手作り弁当の法則
 
 
 これまでのお話 
  王都名物のバザーにどうしてもお店を出して参加したかったディアーナとメイは、ガゼルに頼んで許可証を手に入れてもらう。一方ガゼルは敬愛する隊長のプライベートに付き合いたいという野望を胸に、当日は隊長の追っかけを敢行したのだが……。 
  
  
  ガゼルは人ごみの中で立ち止まり汗をぬぐった。 
  隊長の趣味の骨董屋めぐりに立ち会いたいと、勝手に後をつけてきたが、結局見失ってしまった。 
  今日は露店にも骨董屋が多いから、その辺で偶然会えるかもなんて幸運を期待したけれど、世の中そう甘くはない。 
  もともと割り切りはよい方なので、あっさりとあきらめることにする。また次回挑戦すればいいだけのことだ。 
  まだ昼前だしせっかくバザーに来たのだから、と次にガゼルが向かったのは、大通りに並ぶ露店の一角だった。 
「よう、また来たぜ」 
  声をかけると二人の少女が手を振ってくる。 
「やっほー」 
「ガゼルー!」 
  店の正面に立つと、 
「来てくれて嬉しいですわ」 
  満面の笑顔のディアーナとその隣りでコインを数えているメイが迎えてくれた。 
「隊長さんには会えたの?」 
  さっきここに来たガゼルが隊長の行方をきいてきたので、今回はメイの方から尋ねた。 
「ううん、見失っちまった」 
「レオニスのことなんか別にいいんですのよ」 
  ディアーナが口をとがらせる。 
  本当は二人とも、少し前にレオニスの姿を見かけたのだったが、ガゼルにはここにいてほしかったので黙っていることに決めたのだ。 
「それより一緒にお店番をしてくださいな。いいでしょう?」 
「ええー、面倒くせえよ」 
「忙しいんですの?」 
「そうじゃねーけど」 
「あーもう、あんたたちうるさいー! ガゼルもそこだと邪魔だからこっちがわに来てよ。商品の前は営業妨害!」 
  メイに一喝され、ガゼルは首をすくめると、机の下をくぐって中に入ってきた。 
  二人だと広い空間だが、まだ暑さの残る季節、三人が限界かもしれない。 
「まあ、すごいですわ、そんな近道があったんですのね」 
「お前はやんねー方がいいかもな」 
「どうしてですの」 
「ひらひらの服が汚れるからさ」 
「そんなこと、わたくしは平気ですわ」 
  いちゃいちゃしてんじゃねーよ、という言葉をのど元で抑えて、メイはひたすら午前中の売上を数えていた。大金ではないが、外国のお金を数えるのはなかなか難しい。 
「今んとこ、お釣りの間違いはないみたいね」 
  お金を入れていた皮袋をきゅっと閉じて、中間集計は終了だ。 
「ありがとうですわ」 
  ディアーナもメイも計算は得意とは言えないので、お釣りを渡すだけでスリリングな経験になる。 
「ところで何売ってんだ?」 
  ガゼルは小さな紙包みと見知らぬ物体を取り上げた。 
「こっちは食いもんだよなー。これは?」 
  見ただけではわからないのも当然で、メイが異世界から召喚した多種多様な小物の数々だった。 
「それはまあ、気にしなくていいからさ」 
  ガラクタだから、と言ってメイはガゼルの手から、どこかの企業のロゴの入った携帯ストラップを奪い取る。 
「こちらはアイシュが作ってくれたお菓子ですのよ。絶賛発売中、ですわ」 
  ディアーナはメイから教わったばかりの言葉を得意そうに唱えた。 
「アイシュ様って、王宮の文官の人だろ? なんで菓子なんか作ってんだ」 
「わたくしが頼んだのですわ。わたくしが頼めば大きなケーキでも焼いてくれますのよ」 
  それは半分は嘘で、作ってくれないならもう勉強しない、だの、これを食べたら課題をしてくださいねー、だの、ディアーナとアイシュの間にはいつも激しい攻防が繰り広げられているのだが、細かいことは一切省略されてしまった。 
  ふと気が付いてディアーナはガゼルに尋ねる。 
「そういえば、どうしてアイシュのこと知ってますの?」 
「ああ、前にシルフィスに聞いたことあるから。それに、キールの兄貴なんだろ、その人」 
「あら、キールのことも知ってるんですの?」 
「俺たち友達だぜ。あいつの部屋に行くといつも面白いもんあるから、楽しいんだ」 
  それは違うよガゼル、という言葉をメイは飲み込んだ。君はキールを友達だと思っているだろうけど、キールの方はきっとそう思ってないだろう。 
  だがしかし、そういう付き合いもあるのだろうし、第一、今この二人の会話に割り込む気力は、メイにはない。 
「さすがはガゼルですわね、本当にお友達がたくさんいますのね」 
「でもアイシュ様にはまだ会ったことがないや」 
「アイシュはとってもいい人ですのよ。きっとガゼルもお友達になれますわ」 
「ふうん」 
  ガゼルは、いつもの人好きのする彼には珍しく、あいまいにうなずいた。 
「俺さあ、食いもん前にしてたら腹減ってきちまった。もう行くよ」 
「まあ、どこへ行くんですの」 
「寮に帰って昼飯食うんだよ」 
「大丈夫ですわ、ちゃあんとお弁当がありますのよ」 
  ディアーナはうれしそうに足元の大きな袋からお弁当を二つ取り出す。 
「ね、二人分ありますわ」 
「それ、もしかしてお前が作ったのか」 
  目を丸くしてガゼルが聞くと、 
「いいえ、これもアイシュに作ってもらいましたの」 
  まったくためらいもせず、晴れやかにディアーナは答える。 
