?!」 ・・・どうやら、もはや彼の頭の中はすでにかわいい妹とゆっくりのんびりバカンスの図、なるものがめくるめいているらしい。もうこうなっては止める者もいない。しかし、ディアーナも慣れたもので、すました顔でこう言ったもの。 「あら、それはお兄様がMVPをとったら、というお話でしたわ」 人はこれを『兄妹ゲンカ』と言う。 飽きもせずぎゃあぎゃあとわめき合う兄妹に、シオンが一言。 「仮にも皇太子っていう立場のお前さんが、有休をとるってのは問題じゃないのかね」 人はこれを『ツッコミ』と(以下略)。 数十分後。 さすがに言い争うのも疲れたらしく、ぶつぶつつぶやきながらもベンチに帰る殿下を見届け、ディアーナはバッターボックスに入り、バットを構えた(正確には、バットを肩に担いだ)。 「さあ、こいですわ」 それまで忍耐を総動員して目の前で繰り広げられるくだらない兄妹ゲンカに耐えていたノーチェは、その姿を見て以下のようなことを考えた。 奪三振で大活躍 ↓ MVP獲得 ↓ シルフィスとウハウハランデブー(爆) さらに、 ディアーナ=カモ 唯一気になるのは相変わらず一塁ベースで直立不動のまま動こうとしないエーベ神ではあるが、彼女の行動は人間風情が予測できる限界をとうに超えているので、この際何が起こっても諦めるのが賢明というものだ。 (ま、とりあえずこのお姫様は楽勝だわね・・・) 思わずにたついた顔でノーチェがボールを投げ・・・ようとしたまさにその瞬間。 べしっ。 ・・・なにやら素敵な音をたてて、得体の知れないものが彼女の背中をしたたかに打った。しかし、邪な想いの込められた投球の勢いがそれしきのことで止まるわけもなく、ボールはバッターのだいぶ手前に落ちて、そのままキャッチャーの方へ転がっていく。 「ボール!」 ノーチェはドラゴンも殺せそうな恐ろしい視線を、ギッとばかりに背後の何かに向けた。 ・・・そこにあったのは、どこかの誰かが投げつけたグローブ。 「すまない、手がすべった」 そんなあからさまに怪しい言葉とともにマウンドへやって来たのは、レフトを守る某国王子、アルムレディン。 ノーチェの恐ろしい視線をものともせず余裕の笑みでグローブを拾い(単に鈍いだけか?)、すかさず文句を言おうとしたピッチャーを小声で制して 曰く、 「彼女にはチェンジアップのみで攻めろ」 チェンジアップ=ゆるい球。 「どうして?!」 「ふふ・・・ほれた男の弱みさ」 ガスッ。 ノーチェの膝蹴りが、見事に彼の鳩尾に入った。 さすがはノーチェ、美人だがお上品さだけでは世の中を渡ってはいけないということを、身をもって証明している。長い人生、時には暴力的解決法も必要なのである。 そう、例えば、目の前で訳の分からないことを一方的にほざき、勝手に自己陶酔している色ボケ王子などには、速攻で黙らせるという点で効果的な方法だと言えよう。 しかし、アルムレディンはマウンドに崩れ落ちながらなおも笑顔でこう言った。 「フフフ・・・一体どこの国が君にギャラを払うのか、もう一度よく考えてみるんだな」 その言葉に、ノーチェは少し動揺した。 以下は、彼女の心に住まう分身たちの会話である。 ノーチェA『私はそんなはした金目当てで参加したわけではなくってよ』 ノーチェB『まったくですわ。私はあくまでシルフィスへの愛に突き動かされて、ここまでやってきたのですもの。愛・・・美しい言葉ですわね・・・愛ゆえに〜♪』 ノーチェC『でも、お金があるに越したことはないわ』 ノーチェD『そうよ、塵も積もれば山となる、と言うし』 しばしの沈黙の後、ノーチェは足元で苦悶している金づるを忌々しげに見下ろして、低く告げた。 「・・・それでも、あのお姫様がアウトをとられた時の責任はとらないわよ」 結論:愛は金より尊い。しかし、金があれば愛は潤う。 ・・・どうやら、ノーチェといえど軍資金集めは不可欠要素であると見た。 「商談成立だな」 それにしても一方的な話だった。しかも、正しくは脅迫である。裏でそんな取引が行われているとも知らず、ディアーナはキョトンとしている。 そんな姫に向かって、アルムレディンはよろよろと立ち上がりつつ、すばらしい笑顔を向けた。 「ボールをよく見て。落ち着いてバットを振るんだ」 「分かりましたわ、ありがとですの」 姫は彼の額に脂汗が出ていることに気付かなかったようだ。それでもアルムレディンはめげず、さりげなく付け足すことも忘れなかった。 「貴女がMVPをもらって遊びに行くときは、ぜひ僕も誘ってくださいね」 「ハイですわ。その時はワタクシ、お弁当とか作ってきますわね」 「楽しみにしています」 アルムレディンは再び、よろよろと自分の守備位置に戻っていった。 その一部始終を、菫色の瞳が見ていたことはいうまでもない。彼は、背後に控える有能な親友と部下に静かに尋ねた。 「・・・我が国の軍事力は、現在分かっているだけでどの位になる?」 