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6.嗚呼、策略よ永遠に
「夜も更けて参りましたが、皆さんまだまだ試合は序盤です! 頑張っていきましょう!!現在三回裏、花子チームの攻撃に移っております!! バッターボックスに立っているのは・・・ああ、これまで散々痛い目にあって満身創痍のシオン選手であります! 三点差を追う苦しい展開となりましたチームの危機を救う救世主となるか?!」 「何時の時代も頼れるのは自分だけだな・・・」 なにやら黄昏ているシオンに同意する者は多くないだろう。・・・そう、チームメイト以外は。おそらく今この場には最も自分勝手な連中が揃っているのだから。
「ふっふっふ・・・此処で一発華麗に決めて逆転だ!!まさに俺のためにある様な素晴らしい筋書きだな!!」 ・・・一人では三点差は返せないぞ、シオン。
試合そっちのけでシチュエーションに酔っているどこぞの筆頭魔導士を哀れみの視線で見つめながら、復活したノーチェは肩慣らしを続けている。彼女も色々と執念を持っているのだろうが、それはいずれまた。
何故ってそれは、彼も姑息だから(爆)。
「貴方、ふられたそうね」 ミリエールのつぶやきは確実にシオンの耳に届いた。 「なにぃ?!」 バスンッ。 「ストライーク」 やる気のなさそうな声に心地よい音が重なる。
「シオン選手、一球目は見送りました! 手も足も出なかったのか、それともなにか考えがあるのか?!」 「おい審判、今のは反則・・・いや、そんな事よりミリエール! お前其の話を一体何処で?!」 「オホホホホ、嫌ですわ。国中の噂ですことよ、国中の」 「何だと?!」 喜べ、シオン。
「はいはい、お二人とも。時間いっぱいですよ」 これは相撲ではないのだが、審判。
「一体どこからその話が漏れたんだ・・・」 「ほら、さっさとバッターボックスに入りなさいよ、フラレ男」 「このガキ・・・」 先程とはうってかわって渋々とバットを構えるシオン。してやったりと不敵な微笑みを浮かべながら投球体勢に入るノーチェ、その球をジャストミートのタイミングでシオンのバットが捉えようとしたまさにその時。 「私がその噂を広めましたの」 ブンッ! スカッ、バスッ!! 「ミ〜リ〜エ〜ルゥゥゥ〜」 「あら、そんなに怖い顔をしてどうなさったのかしら? オホホホホ」 「シオン選手、これは近年希に見る大空振りです! 素晴らしい、本当に素晴らしい空振りでした!」 「うるさい、実況!!」
屈辱に打ち震えるシオンに更に追い打ちをかけるようにミリエールの嫌味は続く。 「ほら、試合はまだ続いていますわよ?さっさと三振でもなさって隅っこで投球練習でもして少しでもましな球を投げられるようになさったら? いつまでもここでウダウダと見苦しいことこの上ないですわよ、オーホホホホホホ!!!」 「ミリエール、頼むから俺の邪魔をしないでくれ」 「脅しがだめなら泣き落とし? 面白くもない冗談ですわね」
・・・まだ諦めていなかったのか、シオン。
「ギブあんどテイクだ」 バットを構えつつ、取引は続く。
「今年お前の家にかかっている税金、俺が全部払おう」 「次はカーブよ」 カキーン!! 「おおっと、シオン選手!打球は三塁線すれすれのヒットです! 一塁を回って二塁でストップ!先頭バッターが出ました!!」 チームの友情とはかくももろいものだった。
「さて、お次のバッターは早くもトップバッターのガゼル選手に回って来た模様です!!」 「・・・お姉ちゃん、もう夜だけど」 鋭い解説のツッコミは大人の都合で黙殺された。 「えーっと・・・打ったら左回りに走るんだよな・・・」 ぶつぶつと怪しげにつぶやきながらバッターボックスに向かうガゼル。どうやらまだルールを把握しきっていないようである。手にマジック(油性)で一生懸命書き込んでいる。
「ストライ〜ク」 「あれ?」 「おーっと!ガゼル選手、先程のシオン選手に勝らず劣ってはいるものの、気持ちよい空振りです!」 「おかしいなぁ。ちゃんと見えてたのに・・・」 不思議そうにバットを見つめるガゼル。
