メイはクラインでレオシルの夢を見るか


「俺を目の前にして居眠りするとはいい度胸だな、メイ」
  キールの声に、メイは我に返る。
「うそ、今あたし寝てた?」
「何を言っても無反応だった。寝ていたとしか思えない。器用なことに立ったまま目を開けていた」
  静かだけど冷ややかな口調は、要するに怒っているということだ。わざわざ特別に魔法の話をしてくれてるのに、眠られたら腹も立つだろう。
  キールの立場は理解できるのだが。
「あたし、寝てたかなあ」
「眠っている奴に記憶なんかあるか」
  そう言われればそれまでだが、普通、居眠りしたら自分でも気が付く、とメイは思う。まったく自覚がないのに眠っていたと言われても、納得いかない。
  言い返したいのは山々だったけれど、言ってもしょうがないし、これ以上キールを怒らせるだけで何にもいいことはないので、やめた。
  結局その後は意識がなくなることもなく、なんとか必要な知識を教えてもらうことができた。
  課題をもらって解放されたメイは、実は自分でも気になっていた。
  クラインに来てから半年近くが過ぎようとしている。
  人並みに日常生活を送っているつもりだが、時々、記憶がなくなるというか、自分のやっていることがわからなくなることがある。なんだか頭の中にもうひとりいるような感じがするのだ。
「やっぱ、いきなりこんなときに来ちゃって、それなりに順応してると思ってたけど、けっこうストレス感じてんのかなー」
  などと思いを巡らしつつも、こんな風に考え込んでしまうことそのものが、自分らしくないかもしれない、と思い直し、気分転換に出かけることにした。
  この切り替えの早さが、メイのメイたる所以である。
  目指すは騎士団。シルフィスの部屋だ。
「いたいた! たまには、ゆっくり話したいよねー」
「毎日お会いできると、いいんですけどね」
「挨拶レベルはまだ第四段階かあ・・・って、あれ? 挨拶レベル?」
「どうしかしましたか、メイ」
「ええっと、最近調子はどう?」
  話題をそらしたメイだったが、シルフィスはあまり気にせずお茶やお菓子を出してくれた。
「おかげさまで元気です。もう暑い盛りも過ぎましたから」
「ここの夏って暑かったよねー」
「でも、あまり暑いからといって、肌を出しすぎるのはやめてくださいね」
  そういうこともあった。真夏のある日、暑い暑いと騒ぎながらメイが肩を出したり足を出したりしたら、周りが大騒ぎになった。
「うん。こっちの世界では刺激が強すぎたみたいね」
「そうですよ。私の方が恥ずかしかったです」
「別に、あたしはシルフィスに見られても全然恥ずかしくないよ」
「それは・・・確かに私は未分化で子供ですけれど」
  ふとシルフィスが顔を曇らせる。
「ん? もし男だったらあたしの足を見て恥ずかしいだろうとか、そういうこと言ってんじゃないの。シルフィスは友達だから、あたしはへーきってこと」
  シルフィスの悩みの素を直撃してしまったことを察して、メイはフォローに回る。
「それに、シルフィスは絶対そのうちに分化するから大丈夫。安心してなよ」
  気休めに口からでまかせを言っているわけではない。メイには確信がある。シルフィスは春までに分化する、しかも女の子になる、という確信が。
「そうなればいいと思ってます」
  今度はシルフィスは素直に微笑んだ。シルフィスはまじめすぎて時には後ろ向き過ぎると感じられることがある。だが最近はいい感じに前向きだ。
「隊長も、焦ることはない、と言ってくださるので・・・」
「あー隊長さんがそう言ってくれると心強いよね」
「・・・・・・メイも、隊長の部屋によく来てますよね」
「そーだね。騎士団まで来たら、シルフィスとガゼルと隊長さんと、まとめておしゃべりして帰ることが多いかも」
「隊長とはどんなお話をしてるんですか、さしつかえなければ・・・」
「さしつかえなんかないよ。なんかいろいろ。あたしがしゃべってることの方が多いけど、でも、隊長さんも無口って設定の割には、二人でいるとよくしゃべるよね。シルフィスと一緒の時もそうじゃない?」
