夏の盛りは過ぎたとはいえ秋と呼ぶにはまだ早すぎるその日、大通りから広場にかけては、いつもよりずっと熱気があふれていた。 年に数度のバザーの日で、王都はもちろん近郷近在から人が集まっている。 この日のために大きな荷物を抱えてやってきた行商人たちはもちろん、大通りの商店も露店を広げていて、賑やかな呼び込みや値切りの声がそこかしこから聞こえてくる。 「すごい人出だねー」 「ほんとうにそうですわね」 立ち並ぶ露店の一角に座っているのはメイとディアーナだった。 好奇心に足が生えたと言っても言いすぎではないこの二人、ちゃっかりと店を出している。 何を売っているのかと思えば、ディアーナがアイシュのお菓子作りの腕前を見込んで作ってもらった焼き菓子だ。 それと並んでひっそりと隅の方に置かれている品々は、メイが召喚した品々で、ヤカンの蓋だけとか、ボールペンのキャップだけとか、一目見ただけでは何がなんだか使い途さえわからない。 昨日までディアーナも自分の部屋から何か持ってくる、と言っていたのだが、さすがのメイも、王宮の物を持ち出して売るのはヤバイ気がして、それだけは止めさせた。 二人とも、売り物が他人任せでは店主として情けないと思ったらしいが、さっきから売れていくのはアイシュのお菓子ばかりなのも仕方がない。 「そういえば、今日はイーリスは来ないんですの? こんなに人が大勢いますのに」 「来ないってさ。人込みは嫌いなんだって」 「あら、こういう時は稼ぎどきっていうのかと思いましたわ」 「なんかねー、こういう騒々しい日には自分の歌がわかるお客なんかいないとか言ってたよ」 「イーリスは孤高の吟遊詩人なんですのね」 感心してうなずくディアーナだったが、メイとしては、ただ疲れるから嫌なんじゃないか、と疑っている。 そんな時。 「おーい、メイー! ディアーナー!」 人込みをかき分けて、露店の前に姿を現したのはガゼルだった。 「どうだ、楽しいか?」 「ええ、とっても。ガゼルのおかげですわ」 ディアーナが笑顔で答える。 儲かってるか、と聞かないところがガゼルらしい。 そもそもこのバザーには、許可証のある行商人と、鑑札を持った市民しか店を出すことができない。 お客には誰でもなることができるが、誰でも売っていいということではない。 これは、商人である市民の利益を守るためであると同時に、盗品や贋物が取引きされるのを防ぐための知恵でもある。 本来ならこの二人も出店できるはずはなかったのだが、どうしてもお店を出してみたいというディアーナのたっての願いで、ガゼルが知合いの町会長に交渉してくれたのだ。 ディアーナの潤んだ瞳で「たとえ見習いでも、騎士としてわたくしのために骨を折ってはくれませんの?」と詰め寄られたら、ガゼルに断ることなどできるはずもなかった。 ガゼルってディアーナに弱すぎ、と思うメイだったが、とりあえずまだ口には出していない。 「何よ、今日は巡回? それとも心配だからってわざわざ見に来たの?」 冷やかし半分に尋ねたメイに、 「違うよ、お前ら、隊長を見なかったか?」 と、ガゼルの方が真顔で聞いてきた。 「レオニスと待ち合わせしていたんですの?」 「そーじゃないけど・・・隊長はこういう時、必ず骨董屋に買い物に行くだろ? だけど俺、そういうのに連れてってもらったこと、一度もないから・・・今日はこっそり後つけてきたんだ」 確かにレオニスの趣味は骨董だ。 たとえメイやディアーナの趣味が骨董だったとしても、高価で壊れやすい品ばかり並ぶ骨董屋にガゼルを連れて行きたいとは、あまり思わないことだろう。 「で、見失ったってわけ」 「うん、さっきまで見えてたんだけど」 「レオニスは大きいですから、きっとすぐに見つかりますわよ」 簡単に言い切るディアーナとは裏腹に、メイの方は、その目立つレオニスを見失ったってことは要するにまかれたってことで今日はもう二度と会えないだろう、と思ったが、これもまた言わないでおくことにする。 