その言葉を聞いて親友の方は頭を抱えたが、部下は即答した。 「・・・ダリスと戦うには不利ですが、精鋭のみで一人を狙うには十分かと」 クライン皇太子は、晴れやかなロイヤルスマイルでうなずいた。 「シオン、レオニス、帰ったらすぐに軍事会議だ」 「はっ!」 「『はっ!』じゃねえ! セイル、お前も皇太子だろうが! そんな個人的な怨恨で、軍を動かすな!」 「・・・シオン殿。諦めのお悪い・・・」 「レオニス! お前、なに落ち着き払ってるんだ?!」 「殿下のご命令とあらば、仕方がありません・・・自分は職務を果たすのみ」 「だからっ! 上の者を諫めるってのも、部下の役割だろ!」 「これはお珍しい・・・貴方がそんな正論をおっしゃるとは。しかし、これも運命、潔くなさった方が賢明かと存じます」 「だーかーらっ! いつも苦言を呈してるお前さんらしくないぜ?!」 「・・・殿下は変わり者がお好きだ。・・・とおっしゃったのはどなたでしたか?」 「それはこの際関係ないだろ! ええい、とにかく変わり者でもなんでも、セイルを止めろ!」 「無理です(きっぱり)」 「俺は、この件パスだからな! やるならお前勝手にやれ!」 がしっ。 「お待ちを」 「離せー!!」 「シオン殿には、協力していただかねば。どうやらあの青年、魔法を使えるようなのです。なに、ご安心ください。シオン様は後方支援をしていただくだけで結構ですから。とどめは憚りながら、自分が・・・」 「いーやーだー!!」 クラインベンチでなにやら物騒な計画が持ち上がったようである。しかし、女神は大層慈悲深かった。 ちょうどその時、バッターボックスでは・・・ 「アウト!!」 ディアーナは、あっさりと三振をとられていたのである。 ・・・こうして、ダリス皇太子は危うく難を逃れた。 さて、やっと二回裏が終了し、皆が行ったり来たりし始めたとき、ただ一人他とは違う行動をとった者がいた。 その一人とは・・・ 「おや? チェンジだというのに、エーベ神、まだ一塁ベースから動きません。そういえば、先程アイシュ選手がヒットを打ったときも、一歩も動きませんでした! アイシュ選手のボケぶりに気を取られて、私としたことがすっかり見落としてしまったのですが・・・」 実況の声に気付いて、一塁審判がおそるおそるエーベ神に声をかけてみたが、反応がない。しかたなく、主審も文句を言いながらも駆けつけてくる。 「まったく。私はただ働きは苦手なのですが・・・」 「・・・なるほど。いかに女神といえども、先程のプレーは体力を消耗した、というわけだな」 「隊長?」 クラインベンチでは、なにやら一人心得た御仁もいらっしゃるようだ。 やがて、実況席には事件の経緯が書かれた紙が回された。それを、あいもかわらず無口な解説が、そっと差し出す。 メイはそのメモに目を落とし、やがて絶句した。 「どうしたのでしょうか、エーベ選手?・・・ただ今、主審から連絡が入ってきました。えー・・・、エーベ選手は・・・一塁ベース上で、『光合成』を行っていた模様です。 ・・・光合成・・・?」 「エーベ神は大木だから」 冷静きわまりない解説の言葉に、メイは顔を引きつらせながらうなずく。 「あ、ああっはははははっ! そ、そうですねっ! やはり、エネルギーはためられるときにためといた方がいいですよね・・・」 すでに本人は何を言っているのか分かっていない。そうこうしている間に、優秀な救護班によって、エーベ神は担架で運ばれていく。彼女が正気付いたのは、日もだいぶ傾きかけた頃であった。 それとほぼ同時刻、クライン側ロッカールームでの出来事。 試合途中にロッカールームにやって来るとは、一体何用であろうか・・・? 床にのびた影は長く、姿勢がよい。その男の瞳は青・・・そう、彼は言わずと知れたレオニス・クレベールその人である。 彼は自分のロッカーの前で、何事か考え込んでいる。やがて、彼は低くつぶやいた。 「チッ・・・役立たずのクズ共が・・・やはり、ここはフォーメーションBを発動させるべきか・・・」 その声には、背筋を凍らせるような響きが含まれている。そこに誰かが居合わせていれば、まず間違いなく口封じの名の下に無言で一刀両断されていたことだろう。 しかし、幸運と言おうか悪運と言おうか、彼の姿を見た者はこの時誰もいなかった。 彼は再びしばらく無言のまま何か考え込んでいたが、やがて自分のロッカールームをゆっくりと開け放った。そして、一言、 「これだけは使いたくなかったが・・・致し方あるまい・・・」 薄暗いロッカールームに、低い笑い声が響いていた・・・。 |
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アルムレディン様はきっと、血をだらだら流しながらでもさわやかに微笑んでくださることでしょう。 次回はまたまた隊長の陰謀が炸裂するのでしょうか。楽しみです! |