「前に同じ〜」 審判、いくら面倒だからと言って・・・ちゃんとストライクくらいは言ってやれ。 「またまた空振りです!第一打席で見せた勢いは何処へ行ってしまったのでしょうか?!」 「・・・変化球だ・・・」 「え?」 「変化球・・・」 解説の解説になっていないつぶやきを耳ざとく聞きつけ、メイはポムと手を打った。 「ああ、なるほど! 分かりました!」 「なぁメイ、なんだよそれ?」 変化球くらい覚えておけよ、ガゼル。 「ガゼル選手、直球にはべらぼーに強いくせに、変化球にはとことん弱かったというわけですね? 確かに先程の球はフォークでした!!」 よく分からないガゼルは、背後であくびをかみ殺している審判に視線を向けた。 「・・・審判、フォークって何だ?」 「バッターの手前で球が落ちるのです」 「えぇ?!そうだったのか?!!」 「フフ、今頃気付いてももう遅いわ」 黒こげでも素敵だ、ノーチェ!・・・黒こげだけれど。 「あ、でもそれって振らなければボールになるのか?」 名案とばかりに喜ぶガゼルを哀れみの目で見つめるチームメイト一同。 「かわいそうに・・・」 顔を背けしんみりとつぶやいては見せたものの、顔に浮かぶウキウキ感は隠しようもない。そのままノーチェは闘志をみなぎらせ投球体勢へレッツダイブ!
「?!」 ガゼルは突然、背後にすさまじい圧力を感じてベンチの方に向き直った。
『行け』 確かにそう言っている。
「いてっ!!」 「あ、デッドボールです!!」 「何よそれは!!」 すかさず抗議に走るノーチェ。しかし、『痛そうだったから』という謎の理由で彼女の正当性ある抗議は退けられ、ノーアウト一二塁という展開。
「じゃ、頑張ってきますね!!」 「あ、シルフィスちょっと・・・」 今まさにバッターボックスに入ろうとしたシルフィスを殿下が呼び止め、なにやらベンチの隅っこでこそこそと耳打ちをした。
「今だ、シルフィス!!」 ベンチから鋭い殿下の声があがった。 「はい!!」 とんでもなく息のあった掛け合いの後、シルフィスは『パチッ』とばかりに輝くウインクをしてのける。 「!!」 動揺を隠しきれないノーチェの放った球は、そのままへろへろとシルフィスの方へと飛んでいき、ものの見事に二三塁間を抜けるヒットへと変えられてしまった。ランナーはすでにシオンが三塁で止まっている。
ドカッ!! その時、素振りをしていたレオニスの手からすっぽ抜けたバットが、殿下の頬をかすめて背後の壁にめり込んだ。 「失礼。手が滑りました」 「良く滑り止めをつけておけよ」 「は、承知いたしました」 無表情に歩み寄るレオニスにロイヤルスマイルを浮かべながらバットを手渡す殿下。礼を述べ、レオニスはゆっくりとバッターボックスへと歩いていった。
〜〜〜ちゃーちゃらーちゃららっちゃー♪〜〜〜 ←BGM:○れん坊将軍
「さぁ、いよいよやってまいりました!・・・って、あれ?マイク入ってないわよ?!」 「・・・もう夜も遅いから・・・」 解説のもっともな答えにがくりと肩を落とす実況。どうやらマイクは切られたらしい。 「で、でも私負けません!!続いてのバッターは花子チームの誇る世界最凶の主砲です!!」 そこにすかさず横やりが。 「ちょっと待て!!主砲は四番バッターのこの私だ!!」 「だって、お兄様ったら全く全然ちっとも活躍してませんわ! レオニスの方がよほど四番打者の風格を備えてますわよ?」 「なにおう?!!」 ・・・という大変和やかな雰囲気をよそに、マウンド上では静かでいて激しい妖気・・・いや、闘志が渦巻いていた。
ただならぬ様子に気付いたか、ミリエールがノーチェの元に駆け寄る。 「直球で勝負するわ」 「はぁ?!何言ってるのよ!ああいう化け物にこそ裏工作のしがいがあるってものじゃないの!」 ・・・それは何かが間違っているぞ、ミリエール。
ノーチェの瞳には暑苦しいほどの熱い闘志と決意がみなぎっている。
なんというツーとカーなバッテリーだ! 「なんてムードのない小娘なの!!」 「ムードで飯は食えないわ!」 かつてファンタジーにおいてここまで夢も希望もない十代の娘っ子がいただろうか。
ああ・・・いつものことだね ええ・・・本当にね・・・うふふ・・・