「そうだよな。俺、もうちょっと探してみる。隊長見つけたら俺に教えてくれよ、じゃ!」 教えるってどうやって、と突っ込む間もなく、ガゼルはまた人込みに姿を消した。 「あわただしいですわね、もっとゆっくりしていけばいいですのに」 むう、と頬をふくらませるディアーナに、メイは笑って言った。 「どうせ見つからなくてすぐ戻ってくるわよ」 と、そこへ、飲み物の瓶を持った親子連れが立ち止まってきれいな紙に包まれたお菓子を指差した。 二人はリボンの付いた包みを渡してコインを受取り、子供の頃のお店やさんごっこ以上に充実した気分に浸り、今のことはそのまま忘れてしまった。 シルフィスがやって来たのは少し経ってからだった。 「こんにちは」 まだ男とも女ともつかない状態のシルフィスだが、むしろそのせいで、ディアーナやメイとも自然に仲良しになれたのかもしれない。 「来てくれて嬉しいですわ」 「ねえねえ、せっかくだからなんか買ってかない?」 店員モードになっているメイは早速売り込みにかかる。 「メイったら、ちょっと正直すぎますわよ」 「あたしはねえ、いっつもお小遣い足りなくて困ってんの。今日だって、やる以上はマジで儲けるつもりなんだから」 「あら、わたくしだってお小遣いはそんなに多いわけじゃありませんわ」 「まあまあ、ふたりとも」 むきになって貧乏自慢を始めそうな勢いの二人に、シルフィスは笑いながら割って入る。 「もちろん買って帰るつもりで来たんですよ。えーっと、アイシュ様の手作りクッキーでしたっけ・・・」 そう言いながら机の上を動いたシルフィスの指が止まったのは、お菓子の包みの上ではなかった。 「これは・・・」 「ああ、それ? それはあたしが向こうの世界から魔法で喚び出したんだよ。にぎやかしに並べてるだけ」 「こういう物はよくわからないんですけど、ぷらすちっくですよね」 「そうだね。ボールペンのキャップだから」 「まあ、シルフィスはぷらすちっくがわかるんですの」 目を丸くするディアーナに、隊長のお部屋で見せていただいただけです、とシルフィスは照れてみせた。 特に鑑定眼があるわけではない、と言いたいらしい。 ここでメイは初めて思い出した。この世界ではプラスチックは貴重な骨董品なのだ。 もしかしたら自分はものすごいお宝を持っているのではないか。 あるいは、これからものすごい金儲けができるのかもしれない! 「メイ?」 「はっ!」 メイの驚きはしっかりと顔に出ていた。シルフィスとディアーナが怪訝そうにメイを見る。 「な、なんでもない。それで、これが欲しいの、シルフィス」 「はい。隊長に差し上げようと思います。いくらですか」 いくら、と聞かれても、さっきまで売る気がなかったから値段など考えていなかったし、相場もわからない。 一瞬、惜しい、という感情がよぎったのは嘘ではないが、メイはもともと人情に篤いタイプだ。 「友達からお金は取れないよ。いいからあげる」 「えっ、そういうわけにはいかないでしょう」 さっき目の前でお小遣い談義を聞いてしまったばかりのシルフィスとしては、そう簡単に行為に甘える気持ちにはなれない。 「いいって。お菓子はアイシュの作品だから、ただってわけにはいかないけど、これは元手ゼロだし」 「そうですわ。それに、ちゃんとお金をもらいたくても、どんな値段になるか全然わかりませんもの」 だからこそ、と渋るシルフィスを、まあまあとなだめながら、メイは (やっぱりディアーナにも値段がわからないくらいプラスチックって高いんだー! よーしこれで大儲けー!) と思っていたが、友達にたかるつもりはなかったので、すぐに問題のそれをつかんでシルフィスに握らせた。 