「El cobarde y los camaradas」
−卑怯者と仲間達−    Tea Agent様
 
5.月夜に捧げる策略 
  
「はいはいはいはい!!! 皆様元気にやってますでしょうか?! 貴方の疲れた体に一時の安らぎを! 実況のメイ・フジワラでーっす!! さっ、夜も更けて参りましたが、親善野球の熱き戦いはますますヒートアーップ!! ついに三回表に突入いたします!!」 
 空っぽになった観客席に、メイのはじけた実況が響き渡る。 
 度重なるアクシデントのため、時間はとうに夕方を過ぎて空には月がかかっている。しかし、こんな状況にも関わらず両チームはやめる気配がない。 
 やはり、『有給休暇』の甘い響きに騙されているのか・・・ 
 「さ、ではそろそろ暗くなってきましたので、照明をお願いしまーす!! 魔導士の皆さん、どうぞー!!」 
 ・・・魔導士の皆さん? 
 一瞬固まった両ベンチは、空っぽだった観客席に誰かが立っているのを見た。やがてそれは、大きな炎を噴出させる。 
「これぞ、魔導士の面目躍如!! ご覧ください、この火柱を!! これならグランドいっぱい明るくできます!! さぁ、皆さんご一緒に! ファイヤァァァ〜!!」 
「メイ!! 何で俺までこんなことしなきゃならないんだよ?!」 
 盛り上がる実況の熱弁に、日頃の冷静さを欠いたツッコミが入った。一瞬誰だか分からなかったが、すぐにメイが返答する。 
「あ、な〜んだ、キールかぁ! いいのいいの、だって人手が足りないんだもん」 
「あのなぁ! 次はクラインの守備だろう? いいのかよ、俺が抜けても?!」 
 ・・・ごもっとも。 
 どうやらキールは、案外この試合に真剣に取り組んでいたようだ。しかし、彼の常識人たる発言は、もはやなんの意味も持たなかった。 
 メイの次に続いた返答は、大変素っ気ないものであった。 
「いいのよ、あんたが一人いなくなったところで大したことにはなんないから」 
「それなら最初から誘うなぁ〜!!」 
 魂の叫びはあっけなく無視され、大多数という集団の意志により試合は続行した。 
「はい、では三回表太郎お好みやキングの攻撃です! 先頭バッターは、おお!! とうとう真打ち登場です!! 二つの顔を持つ女、ノーチェ!!」 
「ふふふ、ほめてもなにもでなくってよ」 
 余裕綽々の顔でゆっくりとバッターボックスに立ったノーチェは、ピッチャーのシオンではなく、一塁手の姿を睨んでいた。 
(今度こそ・・・今度こそあの男を葬ってみせる・・・) 
 そして、シルフィスとウハウハランデヴー(爆) 
 彼女の中で、野球ということはすでにすっかり忘れ去られているらしい。それに気付いたのは、多分シオンだけだ。 
(おいおい・・・俺はどうでもいいってのかぁ? ったく、レオニスじゃなかったら殴ってるとこだぜ・・・) 
 どんな理由であれ、自分ではなく他人に視線がいくのに我慢ならないシオンであったが、この場合はやむを得ない。 
 なにせ、相手はあのレオニスだし。 
 なにやら妙な納得の仕方をしたシオンだが、そんな気持ちを反映したか、投げた球はへろへろとして力がない。 
 ノーチェがそれを見逃すはずもなく・・・ 
「もらったぁぁぁっ!!!」 
 パキィィン!! 
 白球はほとんど直線に飛び、したたかにピッチャーのグラブを直撃した。 
「おおっとぉぉ!! ノーチェの打球はシオンに直撃ぃ!! さすがはノーチェ、初球打ちでそのまま一塁を疾走します!! このまま二塁かぁ?!」 
(勝った、勝ったわ!!) 
 ノーチェは狂喜乱舞して一塁を駆け抜けて行く。球が回らなければレオニスも手は出せない。 
(これでシルフィスと手に手を取って・・・) 
 しかし、そのまま二塁に回ろうとしたノーチェは不吉なものを目の端に捉えた。 
 それは・・・、レオニスの薄笑い。 
 ノーチェを静かに見つめ、なにを思ったか薄く口元をゆるませている。その笑みに背筋が震えたことは言うまでもない。 
(なに、何だっていうのよ・・・) 
 恐怖に苛まれながらさらに一歩を踏み出した、まさにその時。 
  