「そうかもしれません」
「背が高くて落ち着いてて頼りになる年上のひとって、定番だよねー」
「定番、ですか?」
「そう定番・・・・・・って、えーっと、あたしってば、またわけわかんないこと言っちゃった。ほ、誉めてるんだと思うよ、多分」
  自分の口をついて出る、自分でも意味の分からない言葉にうろたえながら、メイがシルフィスの様子を窺うと、何か考え込んでいる。
「こんなことを聞くのは失礼かもしれないのですが」
  余計なことを言ってしまったか、と冷や汗をかくメイに、真面目な顔でシルフィスが聞いてきた。
「メイは隊長のことが好きなのですか?」
「は?」
  単刀直入だ。ストレートすぎる。
「好きというのがどういう感情なのか、私にはまだよくわからないんですが、メイは隊長のことを話すとき、とても楽しそうだし、もしかしてそうなのかなあと思って・・・・・・」
「ちょっと、なんでそうなるのよ」
「好きではないのですか?」
「いや、隊長さんのことは嫌いじゃないけどね」
「やっぱり」
「違うって! これレオメイじゃないし!」
「?」
「それに今はメインED狙いだから!」
「今、なんと?」
「あああ〜もう自分でも何がなんだかわからない〜〜! とにかく隊長さんのことは、別にどうってことないのよ〜〜〜」
「どうってことない、というのは、なんだか失礼なような・・・・・・」
  そうかもしれない。一度は錯乱して取り乱したが、シルフィスが冷静なので、メイもつられて立ち直った。
「あのね。そりゃあ、隊長さんのこと好きか嫌いかって聞かれたら、あたしは確かに隊長さんが好きだよ。でも、そうしたらシルフィスだってディアーナだって好きだもん。
  シルフィスが聞きたいのは、そういう『好き』じゃないんでしょ?」
「そう・・・なんでしょうか」
「じゃあ今度はあたしが質問するね。さっき、あたしが隊長さんの話をするときは楽しそうだって言ってたけど、シルフィスはどうなの? あたしから見ると、シルフィスだって楽しそうに見えるよ」
  シルフィスはまた考えている。考えなくてもわかるだろう、と思うところだが、いちいち考えてから答えるのが、いかにもまじめなシルフィスらしい。
「メイの言う通りです。私も楽しいです」
「でしょう? じゃあさ。あたしが隊長さんの話をするとき、シルフィスはどんな気持ちがするの?」
「メイと隊長の話ができて楽しいです」
「うん。あたしもそれはおんなじ。あたしの場合は、それで終わりだけど、シルフィスの方はどうなの? それだけ?」
「それだけって?」
「あたしが隊長さんのこと好きなのかも、って気になったんでしょう? それってどうしてなのかなあ」
  シルフィスはまた考えている。これがゲーム機なら、ナウ・ローディングのマークが出るところだ。
「どうしてなんでしょう。メイや姫と隊長のことをお話しするのは楽しいんです。でもガゼルとそういう話をする時とは違って、楽しいですけど、なんだか気になるんです。こんな風に楽しくなるってことは、メイが隊長を特別に思っているのが私に伝わってくるからなんじゃないか、もしかしてメイが隊長のことを好きなら、邪魔しちゃいけないんじゃないか、とか、いろいろ考えてしまって・・・・・・なんだか胸の奥がつーんとするような、変な感じで」
  来た来た来た。こう来なくては。
「ふうん。そういう風に感じるのって、他の人の時も? それとも隊長さんの話のときだけ?」
「・・・・・・隊長のときだけです。だから」
「ねえ、シルフィス、それってさあ」
メイはシルフィスの背中を、どんどん、と叩いた。
「シルフィスが、隊長さんを特別に思ってるってことなんじゃないの? あたしじゃなくってさ」
  シルフィスは大きく目を見開いて、メイを見つめる。
「その気持ちが、『特別に好き』っていう気持ちの始まりなんだよ」
  メイの言葉に、シルフィスはゆっくりと、少し照れたような、それでいて嬉しそうな笑顔になった。