「隊長さんにあげるって言ったじゃない。きっと喜ぶよ〜」 「ありがとう、メイ」 「よかったですわね。これでいくら鈍いレオニスでも、きっとシルフィスの気持ちは通じますわ」 「え、いえ、あの、そういうことではなくて・・・」 今までよりずっと慌てて、シルフィスは首をぶんぶんと振った。 シルフィスが隊長と呼んで慕う相手に抱いてる感情は、同じ相手にガゼルが持っている感情とは、実は違うんじゃないか、いや違うだろう、きっと違うにちがいない、というのがメイとディアーナの一致した意見だ。 シルフィス本人は自覚していないようだが、これが分化のきっかけに・・・それも女性への分化のひきがねになるんじゃないか、とメイはそこまでにらんでいる。 問題は相手がシルフィスのことをどう思っているかだが、無口で無愛想が代名詞となっている男、これまでのところ、メイやディアーナに見抜けるわけもなかった。 「照れなくてもいいんですのよ。これからデートですの?」 「ええっ? そんな約束してません!」 力いっぱい否定するシルフィスの姿は、女の子から見ても可愛らしいものがあって、思わず二人とも微笑んでしまう。 「とにかくこれは、あたしたちからシルフィスへのプレゼント。隊長さんもバザーに来てるらしいから、しっかりね」 「はあ・・・ありがとうございます」 照れたような困ったような顔のまま、シルフィスはぴょこんと頭を下げて雑踏に紛れていった。 その後ろ姿に手を振った二人だったが、そこで、はっとして顔を見合わせる。 「隊長さんってこのへんにいるんだっけ」 「ガゼルの話では、いないんじゃなかったですかしら」 「まあ、別に今日渡さなくてもいいわけだけどね・・・」 だがそう言いながら、ふと通りの向こうに目をやったメイは、自分の目を疑った。 メイたちの露店の並びがちょうど切れる角のところに、周囲から頭ひとつ分抜きんでた男が立っている。 それは二人がよく知っている人物だった。 その時ちょうど人の流れが途切れて、メイたちのところからそこがよく見通せるようになった。 さっき別れたばかりのシルフィスがその男に駆け寄るのが見える。 「あれは、シルフィスと・・・」 「レオニスですわね・・・」 ディアーナも目ざとく見つけてつぶやいた。 今しがたのシルフィスの様子では、待ち合わせをしていたとは思えない。 偶然出会ったのだろうか。 偶然。それにしては、あの瞬間まで、あんなに長身のレオニスに気付かなかったなんて、どういうことだろう。 メイの想像では、ガゼルをまいて骨董屋へ行ったはずのレオニスなのに、こんなところへ忽然と姿を現すとは。 二人が見ているのを知ってか知らずか、シルフィスがさかんにレオニスに話し掛けている。 少し首を傾けて、時折軽く肩をすくめて慌てたように手を振ったり、全身でしゃべっている様子がわかる。 後ろ姿なので表情は見えない。 だがメイには、シルフィスがどんな顔をしているか、わかるような気がした。 シルフィスが自分では気付かないまま振りまいているあの雰囲気に、メイは覚えがあった。 女子高の友人たちが見せていた仕草。 片想いの彼のことを話す時。 迎えに来てくれた恋人と校門前で会った時。 彼女たちの見せた背中と、今のシルフィスの背中は、同じ言葉を語っているとしか思えない。 「シルフィス・・・なんかフェロモン出てるよね・・・・・・」 メイのつぶやきにディアーナが答える。 「それってなんだかわかりませんけど・・・なんだか女の子みたいですわね」 「つーか、あれで男同士だったらまずいっしょ」 だってどう見たって、まるで恋人同士みたいに見えるのだから。 シルフィスだけではないのだ。 レオニスの顔は正面から見える。 