一攫千金
 
 
  その日、錠前亭の前にはテーブルと椅子が並べられ、カフェテラスのようだった。
  宿屋の前がいつもこんな風になっているわけではない。人通りの多い期間だけ、休憩客をあてこんでテーブルが広げられるのだ。
  大きなパラソルをさしたテーブルの席に腰を下ろして、イーリスは冷たいお茶を飲んでいた。強い日差しが苦手なので、商売のため外にいる時以外、とりわけ昼時は部屋の中に引っ込んでいるのだが、今日は外の風にあたりたくなってカフェテラスもどきに座っている。
  もうすぐ夏も終わる、とぼんやりと考えていると、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。
「イーリスーっ!」
  通りの向こうから手を振りながら走ってくるのはメイ。日の光の中であの独特の衣装をひるがえして走ってくる。
「この時間はここにいると思ったんだー」
  息を切らして駆け寄ってきた少女は、弾んだ声で言った。
「どうしたのです。ご機嫌のようですね」
「ふふふー、わかるー?」
  どすんと隣りの椅子に腰を下ろす。
「あたしね、ものすごくいいこと思いついちゃった」
「おや、そうですか」
「おじさーん、ランチひとつ、アイスティー付きね!」
「今日は豪勢ですね。倹約中ではなかったのですか」
「だから、いいこと考えたのよ。お金儲けの方法!」
  錠前亭の亭主がお皿と一緒に持ってきたグラスを一気にあけて、メイはぷはーっと息をついた。
「キールったらいつまでたってもお小遣い上げてくれないし、借金してCD買っちゃったし、金欠だったんだけどさ。ついに大儲けする方法を見つけたの。見て」
  じゃじゃーん、と自分で言いながら取り出したのは、イーリスには見なれない、数々の小物の山だった。
「なんです、それは」
「これは携帯のストラップ。こっちはシャツのボタン。あとこれは多分、お裁縫に使う指貫だと思うな」
「…それで?」
「見てわかんない? これってみんなプラスチックでしょ!」
  言われてまじまじとその小物たちを見る。
「確かにそう見えますね」
「絶対そうなんだってば。あたしがあっちの世界から召喚したんだもん。シルフィスもすぐにプラスチックだってわかったよ」
  メイは、豪快にサンドイッチをくわえながら言った。
「それで?」
「やだなあ。お金儲けの話なのに、イーリスともあろう人が、なんでわかんないかなあ」
「人を守銭奴みたいに言わないで下さい」
「あ、ケチなだけだったっけ。とにかくさ、こっちの世界ではプラスチックってすっごい貴重品なんでしょ?」
  あたりをはばかって、最後の部分はイーリスの方に身体を傾けながら小声で話す。
「重い物はダメだけど、これくらいなら選んで召喚できるから、売り飛ばせば元手なしで大儲けができるじゃない!」
  瞳を輝かせながら力を入れるメイに、思わずイーリスは吹き出した。
「ぷっ」
「ちょっと! なんで笑うのよ、真剣なのに!」
「あなたがあまりにも単純なので、つい」
「ぐさ。なによそれ」
「メイ、あなたの世界で高価な骨董品というのはどんな物ですか」
「えっと、古くて、珍しいもの」
「例えば道端に落ちている石ころが、とても古いもので、あまり見かけない色だったとして、それだけで高価な骨董品ですか」
「う…ううん。そんなことない。みんなが欲しがる物じゃないと…きれいな色だとか」
「そう。他人が欲しがる、ということが重要です。高いお金を出してもいいから欲しい、という人がいて、初めて商売になるのです」
  そう言いながら、ストラップと呼ばれた品を手に取る。
「これを欲しがるのはどういう人でしょうね」
「ちぇーっ、駄目かあ」
  もともと頭の回転は速い方なので、メイは納得して肩を落とした。
「すっごくいいアイデアだと思ったんだけどなあ」
「アイデアはよかったですね。ぷらすちっくの壷でも取り出せれば最高なのですが」
「そういうでっかいのは無理なの。これくらい小さいものでないとできないんだ」
「まあ、濡れ手に粟の儲け話などそうそうあるものではない、ということです」
「あんたに言われたくない」
「私はちゃんと働いて稼いでるんですから」
「そっか、そうだよね」
