決戦〜ノーチェを倒せ〜
 
 
 シルフィスは走る。息せき切って走る。 
(止めなくては…何としても戦いを止めなくては…) 
 イーリスの知らせを受けて、決戦の場に向かって走る。 
 
 
 ひときわ高い岩場の上に、空を背にして、ノーチェは立っていた。 
「必ず来ると思っていたわ、隊長さん」 
 右手に抜き身の剣をさげたまま、ゆっくり歩いてきたレオニスは、十分な距離を取って立ち止まった。 
「あなたと手合わせできて嬉しくてよ」 
「…約束は守るのだろうな」 
「ふふっ、シルフィスのことになると、さすがのあなたも平静ではいられないようね。もちろん、約束は守るわ。ただし、私に勝つのが条件よ」 
 ノーチェは不敵に微笑む。 
「もっとも、きれいごとの剣で私に勝てると思ったら、大間違いだけど」 
「……」 
 レオニスが、無言のまま剣を構える。 
「本気の勝負よ、レオニス=クレベール!」 
 ノーチェもまた、剣を抜き放った。 
 
 
 今日は騎士団の特別野外演習の日だった。 
 見習いも全員参加する一大行事なのだが、シルフィスだけは一人、連絡役として居残りを命じられていた。 
 おとなしく騎士団で留守番をしていたシルフィスのもとをイーリスが訪れたのは、正午を少し回った頃だった。 
 演習中の森の中にノーチェが現れて大変なことになっているという。 
「森の外れの小高い崖の上…あそこで一騎打ちになるはずですよ。恐らく、レオニス殿とね」 
 非常時には自分の判断で行動してよいと言われている。今こそがその非常時だ。手練れの二人が戦って、互いに無傷で済むはずがない。 
「あなたが行かなければ終わりませんよ、シルフィス」 
 イーリスの言葉を聞き終わるや否や、シルフィスは、演習場の森へと駆け出していったのだった。 
 
 
 白昼の強い陽射しの下、殺気さえ漂わせて相対するレオニスとノーチェ。 
 いずれこの場にシルフィスがやって来るだろうことを、二人はわかっていた。 
 その前にけりを付けねばならない。 
 二人とも、負けるつもりはなかった。 
 
 
 王都郊外のうっそうとした森の中をシルフィスは走っていた。 
 途中、道端には、倒された騎士たちがばたばたと横たわっている。 
(なんてことだ、騎士団の先輩たちが……これだけの人数をノーチェが一人で?) 
 驚きながらも、森の奥を目指して彼らのそばを駆け抜けていくシルフィスだったが、行く手に、やはり倒れているガゼルの姿を見つけると、さすがに捨ててはおけず、彼に駆け寄った。 
「ガゼル! しっかりするんだ!」 
 そう言って助け起こすと、小さくうめきながらガゼルが目を開ける。 
「あ…シルフィス…俺ってダメだ…ラスボスまでたどりつけないなんて…」 
「ガゼル! ラスボスってなんのこと?」 
「後は…隊長が…」 
 シルフィスに謎の言葉『ラスボス』を残して、ガゼルはまた、きゅ〜と目を回した。 
 
 
 レオニスとノーチェは、いまだ剣を合わせてはいなかった。 
 それまで、立ち止まることなく、常によりよい足場を求め、相手の死角に回り、間合いをはかりながら移動していた。 
 そしてちょうど今、太陽を雲が横切っているこの瞬間、二人の足はぴたりと止まり、互いの目を見据えたまま、隙を窺っている。 
「…なぜこんなことをする、ノーチェ」 
 初めてレオニスが、ノーチェの名を呼んだ。 
「弱い奴に用はないからよ」 
「もうシルフィスに構うな」 
「それは私の台詞。私のシルフィスにふさわしい男は、私より強い男よ」 
 『私のシルフィス』という言葉に、レオニスは明らかにむっとした。 
「彼女は私が守る」 
 珍しく語気を強めるレオニスに、臆する様子もなく、 
「寝言は、私に勝ってから言いなさいっ!」 
 鋭く叫んで、ノーチェは高く跳んだ。 
 レオニスの剣が一閃、空を切る。 
 ノーチェはレオニスの後方に着地した。 
 二人とも、互いの必殺の一撃がかわされたことに、驚くと同時に感嘆していた。 
 