多分シルフィスの言葉に応じてうなずいているのだろう彼の顔には、今まで見たこともないような穏やかな笑みが浮かんでいて、あれがいつも執務室で会う仏頂面の主と同じ男とはとても信じられない。 それは、部下を信頼する上司というよりは、娘を見守る父親に似ていて、それよりはもっと、年下の恋人を甘やかす男のものに似ていた。 「あれって・・・無意識なんですの?」 「シルフィスもたいがい鈍感だけど、隊長さんは・・・」 メイがそう言った時、ちょうどシルフィスが握った手のひらを差し出して開くところだった。 さっきメイにもらった品を渡そうとしているのだろう。 それを受取りながら、明らかにレオニスの視線がこちらに向けられた。気のせいか、とても鋭い視線が。 「やばっ!」 「きゃっ」 弾かれたように、メイとディアーナは机の後ろでしゃがみこんだ。 「こっち見てましたわね」 「うん・・・」 なぜかメイは冷や汗を止められなかった。 確実に目が合ったような気がする。しかも、シルフィスに向けられていたのとは全然違う目付きで。 「・・・ばれてたみたい」 なぜ見ていたことがばれるとまずいのか、頭ではよくわからない。 覗くな、という警告だろうか。 でも、もしかするとレオニスはこちらが見ているのをわかっていたのでは、という気もする。 そうだとすると、あれって見せ付けられてたってこと・・・? がっくりと首を垂れるメイの横で、ディアーナは無邪気に首をかしげる。 「レオニスもシルフィスのことが好きなんですかしら」 それくらい分かれよ、と思ったメイだったが、気力がなくて口に出すことができない。 「あ、そうですわ! ガゼルにレオニスがいるって教えてあげなくちゃ」 「ぎゃ〜っ!」 立ち上がったディアーナの頭を、メイは慌てて押え込んだ。 今までたくさんのことを敢えて言わずに済ませてきたが、これだけは言わなくてはいけない。 「や、やめといた方がいいよ」 今やメイにはわかった。なぜレオニスがあからさまにこちらを見たのか。 「どうしてですの」 「だって、せっかくシルフィスと隊長さん、二人きりなんだからさ、シルフィスのためにそっとしておいてあげようよ」 「うーん、そうですわね。シルフィスのためですわね」 そう、それからレオニスのためにも。 メイはレオニスの行動をそう理解した。 ガゼルの尾行をまき、気配を消してシルフィスを待ち伏せし、さらにガゼルに邪魔させるなと自分たちにプレッシャーをかけてきたのだと。 そうっと頭を出すと、さっきの場所に二人は見えず、また人波が寄せてきて通りは混雑し始め、レオニスの頭も見つけることができなかった。 「行ってしまいましたわ」 「そうそう、だからさ、ガゼルがまた来たら、隊長さんのことは諦めてもらって、ここで一緒に店番しようよ」 「それがいいですわね。一緒に店番いたしましょう」 上機嫌になったディアーナに苦笑しつつ、メイは心の中で小さくため息をついた。 大人ってこわい。 メイの想像が当たっていたのかどうかは、誰にも確かめることができない。だが少なくとも、シルフィスとレオニスが恋人同士になるかどうかは、いずれ誰の目にも明らかになるだろう。 ついでに言うなら、メイが召喚したプラスチックで大儲けできたかどうかも、また別の物語で明らかになる。
これでもレオシル。私が書くレオシルなんて、こんなものです。 普通のカップリング創作だったら、プレゼントを渡すシーンはカメラが寄っていって、クローズアップで二人の会話とか表情とか丁寧に写し出すんだろうなー、 ということはよくわかってます。 でも私が書けばカメラはロング。(しかも隊長の台詞ないし) 恋人同士そのものを書くより、恋人たちのまわりの人たちを書いていたいです。 ちなみに、このお話の一部はノンフィクションです。同人活動がお店やさんごっこみたいとか、そんなんじゃないですよ♪(それも一理あるけど) |