  
 ドッカァァン!! 
「うわっ、何だ?!」 
「キャー!! なんですのぉぉ?!」 
 両チームが叫ぶ中、次々に砂煙のあがる一二塁間。 
 やがてノーチェが二塁を踏もうとした時。 
 ドンッ・・・ヒュルルルル・・・ドカーン!! 
 ノーチェを巻き上げ、見事に夜空に華が咲いた。 
「た〜まや〜!!」 
 思わず叫んでから、メイはハッとして 実況を再開する。 
「みみみ、皆様ご覧いただけましたでしょうか?! 原因不明の爆発に続き、なんと花火が!! 花火が打ち上げられました!! お、空からなにか降ってきます!! えーと、なになに・・・」 
 ひらひらと落ちてきたパラシュートには一言。 
 『阿呆』 
 ・・・。 
「ギャ、ギャグじゃなきゃ死んでるわよ・・・」 
 バタッ・・・ 
 こうしてノーチェは戦線離脱を余儀なくされた。その活躍は後々まで『クラインに咲いた華』として、語り継がれたとか・・・ 
  
  
  それにしても、なぜクラインに花火があるのか。 
  それは、数ヶ月前・・・野球のやの字も出ていなかった時。 
「・・・メイ、ちょっといいか?」 
  シルフィスに会いに騎士団にやって来たメイを、低い声が呼び止めた。 
 振り返れば、姿勢良く立って腕組みしている男が一人。 
「ほえ? なぁに、隊長さん? あたしに用なんて珍しいじゃない」 
「いや・・・つかぬ事を聞くが、甘いものは好きか?」 
「甘いものが嫌いな女の子ってのを見てみたいもんだわね」 
「つまり、好きなのだな?」 
  何を思ったか、彼はすたすたと自室へ歩き出し、やがて大きな箱を四つほどメイに渡した。 
「何これ?」 
「ホールケーキだ」 
  ホールケーキ・・・? 
 レオニスが無表情のままケーキ屋の前に立っている姿を想像し、メイは一瞬煩悶した。 が、それは彼女のこと。 
「じゃ、遠慮なくいっただっきまーす!!」 
  すばらしい勢いでケーキを平らげていくメイをレオニスはしばし無言で見つめていたが、やがておもむろに話題を切り出した。 
  不自然にならぬ程度に、さりげなく。 
「ところで、お前の世界には夏の風物詩の・・・なんといったか・・・夜空によく映える光が美しいと言っていた・・・」 
「ああ、花火のこと? アイシュにいったら、危ないとか言われちゃったよー」 
「そう、その花火のことだが・・・あれは簡単に手に入るものなのか?」 
「う〜ん、どうだろ。でも、あれって確か、筒みたいなものから火をつけて打ち上げるから、危ないって言えば危ないけど・・・でも、遠くで見てる分には綺麗だよ」 
「では、それを少し手に入れたい。頼めるか?」 
「ん? なに、騎士団の人たちで納涼会でもやるの? オッケー、任せといて!」 
  ・・・この時メイは気付くべきだったのだ。 
  日頃積極的に声をかけたりしないレオニスが、今日に限って声をかけてきたこと。 
  なぜかホールケーキを大量に自室においてあること。 
  そして・・・、花火に興味を示したこと。 
  やがて、研究院に帰ったメイは、キールに大目玉を食らうことになる。 
「メイ!! お前一体いくつケーキ食ったんだ?」 
「へ? 何の話?」 
「とぼけるなぁ!! なんだ、この領収書は?!」 
  
 魔法研究院キール・セリアン殿:ホールケーキ10個分、確かに納品させていただきました。お支払いは・・・ 
  
  その頃、騎士団レオニスの執務室。 
「シルフィス、お前甘いものは好きか?」 
「はい? 嫌いじゃありませんよ?」 
「実は差し入れをいただいたのだが、私は甘いものが苦手でな・・・ガゼルと分けると良いだろう」 
  それがどこからいただいた『差し入れ』なのか・・・誰も追求する者はいなかった。 
  