「ムードじゃ勝てないのよ!!勝てないとMVPももらえないのよ? そこのところ分かっていて?!」 「あら、それじゃまるで私が直球勝負で負けるように聞こえてよ?!!」 「オーホホホホホ! 他にどう聞こえるというのかしら?!」 (ああ、早くおうちに帰りたい・・・、もう悪い事なんてしませんから、許して神様・・・) ・・・ファーストに立ち尽くす盗賊は、この後神殿に毎日通うほど敬虔な人になったとか。 「太郎チーム、またしても仲間割れでしょうか?!このピンチの場面、慎重になるのも道理です!」 「どうでもいいから早くしろ」 何時にもまして半眼の花子チーム三番打者。
「そうですね、早く始めてください」 「・・・仕方ないわね」 渋々と戻っていくミリエール。
「あ、ノーチェ選手構えました!・・・って、解説さん寝ないでください」 夜もすっかり更けている。 〜〜〜お子さまは夜の十時までにご帰宅なされますよう、保護者様各位におかれましてもご配慮の程御願いいたします。〜〜〜 「気を取り直して・・・さぁ、注目の第一球!・・・あ!?」 「あ」 「あぁ!!」 「あら」 一同総立ち。 ノーチェが渾身の力を込めて投げた球は花子三番打者が力強く振り切ったバットにあたり、高く高く放物線を描きながら・・・
「はいっっっっっったぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!!!!二打席連続ホームランにして、世界初記録を樹立しましたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 いや、野球自体が世界初なのだよメイ。
「ど、どうして・・・」 悠然とベースを踏みながら走るレオニスは、鼻でせせら笑った後こうつぶやいたという。 「お前が大声で『直球勝負』と叫んでいただろう。それで十分だ」 「この役立たず〜〜〜!!!」 ミリエールがノーチェに向かってマスクを投げつけたのは言うまでもない。
「おや、どうしたのでしょう?審判一同が集まってなにやら話し合っております。え?何ですか?・・・えぇ?!」
「た・・・ただ今主審より次のような報告がありました・・・」 震える声で渡された紙を読み上げる。 「・・・『もう夜も遅いのでこの回で終了いたします。美容のためにも皆さん早く寝ましょう』」 「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜!!!!」」」 これには先程の本塁打のおよそ五倍(当社比)の声がわき起こった。 「はい、皆さんお静かに」 主審が音の入らないマイクを持ってしゃしゃり出る。 「これには致し方のない事情があるのです」 一瞬場が静まり返った。 「私が飽きました。ついでに疲れました」 すさまじいブーイングの嵐を、彼は平然と受け流した。 「・・・というのは冗談で」 なら言うな。 「周辺住民から五月蠅くて眠れないと苦情が殺到しています」 は、と気付くと、なにやら東の空が明るくなっている。
「危険だと、抗議の声が後を絶ちません」 ふ、と見ると、観客席には誰もいないばかりか、その前に瓦礫の山と化している。 「怪我人からも声なき声が」 ひ、と見ると、魔力を使い果たした魔導士達が痙攣を起こしている。 「ね(にっこり)?」 笑顔で言われて、誰も何も言えない。否、レオニスだけは主審に尋ねる。 「MVPはどうなる」 勝ったチーム、ではなくMVPか、この男。
「いませんよ。だって試合中止で勝敗を決められるのは五回過ぎてからですから」
・・・その後、一週間ほどかけて両国による後かたづけ作業が行われた。
ちなみにMVPを取り損ねたあの御方は・・・
「・・・メイ、ちょっといいか?」 「へ?なになに、隊長さん」
・・・次なる策略に向け、着実に裏工作は進んでいるらしいとのこと。
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終わってみると、メイが一番おいしい役だったかも? 最後はミリエールお嬢様の高笑いに乾杯してお別れしましょう♪ Tea Agentさま、ありがとうございました |