「ありがとうございます、メイ」
「いーや、礼を言うのはまだ早い。これからこのメイさまが、ばっちり恋の手ほどきしてあげるからね」
  そして立派な女の子にしてあげる、と思ったけれど、口には出さないでおいた。
  もともとメイは、お見合い婆あ(注・たまに親戚にいる、自分の知合いをかったぱしからお見合いさせようとするおばさま)ではないけれど、友達のためにひと肌脱ぐのは嫌いではない。むしろ積極的な方である。シルフィスの幸せのためなら、ここで一働きも二働きもしようではないか。
  そんな昂揚した気分で、シルフィスの部屋を後にする。これですっかり気分もよくなった。
  夏から秋へと移り変わる季節。吹く風もさわやかで、暗くなるには間があるから、まだまだ外で遊んでいたい時分だ。大通りのざわめきも、いつになく心地よい。
「ちょーっと待ったー!」
  メイが立ち止まる。
「どうも変だと思ってたけど、ようやくわかったわ。時々記憶がなくなったり、知らないこと口走っちゃったりするのも、全部あんたのせいだったのね」
  そうしてくるりとこちらに向き直った。
「情景描写でごまかそうとしても駄目よ。あんたよ、あんた。あたしの後ろでごちゃごちゃ言ってる、あんたはいったい何者よ!」
  あんた? それは私のことか。
  私は大文字の作者っていうんだよ。わかりにくければ大文字のプレーヤー。ザ・プレーヤーってこと。
「大文字〜?」
  登場人物が地の文と会話するっていうのはイレギュラーなことなんだから。あんまり細かいことにこだわらないで、さっさと自分の役割に戻ってちょうだい。
「冗談じゃないわよ。あたしの頭の中に勝手に干渉するのはやめて」
  うーん。それはできない相談だなあ。確かにあなたの存在を設定したのは私じゃないけど、この物語では、選択肢を握っているのは私なんだから、ある程度は私の好きにさせてもらいます。
「選択肢って何よ」
  例えば。
  思い出してみて。あれは春。あなたが初めて隊長と出会った時、ペンダントを拾いましたね。
「ああ、そんなこともあったっけ。なんかワケありっぽかったら、自分で渡してみようかな、と思ったんだけど・・・・・・」
  思ったけれど、あなたはシルフィスにペンダントを手渡した。
「そう、そうなのよ! なんだか気が付いたらシルフィスに頼んじゃってたのよね」
  その時のシルフィスの表情、覚えてる?
「うん。なんかちょっと顔赤くしちゃって、照れたような嬉しそうな、そう、さっきみたいな顔!」
  そうでしょう、そうでしょう。
「あっ、ということは、あれもあんたの差し金だったってこと? どういうつもりよ!」
  ふふふ。その通り。さすがはメイ、察しがいいね。どういうつもりもなにも、クラインでの私の願いは、シルフィスと隊長をくっつけることなんだから。
「それとあたしと、どんな関係があるっての!」
  まあまあ。落ち着いて考えてほしいんですが、あなたはシルフィスと隊長がくっつくのって、反対? 許せない?
「・・・・・・いや、そんなこともないけど・・・・・・」
  はっきり言って応援したいと思うでしょう? シルフィスは大事な友達なんだもの。
「そりゃ、まあね」
  さっきの会話はなかなかよかった。思ったよりレオシルな感じの長いシーンになりましたから。私としても満足です。あなたには、悪いようにはしませんから、もう一踏ん張りしてちょうだい。
「悪いようにはしないって、信用できるの?」
  信用しようがしまいが、あなたを元の世界に帰すことができるのは、何を隠そうこの私だけ。さあ、そろそろ登場人物らしくわきまえてね。
「うーん、わかったような、わからないような、騙されたような、そうでないような・・・」
  メイは首をかしげながらも、大通りの人波の中を研究院の自分の部屋へと帰っていった。
 


→つづく

 

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