 
 木々の合間を縫って走っていたシルフィスの視界が不意に開け、小さな空き地に意外な一団が腰を下ろしているのが見えた。 
 それは、傷ついたセイリオスと、その傍らに付き従うディアーナとシオンだった。 
「殿下! お怪我をなされたのですか?」 
「不覚を取ったよ……」 
 駆け寄るシルフィスに、セイリオスは力なく笑う。 
 演習に参加していたのか、それとも通りすがりだったのか、冷静になると謎の多い彼らだったが、目的地に着くことに 気を取られていたシルフィスは、細かいことは考えなかった。 
 いずれにせよ、剣と魔法、ともに優れたセイリオスが、ここまで痛めつけられるとは。それだけがシルフィスの心に懸かった。 
「姫さまやシオンさまは? 大丈夫ですか?」 
「いやー、俺はさー、なまじ実力があるから、戦う前に勝敗がわかっちゃうんだよなー」 
「もう、シオンったら、ぜんっぜんやる気ないんですわ」 
 へらへらしているシオンとぷんぷんしているディアーナとを制して、セイリオスはシルフィスを促す。 
「ここはいいから急ぎなさい。今ごろはレオニスが…」 
「はい! わかりました!」 
 ぴょこんとお辞儀をして走っていくシルフィスに向かって、ディアーナは、 
「大丈夫、レオニスならきっと勝ちますわ!」 
 と手を振った。 
「どうかなー、セイル、レオニスに勝ってほしいか?」 
「……不本意だな」 
「ま、シルフィスがあそこにたどりつけば、それでゲームオーバーだもんな」 
 にやりとするシオンにつられてセイリオスの頬も緩んだが、 
「二人とも、心が狭いですわ。どうしてひとの幸せを素直に喜べないんですの?」 
 ディアーナに叱られて、そのまま首をすくめる皇太子だった。 
 
 
 あれから何度となく切り結んだが、決着はいまだについていない。 
 レオニスもノーチェも、さすがに少し呼吸が乱れている。 
「やるわね」 
 先にノーチェが、そう言って口元だけで笑った。 
「……」 
 レオニスは、黙ったまま、すうっと目を細めてそれに応えた。 
 そしてその直後、二人はまっすぐに互いに向かって走っていく。 
 剣と剣とがぶつかる甲高い音が響いた。 
 
 
 小道をまっすぐに、懸命にシルフィスが走っていると、今度もまた三人組に出会った。 
「あ、メイ! どうしてこんなところに!」 
 メイが気絶している側に、キールとアイシュが付き添っている。 
「いきなりあの女に出会っちまってな。一発で終わった」 
「もうすぐですよ、シルフィス。がんばってくださいね〜」 
 心配するな、という二人の言葉に送られて、心残りがある表情を見せつつも、シルフィスは走り去っていく。 
「ところでキール〜、シルフィスは、ルールがわかっているんでしょうか〜?」 
「何言ってるんだ、兄貴。知ってるわけないだろう」 
「そうか、内緒でしたね〜」 
 そう言って頭をかいたアイシュは、再び首をかしげた。 
「シルフィスは、間に合った方がいいんでしょうか、間に合わない方がいいんでしょうか〜?」 
「……難しい質問だな」 
こればっかりは、アイシュにもキールにもわからない。 
 