「あなたもその気になれば、人前で稼ぐことができますよ。いつも言っているでしょう。私はあなたとなら一緒にやっていけると思うんです」
「え?」
  まるで口説き文句のような台詞だが。
「あなたは存在そのものが人目を引きますからね」
「……それ、誉めてるように聞こえないんだけど」
「そうですか? 心からうらやましいと思ってるんですが」
  そう言ってからイーリスは声を上げて笑う。めったに見せない笑顔だ。
「ですがメイ、少しでも稼ごうと思ったら人と違うことをしなければなりません。それに気付いただけでも素質があります」
  そんな風に言われても、ただ単に楽して儲ける、というコンセプトだったメイには少しくすぐったい。
「さっきから、なんだか先生みたいだよ、イーリス」
「本当に儲けようと思ったら、もう少し洞察力と想像力が必要です」
  照れ隠しのメイの言葉に構わず、イーリスはある物を手に取った。
「例えばこれです。このとても小さなスプーンのようなもの。これは何です?」
「それは多分、ヨーグルトかアイスクリームのスプーンだよ。コンビニでもらえるやつ」
「詳しいことは分かりませんが、やはりスプーンなのですね」
  その目がすうっと細くなって、何かをたくらんでいる時の顔になる。
「考えてもごらんなさい。これは小さすぎておもちゃのようですが、スプーンだと知れば、骨董に興味のない私でも興味を持ちます。もしもちゃんとした、ぷらすちっくのスプーン、ぷらすちっくのフォーク、ぷらすちっくのプレート、ぷらすちっくのカップ、それが一そろい、せめて半ダースのディナーセットでもあったとしたら、それを欲しがる金持ちが必ずいるのではありませんか」
  メイはほうっと口をあけて聞いていたが、
「すごい、すごいよ、イーリス!」
  やがて目を大きく見開いて叫んだ。
「そうだよね。セットにすればお宝の価値もぐっと上がるのよね。やっぱりお金儲けのことではイーリスに敵わないな」
「とはいえ面倒でしょう。そんな苦労をするより、私と一緒に辻に立つつもりはありませんか」
  冗談とも本気ともつかないイーリスの台詞に、メイは即座にかぶりを振る。
「ううん。イーリスに頼っちゃだめなの。これはあたしの問題だから」
  最後に残ったサラダを口の中に放り込むと、やる気を身体中にみなぎらせて立ちあがった。
  正直なところ、普通のスプーンくらいの大きさの物はまだ召喚できたことがない。それでも挑戦してみる価値はある。
「じゃ、あたしがんばるからね!」
  これお昼代、と叫んでコインを投げると、来た時と同様、風のように走り去っていく。
「……本当に、単純ですね」
  空中でコインを握った右手を頬杖にして、ため息まじりに笑うイーリスだったが、それは彼女を馬鹿にしたものではなく、愛しいと思えばこそだった。
  けっこう誤解されているようだが、彼は無意味に貯めこむタイプではない。あんなアドバイスをしたのは、お金儲けができればいい、というのとは少し違っている。彼女がプラスチックで儲けることができようとできまいと、結果自体はイーリスには関心がない。
「大事なのはね、メイ、自分で稼ごうというその心意気ですよ」
  彼女の姿が消えた街角を見つめながら、小さく口の中でつぶやく。
  メイの持つ力強く前向きなエネルギーは、生きているという確かな証しを与えてくれる。そのうち、この風がもっと冷たく厳しくなる頃、自分はこの地を離れねばならない。その時自分の隣りには、メイにいてほしい。今の自分にとって、メイほどの宝はないのだから。
  まだ言葉にはしていないそんな想いを胸に、イーリスは再びゆったりとお茶に手を伸ばすのだった。
 


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    猫のなる木さんが2001年の10月に発行された『ALL LOVERS』のために書いたものです。 
    バザーが一言も出てこないので、これはこれで独立した作品とも言えます。
    タイトルが、ちょっとね。 
    レオシル、ガゼルディア、イーリスメイ、という3組は、私の中では割と座りのいい組み合わせです。 
 
 
 
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