  ガゼルの表情が固まるのを見逃すメイではなかったが、ここはそれより先に突っ込まなくてはならないことがある。 
「あーもしもしディアーナ?」 
「なんですの、メイ」 
「アイシュが作ってくれたお弁当ってさあ、あたしとディアーナの分じゃなかったの?」 
「え、えーと…」 
  とたんにディアーナの顔に狼狽の色が走る。 
「だ、だって、三人分って頼めなかったんですもの。もう一人は誰ですかって聞かれたら、わたくし、なんて言ったらいいかわからなくて…だから二つで、でもそれは…」 
  しどろもどろになるディアーナを制したのはガゼルだった。 
「だからさあ、それはお前とメイで食えばいいだろ。俺は帰るから」 
「そんなこと言わないで……そうですわ、三人で分ければいいんですわ」 
  いいことを思いついた、と明るい表情をしたディアーナに、ガゼルはどこかむっとしたように答える。 
「いいってば。もともとお前らの分なんだろ」 
「そうですけど、でも、だからって帰るなんて言わないでほしいんですの」 
「だって二つしかないんだからしょーがねーだろ」 
  ガゼルらしくない、突き放した言い方だ。その理由がわからないディアーナは泣き出しそうになって懇願する。 
「わたくしが悪かったですから、ガゼルとメイで食べてくださいですわ」 
「そんなことできるかよ」 
「でも」 
「他の男がお前のために作った弁当を、なんで俺が食わなくちゃなんねーんだよ!」 
  思わずガゼルが大きな声を出した時、それまで成り行きを見守っていたメイが口をはさんだ。 
「あんた、もしかしてやきもち?」 
「うっ…違う、そんなんじゃねーよ」 
  たじろぐガゼルを無視して、メイはどんどん続ける。 
「ま、いっけどねー。アイシュがディアーナにお弁当作るのはねえ、あんたが考えてるようなのとはちょっと違うんだなあ。もっとこう、忠誠心っていうかさあ、例えば隊長さんが殿下のためにお弁当を作るような…」 
  言いかけて、自分で想像してメイは気持ちが悪くなった。 
「ぐえー。今の例はなしね。もっとこうお世話するっていうか、例えばシオンが花壇に水をやるような…」 
  それはそれで誤解を招く比喩のような気がして、今度は頭を抱えた。 
  ディアーナとガゼルは、意味がわからないようでぽかんとしてメイを見ている。 
「あー、とにかくね、そこにあるのは友情なのよ、友情! 心配しないでお弁当もらいなさいよ!」 
  そうして勝手に弁当を手に取ると、ひとつずつ二人の手に押し付けた。 
「でもメイの分は…」 
「あたしにだって、一緒にお昼を食べたい相手くらいちゃんといるの」 
「そーなのか?」 
「そーそー。それにここであんたたちと三人で食べたりしたら馬に蹴られちゃうしね」 
  そう言うと、メイはさっさと立ちあがって歩き出した。 
「じゃ、あたし昼休憩。ガゼル、店番もディアーナの番も、頼んだわよ!」 
  手を振りながら去って行くメイの行く先を、ディアーナはわかっていたが口には出さなかった。 
「なんだよ、あいつ。言いたいだけ言って…」 
  ガゼルは弁当を手にしたまま憮然としてつぶやく。 
「ガゼル…その、メイの言ってたことなんですけど…」 
  ディアーナはなんだかガゼルの顔がまっすぐ見られなくてうつむき加減だ。 
「本当に、アイシュはただ、わたくしがお願いしたから、お弁当を作ってくれただけなんですのよ」 
  ガゼルの常識からすると、いくら頼まれたからって男が弁当を作るなんてサービスをするのは、好きな女のためなんじゃないかと思える。だが、メイがあれほど強調していたことだし、アイシュという人はあのキールの兄貴なんだし、自分の常識で計ってはいけないのかもしれない、と考え直した。 
「いや、俺の方こそ悪かったな。なんか意地張っちまって」 
「今うれしいからいいんですわ」 
「でもさ、やっぱり今度食べる時はお前の手作り弁当がいいかな、なんて…」 
「え?」 
「わああ、なんでもねーよ」 
  お姫様相手に弁当作れなんて、やっぱりヤバイよな、と思って慌てて打ち消す。 
  もしもメイなら迷わず、ディアーナの手作り料理よりアイシュの手作りを選ぶところなのだが、幸か不幸か、ガゼルにはそんなことはわからない。 
  本当にディアーナの手料理を食べられる日が、果たして彼に訪れるのか。 
  ちなみにこのとき、露店の両隣は一般市民の皆さんで、もちろんガゼルを子供の頃から知っている人々で、いつのまでもガキだと思っていたらすっかり思春期なガゼル君に心の中で感激の涙を流していたのであるが、皆さん大人なので黙って知らない振りをしていたのである。 
  ガゼルとディアーナ、二人の恋の行方やいかに。 

  続く……のか? 
 


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    夢幻堂さんが2001年の10月に発行された『ガゼル良ければすべて良し!』のために書いたものです。 
    ラブコメを目指したんですが、まだまだ軽さが足りないですね。甘さは、もうあきらめてます。 
    独立してこれだけ読んでもわかるようにはしたつもり。 
    第3話がメイのお話になります。  
 
 
 
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