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窓の外には大きな宵の月、ほんのりと照らす柔らかな光・・・・ 執務室で書類を片付け終ったレオニスは窓際で月を見ていた。 「もうすぐ帰ってくる頃だな。」 彼の者の笑顔が浮かぶ・・・・・・・・。 シルフィスは今朝、彼に問い掛けてきた。 夜に催される騎士団仲間の祝い事に招待されたのでガゼルと共に行ってもいいか、という。 私は仕事で行けそうにないが、と答えると少女は残念そうに小さな顔を傾けていた。 やがて、お土産持ってきますね・・・・・そう言って微笑んだ。 いつのまにか女性に分化した彼の者は、清らかなその微笑が柔らかい光に包まれたように優しくなっていた。 誰がその微笑を独り占めできるのかと、騎士団で話題に上らない日はなかった。 もし、その者が現れたら袋叩きにされるに違いない。そういう話になっている。 レオニスは美しい月から視線を外すと、小さく溜息を漏らす。 男性になっても女性になっても、彼の者が話題をさらったであろうことはわかっている。 しかし華やかな女性騎士になった今では、彼の者をなんとか振り向かせようと躍起になっているものが多い。 そんな中に行かせた事で心を煩わせている自分が確かに居る。 保護者だとか、上司だとか・・・・・・それは言い訳なのだろうか。 執務室を出て騎士団の廊下を一人歩いているレオニス。 少し頭を冷やそうか・・・・・・・・・。 そんな彼の元に、騎士団の入り口から走ってくるものがあった。 「隊長〜〜〜〜っ! 帰ってきました〜〜っ!」 シルフィス?・・・・・・・酔っているな。 声の主に気づくと彼は待っていたように長い両手を広げる。 その腕の中に勢いよく、彼の者が飛び込んでくる。 「シルフィス=カストリーズ。只今戻りましたぁ〜!」 ほんのり染まった頬は丸みを帯びて可愛らしい。 「今日は随分飲んだか。」 短い言葉の中に詰まった愛情は、何者としてのものだったのか。 「ガゼルはどうした?」 その言葉に、くしゃっと笑った少女は騎士団の入り口の方を指差した。 もう一人、走ってくるものがある。 「ずっりぃ〜! 先に行きやがってぇ〜〜!」 レオニスは軽く笑うと空いている片手を広げる。 そこに、少年は飛び込んでくるのだ。 「ガゼル=ターナー・・・只今戻りました〜!」 少女よりはしっかりしていそうな様子にほっとする。 「楽しかったか?」 聞かなくても顔中崩れた笑顔で分っている・・・・・と心で呟いたとき、2人は口をそろえた。 「隊長がいたらね!」 レオニスは2人の頭をくしゃくしゃと撫でる。 その暖かく大きな掌を待っていたのか2人は喜んでなすがままにされている。 「私が行くと、お前達は今日ほど酔えるか?」 少女は溶けそうな笑みのまま、何かぶつぶつ言っている。 少年は軽く片目を瞑ってレオニスを見上げている。 「隊長〜〜! 今度勝負してみる?」 レオニスは少年の背中を軽く叩いてこたえた。 「ああ。覚悟しとけ。」 レオニスはこの者たちと居る時、大切な時間の流れを感じる。 自分を慕って止まないこの者たちが、段々成長し力をつけてゆく様は殊のほか嬉しかった。 何でもない会話にでも、自分への愛情を隠さずにぶつけて来る。 そういった全ての時間が、自分にとって大切なかけがえのない時間であると思えた。 だからこそ・・・・・・・・・・。 「もう遅い。ゆっくり休め。」 2人は名残惜しそうに頬を膨らませるながらも大人しく腕から離れた。 「ちぇ〜っ。隊長真面目だからな〜!」 「#&?&・・・・・」 もう一人は言葉になっていないどころかふらふらして足元もおぼつかない。 「ガゼル、先に休め。シルフィスを部屋に連れて行く。」 「大丈夫かぁ? シルフィス? ・・・んじゃ、隊長お休み〜!」 そう言ってシルフィスの顔を覗き込むとガゼルは自分の部屋に戻った。 シルフィスは気だるく片手を上げてひらひらと掌を振っている。 「さ、帰るぞ。」 そういってレオニスは彼女の方に腕をまわして歩き出した。 ところがシルフィスは力が入らないなしく、全身をレオニスに預けてしまっている。 「シルフィス。それでは歩け・・・・・・・・・。」 レオニスは思い直し、長い腕を彼女の背中と足に差し入れて抱き上げる。 「あ・・・・・」 シルフィスの体がふわりと浮くと、彼女は潤んだ瞳できょとんとレオニスを見つめた。 「悪いがこの方が早いからな。」 シルフィスを抱いて廊下を歩いて行くレオニス。彼女の部屋のドアを片足で軽く蹴った。 「さ、ついたぞ。大丈夫だな?」 顔を覗き込むと少女はレオニスの腕の中で軽い寝息を立てていたのだった。 シルフィスをベッドに下ろすとシーツをかけて傍らに座ったレオニスは彼女の額にかかった金色の髪を払ってやった。 「ん・・・・・・・隊長・・・・・」 かすれた声で呟くシルフィスに動きを封じられてしまう。 「・・・・・・・なんだ。」 柔らかな白い頬はうっすらと紅を差して上気している。 顔の横に軽く握って置かれた丸い拳。 長い睫が影を落とす端麗な顔は、薄く開いた唇が安心しきっていることを語っている。 「ゆっくり大人になれ、シルフィス。」 少女はすぐに大人になってしまうことを知っている彼は今のままのシルフィスを大事にしたかった。 確実に時は流れてゆく。急いで大人になって何かを拾い損ねても、気付いた時もうそこには戻れないのだ。 さっきまで見ていた月のように、様々な形を見せる月のようにゆっくり時間をかけて満ち欠けていって欲しい。 だから・・・・・・。 「だから・・・・私も急がない。ここで・・・お前を見てる。」 少女の頬を両手で包み込み、低く紡がれた声はいつものレオニスのものとは少し違った。 はっきりと言葉を切って話す彼が、迷っているかのように言葉を選んでいる。 誰も聞くものがいないというのに・・・・・・・・・。 さっと手を離したレオニスは彼女に背を向けると、静かに部屋を出て行った。 レオニスは黒くて艶やかな短い髪を掻き揚げると自嘲気味に笑う。 「本当に頭を冷やすとするか・・・・。」 そして・・・・ベッドで眠っていたシルフィスは、シーツを被って隠れてしまった。 これ以上赤くなれない程にかっと顔を熱く火照らせて・・・。 いつから酔いが覚め始めていたのか・・・それは分らない。 まだはっきりとしない頭でうつろな状態なのは確かなのだった。 ただ、自分が甘えたくてしょうがなかった相手が自分を抱いていたことに気づくともう何も言えなかった。 全身の力が抜けてしまって体の自由が効かないと思えば、反対に全身に力が入って固くなってしまうような気もした。 「隊長・・・・・・・」 掠れたような小さな声がシーツの中から漏れる。 薄いまどろみにいた彼女だが今宵ゆっくり眠れるだろうか・・・・・・・・。 そんな彼女の姿を優しく照らしている月は今、別の場所で彼のことも優しく包んでいるのだろう。
隊長、大人です。シルフィス、お子様の振りしてポイント押えてます。ガゼルもいい味出してます。 このどこかお伽噺のようなしっとりした余韻、大好きです。 しかし「ガゼルなんか要らん! 男ならもっと何とかしろレオニス!」と叫んだレオシル女のために、 もうひとつの物語へリンクをしましょう。 |