 
 互いに決め手を欠いたまま、二人は対峙していた。 
「たいちょう〜!」 
 遠くから、シルフィスの声が聞こえる。 
 レオニスの顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。 
「どうやらここまでのようね」 
「…! まだだ!」 
「いいえ、シルフィスが来るまでに私に勝つのが優勝の条件よ。時間切れだわ。優勝賞品、シルフィスとのデート券はおあずけね、隊長さん」 
 そう言いながら、ノーチェは大きく後ろにとびずさって、レオニスとの距離を開けた。 
「あなたが決勝に残ってくれて嬉しかったわ。私、あなたに賭けてたの。次回もがんばってね♪」 
「待て!」 
「隊長! こちらですか!」 
 レオニスがノーチェを追おうとしたのと、シルフィスが姿を現したのと、ほとんど同時だった。 
 彼がシルフィスに気を取られた一瞬の隙を突いて、ノーチェが呪文を唱えると、白い煙と共に、彼女の姿は見えなくなっていた。 
「む……」 
「ご無事でしたか!」 
 シルフィスは、レオニスの側に駆け寄ると、無事を確認して心からほっとした表情を見せる。 
「よかった…! それにしても、あれだけの人数を相手にして、なお隊長と互角なんて、ノーチェってすごい使い手だったんですね」 
 倒れていた者たちの三分の一以上は、レオニスに敗れたのであったが、もともと寡黙なレオニスは、敢えて誤解を解こうとはせず、それについて何も言わなかった。 
 
 
 こうして、ノーチェ企画イーリス主催による、第1回シルフィスデート券争奪勝ち抜き戦(実戦形式)は終了した。 
 決勝進出者は、大方の予想通り、本命レオニスだった。 
 主催者であり胴元でもあるイーリスから発表された、有力選手の大会後の談話は、次の通りである。 
 
 
 ガゼル「ちっきしょー。次はがんばるぞー」 
 セイリオス「政務にかまけて、少し身体がなまっていたようだ。次回は雪辱するよ」 
 シオン「俺は別にぃ、こんなに苦労してデートしなきゃいけないほど困ってないしぃ、姫さんが出ろって言うからしょうがなくてだなー」 
 ディアーナ「シオンったら、負け惜しみですわね。それに、お兄様一人では、とても心配ですもの。当たり前でしょう?」 
 キール「それより、女が参加していいのか? これって」 
 メイ「いいじゃないのよー。あたしだってシルフィスとデートしたいもーん」 
 アイシュ「まあ、ノーチェさん自身が女性なわけですから〜。いやあ〜、ノーチェさんは強いですね〜」 
 レオニス「なぜ彼女だけシードされているのか、疑問だ。ハンディが大きすぎる。彼女も一般参加すべきだと思われる」 
 ノーチェ「ルールは簡単。決勝の会場に来られるのは一人だけ。その途中なら、いつでも私に攻撃して可。時間内に優勝したら、デート券がもらえるの。不公平かしら?」 
 イーリス「最初にノーチェに勝てば、それでも優勝なんですから、別に不公平ではないと思いますが。まあ、これで次回以降の開催も決まりですね(ほくほく)」 
 シルフィス「あの、すみません、よくわからないんですけど、もう一回、最初から説明していただけませんか?」 
 

 リプレイその1に続く

    この話は、初めてファンタのためにイベントに出掛け「キールを飲む会」に参加した直後にネタが生まれました。 
    「シルフィスとデートしたかったら私に勝つことね」と不敵に微笑む強くて美しいノーチェ。 
    某Sさんと盛り上がって妄想した結果です。 
    その時どこかのサイトでノーチェ特集をやっていたら、即座にこれを投稿していたことでしょう。 
    夏に向けてレオシル本を作りながら、この話を生かすにはどうしたらいいか、と考えているうちに 
    なんでそんなことを思い付いたのか今となっては定かでないのですが、ノーチェ本を作ろう、という気になっていました。 
    続きを書くはずだったのですが、第2回大会を描写するより、この第1回大会の様子を 
    詳しく書いた方が上手くいくのでは、と気付き、リプレイシリーズが出来上がります。 
 
 
 
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