  
 グラウンドに倒れたノーチェを救護班が運んでいく。 
 その間、メイはつらつらと過去を見返し、一人背筋を寒くしていた。しかし、ここで一つの疑問が・・・ 
(隊長さんてば、どっから地雷を手に入れたのかしら・・・) 
 その疑問はすぐに解けた。 
 なぜなら、そばで小さく笑う声が聞こえたから。 
「よかった・・・ちゃんと爆発して」 
「・・・リュクセル?」 
 ・・・どうやら、某騎士様はこんな幼子にまで計略の手を伸ばしていたようだ。 
 確かに、あの遺跡からなら地雷の一つや二つ見つかるかもしれない。 
 報酬は・・・骨董品の壺か何かだろうか? 
 恐るべし、レオニス。 
「さ、さぁ続いてのバッターは、モンスターです!! はい、一丁前にバットを構えて・・・おおっと! 初球で平凡なショートゴロ!! シルフィス華麗に送球です!! う〜ん、たなびく金髪が美しい!! 勿論結果はツーアウ・・・え?セーフ? あ、そうか! 皆様、お忘れの方も多いかと存じますが! あのモンスターは四足歩行だったんですね!! 二足歩行の人間より速いのは当たり前ですね!! では、気を取り直して次のバッター・・・おお!軍団長の娘ですか!! 余裕の笑みは伊達ではありません!! シオン、振りかぶって・・・またまた初球打ちか?! 打球はそのまま・・・なんとサード方向へ!! これはまずい!! ヒット確実です!!」 
「あわわわ、どうしましょう〜!!」 
 おたおたといったりきたりを繰り返すアイシュ・・・もはや彼にかかれば平凡なフライもヒットに変わる。 
「アイシュ〜!! なんとしてもとるんだ!! でないと、執務さぼって菓子なんか作らせないぞ!!」 
 外野の殿下から恐ろしい宣告が下される。・・・そういえば、この国どうやって執務をこなしているのだろう? 王族が簡単にお忍びできたり、天才政務官でさえ公園で『忙しいんですけど〜』とかほざいてるし・・・ 
 殿下の発破はしかし、さらに彼を焦らせたに過ぎなかった。 
「うわぁぁ〜! もうだめですぅぅ〜!!」 
「アイシュ様!!」 
「アイシュ!!」 
 誰もが諦めたその時。 
 ヒュッ・・・・ 
 ゴスゥゥ!! 
 ずべしゃっ!! 
 恐ろしい勢いで飛んできた何かがアイシュの頭を直撃し、彼は顔からグラウンドに突っ伏した。そして・・・ 
 ポスッ・・・ 
 倒れた彼のグラブに落ちた白球。 
「おお!! これぞまさにミラクル!! アイシュ選手、偶然のおかげでチームの危機を救いました!!」 
「でかした、アイシュ!! 菓子作り、当分黙認する!!」 
「って、おいおい。お前が許してどうすんだよ・・・」 
「少なくとも、さっきから打たれてばかりのお前には言われたくない」 
「あ、そこをつかれると痛いな〜」 
「アイシュ様、すごいです!!」 
「いやぁ〜、それほどでもぉ〜」 
 チームメイトの賞賛の中、照れるアイシュを引き起こしたのは・・・ 
「・・・アイシュ殿、見事なファインプレーでした」 
 珍しく穏やかにほめる彼の手には、一塁ベースがあったとか。 
「ツーアウトで迎えるバッターは・・・初回から痛恨のダメージをピッチャーに与え続けるミリエールです!! さぁ、シオンはこのピンチを乗り切ることができるのか?!」 
「げ・・・またあいつか?!」 
「おーほほほほ!!! もはや貴方は私の敵ではありませんわ!!」 
 青ざめたシオンとは対照的に、ミリエールは得意の高笑いも磨きが掛かり、もはや誰にも止められない。これを収拾できるのはノーチェくらいだが、そのノーチェも救護班に運ばれた後である。 
 その高笑いに恐れをなしたか、シオンはまたあっけなく打たれた。 
「これは!! 高々と上空に舞う白球!! 間違いありません!! これは!! これはホームラ〜ン!!! 太郎お好みやキング!! またまた追加点です!!」 
 閑散としたグラウンドに、高笑いがこだまする。シオンは心も体もズタボロだった。 
 (ああ・・・俺ってなんでここにいるんだろう・・・) 
 あまりにショックが大きかったのか、とうとう哲学的なことまで考え始めた。その目が虚ろでどこも見ていないのを確認し、彼はほくそえんでバッターボックスに立った。 
 彼・・・アルムレディンは。 
(ふふふ・・・前回は思わずがさつなピッチャーに不覚をとってしまったが、今度こそ姫にアピールを!!) 
 すべては二人の輝かしい有給休暇のために! 
 へろへろとやって来た球を、彼は見逃さなかった!! 
「届け!! 私の愛!!」 
 渾身の力を込めてバットを振る。狙いはもちろん愛しいレフト方向へ!! 
 ・・・がしかし、彼は大切なことを忘れていた。 
 以前彼が放った殺人ヒットは、魔導士あってこそのヒットだったことを。 
 賢明なみなさんならもうお気づきだろう。 
 そう、彼の忠実な魔導士達は、この時照明係に回されていた。・・・従って。 
 「アルムレディン選手!! 一体誰に愛を・・・おおこれは!! フライをキャッチしたのは殿下です!! そうだったのですか!! アルムレディン選手、実は殿下が・・・!! もう私は何も言うことはありません!! 末永くお幸せに!! スリーアウトチェンジです!!」 
「ば、馬鹿な・・・」 
 がっくりと膝をつくアルムレディンに、殿下も一言。 
「・・・すまない。君の気持ちはうれしいが、私には答えてあげることができない・・・許してくれ」 
 かくして一波乱を起こし、三回表は終了した。 
  
 
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    隊長の陰謀がどうこう言うより、今回なんだかシオンの不幸が目立っているような… 
    アルムレディンも不幸でしたけどね! 
    ノーチェのリタイアが残念! 凶悪な隊長を止められるのは果たして誰!?(誰もいないってか…) 
   
 
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